531話 悪い癖

 エテルニタは粗相が、癖になっても困る。

 ところがエテルニタ自身が悪いことをしたと、なぜか悟ったようだ。


 風呂に入ったあと執務室に戻ると、俺の姿を見てキアラの陰に隠れたからだ。

 俺が風呂に入っている間に怒られたのか?

 今後しなければよいさ。


 人がやられると怒るのだが、俺にされても怒る気にならない。

 子猫ということもあるのだが……。

 エテルニタがキアラの陰から上目遣いにこっちを見ている。

 そうなると怒る気も失せる。


 ともかくこの話が広まらなければよい。

 口外するとも思えないがな……多分。

 うん、多分……大丈夫だ。


 ひとしきり笑ったあと、急に我に返ってシマッタと思ったのだろう。

 キアラとオフェリーは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。

 2人ともまだ20歳になっていない。

 そのあたりは仕方ないと思っている。

 しょせん、俺は中身が老人にさしかかるオッサンだ。

 若いから仕方ないな。

 そんな心境だ。


 まあ……さらに調子に乗られていたら、ちょっとカチンときたかもしれないが。

 一線をわきまえているなら、ことを荒立てる必要は無いだろう。


「もうしなければよいですよ。

それと頭の上に乗るのは禁止」


「「はーい」」「ミャーン」


 どうして2人とも残念がるのだ。

 それにエテルニタは人の言葉が分かるのか?

 

「エテルニタは私が好きなのか嫌いなのか、まるで分かりませんね……」


 キアラは陰に隠れていたエテルニタを、膝の上に載せて撫ではじめた。


「嫌いじゃないと思いますわ。

お兄さまのいないときには、お兄さまの椅子で寝ていますもの。

興味はあるけど、なぜか怖がっているのですよね」


「うーん。

まあ猫の言葉が分かるわけでもないし……好きにさせておきましょう。

それよりやることが山積みですからね」


 どこかの使い魔でもないしな。

 それは検査済みだ。

 放置しておいて、支障は無いだろう。


 使い魔にするときに、体にかなりの負荷がかかる。

 体内だけで循環する魔力の流れに割り込むように外部から魔力を連結させるのだ。

 まだ魔力の流れが確定していない幼体に、術を施すと最悪死に至る。

 もしくは成長しても、おかしな影響がでるとも聞いた。

 なので成体になってから使い魔にするのが基本。

 

 そして使い魔かどうかの識別は、小動物なら簡単にできる。

 専用のアイテムがあるからだ。

 網のようなもので包むと、おかしな動きをするらしい。

 主人とつながってる魔力を遮断する効果があるとか。

 使い魔は術者と魔力が連結されている。

 それが絶たれると、おかしな感覚が体中を駆け巡って……変な動きになると聞いた。


                  ◆◇◆◇◆


 ミルたちから、カラファ家の処遇についての回答が送られてきた。

 数回やりとりをした結果の最終案だがな。


「この案でよいでしょう。

キアラ、これをカラファ家に送りつけてください」


 俺がサインした書状を読んでキアラは首をかしげた。


「よろしいのです?

公敵なのに甘いと思いますけど。

普通なら家の取り潰しですよね」


 当主の隠居。

 隠居した当主は、ニコデモ殿下が預かることとする。

 次期当主は今後、傭兵団とは関わらない誓約をさせる。

 服従の証として、人質をニコデモ殿下に差し出すこととする。


「取り潰しても、今のカラファ領は荒廃しています。

建て直すのも一苦労でしょう。

そんな土地をもらっても普通なら褒美とは思わないでしょうね。

王家直轄にするにしても、これから王家は統治システムの再構築をしないといけません。

飛び地まで手が回りませんよ」


 キアラとしても、このままの幕引きには違和感があるのだろう。


「それなら賠償金でも取ればよろしいのでは?」


「賠償金などをふんだくってもよいのですがね。

カラファ家の内情は、もうボロボロです。

これで賠償金などを要求しても払えませんよ。

払おうとして無理な重税を課すでしょうね。

そうなると領民が、反乱を起こすか、野盗に身を落とすだけです。

それでは危険な地域が増えるだけでしょう。

それにです……」


「まだ何かありますのね?」


「ロッシ卿とガリンド卿の援護射撃にもなります。

それこそデステ家傘下の連中は、カラファ家の処遇を注視しています。

傘下は全て赦されないのか、どうなのか」


「つまり逃げられないと悟って団結させないためですのね」


「ええ。

追い詰めすぎて団結されると、こちらにも思わぬ被害がでます。

常に逃げ道を残してあげないといけませんよ」


「それもそうですわね……」


 理屈では納得した。

 でも感情ではといったところか。

 それが、普通の考えだ。

 でも統治する側は、それに流されてはいけない。


「それにカラファ家を、完全に赦したわけではありません。

このボロボロになった領内を立て直せなければ領地没収です。

その頃には、王家の統治システムはできあがっているでしょう。

それなら直轄領にするも良し誰かを新たに領主にしても良し。

時間稼ぎにはなりますよ。

まあ……せいぜい頑張ることです。

むしろ没収されていた方がよかった、と思うかも知れませんね」


 これで納得してくれればよいが。

 キアラは俺の気遣いに気がついたのだろう。

 少し嬉しそうにうなずいたが、すぐに苦笑しはじめた。


「失敗すると思っているのですわね。

でも下手に失敗すると、収拾が大変ではありません?」


「でしょうね。

少なくともその前提で、領主になるのであれば騙されたとは思わないでしょう。

まあ新領主には、長い目で頑張ってもらいましょうか。

人材の選別は終わっていますから」


「めぼしい方はいたのですか?」


「めぼしいというか……。

やらせてみたらどうかなと。

目に見えて失敗する人には任せられません。

試行錯誤してでも前にいく人なら任せてみては……と思いますよ」


 まあ、やらせてみないことにはな。

 カラファ家の次期当主にしても、特段才覚は無いだろう。

 もし突然覚醒してうまくいったなら、それで良し。

 どちらに転んでも悪い話ではない。

 内乱が終わったからといって、お家安泰など有り得ないのだよ。


「それは結構ですけど……」


「どうかしましたか?」


「お兄さまの悪筆は、何時になっても直りませんわね」


 つまりは、字が汚いと。

 余計なお世話だ。


                  ◆◇◆◇◆


 ヴァード・リーグレの包囲段階に入ったと、報告があった。

 

 チャールズと事前に決めた基本方針は、力攻めをしないこと。

 功を焦る貴族たちがいれば、あえて攻めさせることにした。

 必ずでてくるのは想定済み。

 安易な力攻めでは勝てない事実を突きつける。


 これによって、一石二鳥の効果を狙う。

 血気に逸る連中を黙らせる。

 デステ側にも、攻撃があると緊張を強いることができる。


 こうして指揮をしやすくしてから、攻略に取りかかる。


 第1段階は厳重に包囲。

 降伏は一切認めずに投降者は目の前で処刑する。

 そうすれば、投降者はでてこない。

 目の前の兵糧を食いつぶすだろう。


 そこで兵糧の減り具合を確認してから、第2段階に移行する。

 減っていれば、包囲を一部緩める。

 そうすれば必死になって、兵糧を調達しようとするだろう。

 減っていなければ、秘密の搬入ルートを徹底的に調査する。


 敵の兵糧搬入ルートを探し出して断ち切るのが目的。

 兵糧を極秘に運び込むルートがあるはずだ。

 必死になって、大量を運び込もうとするだろう。

 どこかから買うのか貯蔵しているのかは謎だが。


 それこそ、最近は闇商人が増えている。

 食糧などは高く売れるからだ。

 高くても買わざる得ない。


 自衛の手段をもった転売屋。

 それがイメージとしては近い。

 つまり儲けのために手段を選ばない連中だ。


 闇商人は表だって法の庇護を受けられない。

 危険なだけ、価格にそれが反映される。


 そして闇商人が暗躍するのは混乱時のみ。

 討伐が終わっては、儲けが減るからな。


 平時では流通の未発達なこの時代、そこまで闇商人が増えない。

 禁じられている商品をさばくのに限られる。

 闇商人たちも内乱の終わりが近いと見て、在庫処分に走るだろう。


 内乱終結直後でも利益はだせる。

 だが、権力者の注意が敵から治安に向かう。

 リスクも跳ね上がって欲張ったヤツは自滅する。

 混乱期の方が、却って闇商人は安全だったりするのだ。

 

 デステ家はそんな連中と前々から交渉していたろう。

 商会が手を引けば残るのは闇商人だけしかいないのだ。

 まあ、商会が裏で闇商人とつながるケースもあるがな。


 売買が大きく動くと、普通の商会でも知るところになる。

 食糧が一部の地域で急騰した。

 タダでさえ高いのにだ。

 そんな動きがフロケ商会経由で報告されていたが、あえて見逃していた。


 即座に膨大な量を納入するのであれば、妨害も考えた。

 だが必要な量が多い。

 すぐには無理だったのだろう。

 即時、納入はごく僅かな数だったはず。


 見逃したもう一つの狙いは、最後の仕掛けに必要だったからだ。


 第3段階は、兵糧が尽きた段階で降伏を認める。

 あとは自滅を待つだけ。

 

 俺は封をしていた書状を、キアラに差し出す。


「ロッシ卿にこれを渡してください。

最後の仕掛けです。

これでほぼ決まるはずですからね」


「内容を教えてくださらないのですか?」


「あとのお楽しみですよ」


 キアラは、少しふくれっ面になる。


「お兄さま。

実は内緒にするの楽しんでいませんか?」


「どうでしょうね。

あくまで秘策なので」


 最初に渡してもよかったのだが、状況がどう転ぶか分からなかった。

 状況が変わると、それに引きずられてしまう。

 ここまで想定通りの展開になれば、問題ないだろう。

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