497話 オフェリー おまえもか

 モデストに、別途の依頼をした。

 俺の話を聞き終えたモデストは、含み笑いを浮かべる。


「噂ではラヴェンナ卿は、部下を信頼する。

だが……それに相応するだけ酷使すると伺いました。

つまりは、私めもお認めいただいたと考えてよろしいのでしょうかね」


「シャロン卿。

持ち上げることは簡単ですが、もって歩き続けるのは困難ですよ。

そして無理な重さをもたせることは、誰の利益にもなりません」


 モデストは俺の言葉に笑いだした。


「お役に立てる間は、少なくとも認めていただけるわけですな。

しかも……できる範囲を見定めていると。

大変結構です。

しかし……そのような言葉は、お若い方がおっしゃると滑稽ですがね。

不思議とラヴェンナ卿がおっしゃると、違和感がありませんな」


 うるせぇよ。

 転生前は歳の話なんて、まったく気にしなかったのだが……。

 周りがやたら揶揄うせいで、気になるようになってしまった。

 個々では一度でも、俺は一人なんだよ!

 俺の憮然とした表情に満足したのか、モデストは優雅に一礼した。


「ラヴェンナ卿からのお墨付きは、なにかと役に立ちます。

それもお認めになってのことでしょう。

では、失礼致します」


 モデストが出て行ったあと、キアラは不思議そうな顔をしている。


「お兄さま、シャロンさんへの依頼ですけど。

あんなに抽象的で良いのですか?」


「人によるのです。

具体的に指示されたほうが働きやすい人もいます。

曖昧に指示して判断を委ねたほうが、成果を出せる人もいます。

シャロン卿は後者です。

あとですね……人と直接あたる仕事には、現場にしか分からないことが多いのです。

それを知らない立場からあれこれ言っても、なんの得にもなりません。

それこそ現場にでて全てを知っているなら、話は別ですけどね」


 キアラは妙に感心した顔でうなずいている。


「逆に考えると……上に立つ人は、人が分からないとダメなのですわね。

お兄さまを見ているので、私は自然とそうしていますけど」


「勿論です。

良くない表現ですが、自分の使う武器のことを知らない戦士は長生きできません。

猟犬のことを知らない猟師も同じです。

この前提を忘れる……いえ……考えない人のなんと多いことか。

故にこの世には、失敗が多いのです。

まあ……その失敗を生かせる人もまた、一定数いるわけですがね」


 俺の言葉に、キアラが突然笑いだした。

 何か面白いことを俺は言ったのか?

 キアラは俺に意味ありげにウインクした。


「内緒ですわ」


 その光景にオフェリーが首をかしげている。


「何か面白かったのでしょうか。

いつものように老人みたい……としか思いませんでしたけど」


 オフェリー、おまえもか。


                  ◆◇◆◇◆


 ロレッタからの使いが、ウェネティアにやってきた。

 俺の居場所を知っているのか。

 考えれば当然だな。

 ラヴェンナを通り越して直接もってきた理由も分かる。

 こっちのほうが近いからだ。


 口頭で伝言を伝えてきた。

 それをキアラが記述。


 紙にしない理由も分かっている。

 使者をねぎらって『アドルナート家の働きは忘れない』と、伝言を託す。


 使者が帰ったあとで、キアラがメモした内容を見直して眉をひそめている。


「隣のデステ家の動きが活発ですわね。

食糧援助後は困窮していましたのに。

シャロンさんの報告とも一致していますわ」


「ええ。

マントノン傭兵団に直接支援ではなく、遠縁を利用してデステ家に支援ですからね。

傭兵団はそこから支援を得る。

略奪のような形で誤魔化していますけどね。

実に上手くやったものです。

略奪の悪習を逆用するのですから。

そこで疑問です。

マントノン家はそこまで裕福なのか。

間違いなく背後に、何者かが潜んでいますね。

まったく……何層構造なのか。

いえ、糸が絡まっているだけのようですね」


 オフェリーが突然挙手をする。


「あの……なんの根拠もありませんが。

お金をもっているところなら知っています。

噂ですけど」


 教会がいまカツカツなのにか?


「教会はいま困窮していますよね。

それでもなお、隠し財産があるのですか?」


 埋蔵金なんてほぼ、願望やゴシップなのだがなぁ。

 もしかしたら、本当にあるのかもしれないが。

 そもそも教会で金をこっそり隠し持てるのだろうか。

 アレは巨大な官僚組織だ。


「はい、教会内部での噂ですけど……。

導き手の会があったくらいです。

噂だからないだろうとは言えません……」


 オフェリーは、ちょっと自信なさげだ。

 否定する要素もない。

 まずは聞くべきだろうな


「教会と使徒であれば、関連はありますねぇ。

ともかく言ってみてください」


「使徒のアイテムバッグをご存じでしょうか」


 いきなり予想外の話がでてきたな。


「ああ……無限に収納することができるやつですね」


「使徒が亡くなった際に、教会がそれを預かります。

新たな使徒に、それを渡しますが……。

亡くなってから数年は使えるのです」


 あ、話が見えてきた。


「つまり、価値のある物をもらっておくと」


「はい。

便利な道具などは残しておきます。

単に金銀財宝の類いを抜き取って保存する。

そんな部署があると聞きました。

ただ集めるだけの部署です。

使うことまでは決められていないようですけど」


 話としては分かる。

 邪推もしやすい。

 だがなぁ……。


「問題はそれだけの財宝を隠す場所ですよね」


 無限のアイテムバッグは、使徒の魔力があって初めて使用できる。

 別の隠し場所かぁ。


「済みません、そこまでは……」


 俺はシュンとしているオフェリーに、手を振った。


「いえいえ。

謝られても困ります。

確かに幾つか石や泥になっても、全てがそうとは限りませんからね。

実在すればそれは、すごい資産でしょうね。

6代分ですから、なおさらですよ。

それなら余裕で傭兵団を支援できますね。

さすがのシャロン卿も、教会には伝手がないけど……。

キアラ、シャロン卿に伝言を頼みます。

マントノン家だけでなく、使徒の末裔に入る金の流れも追ってくださいと」


 意外にも、キアラは眉をひそめた。


「オフェリーの噂話を信じるのですか?」


 噂でそんな力を注ぐ必要があるのかと聞いている。

 つまり、他の理由も問いただしているわけだ。

 大変有り難い姿勢だ。


「それもあります。

最も大事な視点が抜けていました。

彼らがデステ家を援助するなら、その金の出どころですよ。

うっかりしていました。

あそこを出発点にしてはダメだったのです。

なのでオフェリーの話は、とっても助かりましたよ」


 確証が取れて浮かれていたらしい。

 さらに、上流を探ることを失念していたとは……。


 俺の説明に、キアラは納得したようだ。

 俺とオフェリーにほほ笑んだ。


「分かりました。

まだ滞在しているでしょうから急いで知らせますわ」


 これはあとの報告を待とう。

 そろそろ、国内の問題も片付けないとな。

 俺、所詮は分家の一領主だよな……。

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