485話 1番危険なとき

 チャールズとプリュタニスを交えて、作戦を説明した。

 なぜか、バルダッサーレ兄さんまで参加していたが……。


 質問が無いかと、俺は全員を見渡した。

 慣れているチャールズとプリュタニスは平然としている。

 バルダッサーレ兄さんは首を振った。


「大軍であることを、逆に弱みにするのか。

確かに長く伸びた行軍中を、横から襲われたら立て直せない。

そして逃げ場は、湖にしか無いのか。

何人溺死するのやら」


 チャールズはバルダッサーレ兄さんを見て苦笑している。


「最初の頃に、我々がご主君の作戦を聞いた反応と似ていますな。

地形を利用して最大限の効果を得るのは、いつもの手ですよ。

純粋に兵士だけで、戦いを決めるケースは希です」


 プリュタニスも笑っている。


「でも今回は、得意の火を使わないので穏便だと思いますよ。

ここでやったら、焼死か溺死かの究極の選択になりますけど」


 火を使ったらダメだろう。

 それに俺は放火魔じゃないぞ。


「火計では味方に損害がでますし、山火事が何処まで広がるか予測できません。

それに火だけだと、ユボーを高確率で取り逃がします」


 バルダッサーレ兄さんは、説明に使うため広げてあった地図に目を戻す。


「一網打尽とはいかないな。

最後尾には多少逃げられるが、それも計算の範疇か」


「ええ。

彼らには、宣伝をしてもらわないといけません。

タダで宣伝してくれるのです。

その報酬に、一時の命なら妥当でしょう」


「それだと逃げたヤツも、最後は死ぬって意味だろう。

どんな酷い手を使う気だよ」


「敵の指揮系統が、まだ生きていた場合です。

頭が回るなら、口封じをするでしょう。

下手に噂が広がると総崩れですから。

それでも無駄な努力ですけどね。

噂は消せません。

指揮系統が死んでいるなら、王都は大混乱になります。

騒乱の中で生き残る才覚が、本人に求められるだけですよ」


 バルダッサーレ兄さんは小さく、息を吐いた。


「お前……キアラより怖いわ。

キアラがお前のほうがずっと怖いって言ってたが……今信じたよ」


 この言葉は無視しよう……。

 タダでさえ変なあだ名がついているのだ。

 これ以上増やしてたまるか。


「それより、目の前の話をしましょう。

ユボーは元騎士を警戒します。

そこで、先頭とやや後ろ側に分散配置させるでしょう。

きっと中央にユボー本人がいると見ています。

隊列が長く伸びるので、片方に寄っていては有事での指示と把握が遅れますしね。

周囲の部下には、『不穏な動きを見せたら消せ』と言い含めているでしょう。

先頭なら裏切ったときにまとめて押しつぶせば良いのです。

後ろも同じですね」


「そうだなぁ。

裏切るのはタイミングが難しいからな。

戦闘中なんてもってのほかだ。

怪しいといって……王都においていくのは危険だしな。

近くにおいて監視するだろうな。

裏切るにしても、状況を見定めるだろうよ」


 俺は全員を見渡して、小さく笑う。


「さて……ここで横から攻撃されると、どうなりますかね。

監視もされない。

圧倒的に不利なのはすぐ理解するでしょう。

前もって『こちらに味方すれば厚く遇する』と言われた元騎士は……どう判断するか。

きっとこの話は保険を掛けるつもりで、仲間には知らせていますよ」


 プリュタニスは皮肉な笑いを浮かべた。


「ああ……これは必死に建て直そうとしているときに、内部から裏切り者ですか。

自分以外が防戦していたら、保身を考えるでしょう。

そうなっては誰であれ……建て直すのは不可能でしょうね。

今回の計略は一体、どれだけの仕掛けなのですか……。

確実に相手の心も折る気ですね。

ユボーがちょっと気の毒になります。

ですが……よろしいのですか? 騎士崩れを味方に引き入れて」


「少数であれば構いませんよ。

必ず破滅すると思わせては、必死の抵抗をします。

それではこちらの損害も、馬鹿になりません」


「確かにこれで終わりではありませんね」


 俺は、全員を見渡した。


「そろそろ出発の準備をしましょうか。

マントゥアを経由せず山登りです。

あ……兄上はダメですよ」


 バルダッサーレ兄さんが不満な顔をした。

 参加する気満々だったのか。


「おい、なんでだよ」


「指揮系統が混乱します。

兵士はロッシ卿と兄上のどちらの指示に従うか……迷いますからね」


 チャールズは俺の言葉にうなずいたが、目が笑っている。


「ご主君もダメですよ」


 俺はいかないとダメだと思っていたのだが……。


「なぜですか」


 チャールズが大げさに、肩をすくめた。


「山の行軍をなめてもらっては困ります。

しかもずっと徒歩ですよ……徒歩。

ご主君……体力無いのでしょう。

お守りをしている余裕など無いのです。

まさか兵士にお姫様だっこをさせて行軍する気ですかな?」


 反論できない……。

 俺の憮然とした顔を見て、プリュタニスが薄情にも笑いだした。


「アルフレードさまを連れて行くと、そのペースに合わせることになりますからね。

私が代理で参加してきますよ。

アルフレードさまに頭では勝てませんが、体力なら絶対に勝てますから」


 チャールズが、俺に皮肉な笑いを向けてうなずいた。


「悔しかったら、体力をつけることですな。

それに、数週間は風呂も無い生活です。

戻ってきたご主君が臭かったら、妹君たちに文句を言われます」


 匂いは関係ないだろ。

 バルダッサーレ兄さんは俺の肩をポンとたたく。


「ま、仕方ないな。

しかし……お前の家臣は、皆がズケズケと物を言うのだな。

良い意味で感心したよ。

普通こうはならないからな。

それでいてお前の判断には従う。

相当な努力の成果だな……これは」


 その点は、かなり注意したからね。

 仕方ない。

 現場のトップが来るなと言ってるのだから従うほか無い。

 一つ嫌な判断をするかもしれない。

 だからこそ出向くつもりだったのだが……。

 気は進まないが、嫌な判断を任せるか。


「ともかく、戦いの中で……白旗をあげる連中が現れるかもしれません。

対処は全て、ロッシ卿に一任します。

責任は私が取りますので、最善と思える判断をしてください」


 つまり、降伏を認めずに殺してしまっても構わない。

 兵糧やその後の治安などを鑑みての話になるがな。

 その意図は伝わったようだ。

 チャールズは芝居がかった様子で、敬礼をした。


「いつものお言葉ですな。

今回は白紙の指示書は不要です。

では……安んじてお任せあれ」


                 ◆◇◆◇◆


 チャールズとプリュタニスが出て行った後で、バルダッサーレ兄さんが首をかしげていた。


「あれは敬礼だよな。

ラヴェンナ式か」


「ええ。

騎士と同じでは、騎士たちが気分を害しますからね」


 騎士の敬礼は、転生前の軍隊にも似ている。

 兜の鎧戸を挙げる仕草だ。

 兵士は騎士では無いので、ラヴェンナは古代ローマ式にしてしまったのだ。

 格好良いし。


「しかし、私が参加できないとなると……。

アミルカレ兄さんに頼んだことは私がやるか」


「何を頼んだのですか?」


 バルダッサーレ兄さんはなぜか、大げさにため息をついた。


「ミルヴァさんが嘆いていたが……。

お前……自分のことは、本当に無関心なんだな。

が狙われる可能性だよ」


「ここが狙われるのですか?」


「当たり前だろう。

今回のスカラ家の実質的司令塔は、お前だってバレているのだぞ。

だから、ここの警備を堅くする必要があるんだ」


 ああ……。

 そう言えばそうだった。

 俺は、バツが悪くなって頭をかいた。


「ここまで襲撃可能ですかね。

他領と隣接していませんよ?」


「本気で狙えば可能だ。

野盗に周辺を荒らさせて、警備を薄くさせる。

輸送船を別動隊に襲わせれば、海上の警護もそっちに向かう。

ここの防備は、自然と薄くなる。

その上で海上から侵入だ。

勿論……生きて戻れる可能性は低い。

だが捨て身の攻撃をしてくるヤツの可能性を無視できない。

いくらガリンド卿が有能でも、配下の手勢は多くない」


「困りましたね。

どうしましょう? 少なくとも……キアラとオフェリーだけは守ってもらわないと。

カメリアに戻しましょうかね」


 突然……頭をアームロックされて、ぐりぐりと拳を押しつけられた。


「お前……人の話聞いてないな。

お前が狙われるんだよ!  この期に及んで、人の心配するな!

どおりで、ミルヴァさんが心配するわけだよ……」


「痛いですって……」


 ようやく解放されたが、まだ少し痛い。


「ともかく、ここの護衛は、ガリンド卿に任せる。

周辺警護はウチの騎士団でやるからな。

自分の主君が、本家とは言え……他家に守られたとあっては屈辱だろうよ。

分かったな!

お前が老い先短い老人なら、後を待つだろう。

ところが、若いんだ。

先々邪魔になると分かれば、味方だって敵の協力をしないまでも……見て見ぬふりをすることだってある。

領主となれば、どこでどんな恨みを買っているか分からんからな。

ユボーを討ち取った後が、お前にとって1番危険なときなんだぞ」


 『見た目は』ってなんでつけるんだよ……。

 恨みと言えばバカボンかぁ。

 すっかり忘れていた。


「わ、分かりました……」


 俺の顔を見てバルダッサーレ兄さんが首を振った。


「どうやら心当たりがありそうだな。

言ってみろ。

相手が分かれば対処もしやすい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る