451話 支援の見返り

 アドルナート家からの使者と対面しているが……。

 相手の虚をつく点でもやり手だな。

 自分の価値を、よく分かっている。

 応接室で俺とミルは使者と対面している。


 予想はしていた。

 ロレッタ・リーヴァ・アドルナート自らが乗り込んできた。

 三男坊のヴェスパジアーノを伴ってだ。


 ロレッタは亜麻色の髪に、ライトグリーンの瞳。

 一見すると柔和だが、凜たとした雰囲気。

 控えめながらセンスの良いドレスを、身にまとっている。

 確かにこれなら領民から人気が出るな。

 ヴェスパジアーノは7歳との話。

 父親に似てかおとなしい感じの子供だ。


 お互い自己紹介をしたが、ヴェスパジアーノはエルフを初めて見るのだろう。

 ミルに興味津々といったところ。

 ミルもヴェスパジアーノに優しくほほ笑んでいる。


「これは領主夫人自らが、交渉に来られるとは驚きましたよ」


 ロレッタは俺に、静かにほほ笑んだ。


「ラヴェンナも大変な時期です。

支援をお願いするには、相応の誠意が必要かと思いましたわ」


「込み入ったお話になりそうですね。

まず当家に望まれていること……をお伺いしましょう」


 本来は、互いの役人同士ですりあわせる。

 その猶予もないのだろう。

 恐らくこの場で、交渉をまとめるつもりだな。

 子供を同席させた理由も気がついている。

 かなり危険で、足元を見られかねないが。

 俺がそうしないと確信しているかのようだな。


 

 ロレッタの説明は大体想定内の話だ。

 使徒貨幣の信用がなくなったため、外部からの物品購入が困難になっている。

 領内の商売も麻痺状態となり、経済に大ダメージを受けている。

 それを避けて、物々交換をするには領内の輸送力も足りないと。

 俺はロレッタの説明を一通り聞き終わった。

 まずは現状の説明から入ったわけか。

 ロレッタは俺を見て、満足げにほほ笑んだ。


「現状はご理解いただけたようですわね。

それではお願いしたい支援を申し上げてもよろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


「現在当家で所持している使徒貨幣分、ラヴェンナ貨幣をお借りしたいのです。

勿論即時全額は、無理なことは承知しております」


 なるほど……借り入れか。

 ラヴェンナ貨幣は使徒貨幣が氾濫し始めたとき、俺が高レートにしたせいで信用ができている。

 この騒動でそれが確定したといったところだ。

 人質としてヴェスパジアーノをおいていくといった形だろうな。


「量にもよりますね。

簡単に量を増やすわけにもいきません。

もしラヴェンナとの交易を望むのでしたら、別の方法を提示できます」


 ロレッタは眉をひそめた。


「確かに簡単に貨幣を増やせないことは承知しています。

こちらが必要とする品物を、全てラヴェンナとの交易で賄えるのでしたら……それでも構いません。

ラヴェンナ卿がおっしゃる別の方法をお伺いしても?」


 俺は後ろに控えている補佐官に目配せをする。

 補佐官は部屋の隅においてある箱を持ってきてテーブルの上に置いた。

 飾りっ気もないただの箱。

 俺は箱を開けた。

 そこには、ラヴェンナの臨時貨幣の見本が並べてあった。

 それを見たロレッタから表情が消えた。

 

「見た目は銅貨のようですが……」


「ええ。

ただしラヴェンナ領内では通常の貨幣と等価としてあります」


「手に取ってもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 ロレッタは貨幣を、手に取っていろいろと見ている。

 しばし見てから小さくため息をついた。


「ラヴェンナは進んでいると伺っていますが、想定以上ですね。

これだけ精巧な貨幣を鋳造できるとは驚きです」


 貨幣のデザインも、国力を測る指針の一つ。

 デザインが稚拙だと、その国の水準も知れてしまう。

 そんな臨時貨幣は凝り性のオニーシムと病的に標準化に拘る兎人族のコラボによって……滅茶苦茶ハイレベルな物になっている。


「これをお貸ししましょう。

それでラヴェンナと交易が可能となります」


 ヴェスパジアーノもロレッタが手にしている貨幣をじっと見ている。

 ロレッタが俺を見たので、俺は笑ってうなずいた。

 ヴェスパジアーノはうれしそうに貨幣を、いろいろな方向から見ていた。

 そして目を輝かせ、興奮する。


「母上、これすごいですよ!」


「ジアーノ落ち着きなさい。

ラヴェンナ卿の前ですよ」


 ロレッタが少したしなめる感じで、ヴェスパジアーノに注意した。

 俺は笑って手を振る。


「構いませんよ。

ヴェスパジアーノ君は気がついたようですね」


 ヴェスパジアーノは興奮気味だ。


「母上、角度を変えて見てください!」


 ロレッタは苦笑して貨幣を受け取る。

 そして角度を変えた眺めた直後……一瞬驚愕の表情を浮かべた。


「ラヴェンナ卿、これは?」


「角度で色が変わって見えるようにしています。

偽造防止策です。

あくまで当面はですがね」


 ロレッタは、小さく頭を振った。


「そこまで対処されていたのですか。

かえってコストがかかりませんか?」


「いえ、さほどかかりません。

偽造の対処コストを考えれば、はるかにお得ですよ」


 オニーシムの工房とマジックアイテムの発明部門を同一の部署にしている。

 そこで想定外の成果が得られたからだ。

 魔法を併せた冶金やきん技術だな。

 ロレッタは真顔になった。

 そしてかばんから書類を取り出し、俺に差し出してきた

 特別貨幣の有用性を確信したらしい。


「では当家が必要とする購入品の目録を持参しております。

ご確認いただけますでしょうか」


 借り入れが難しいケースでも、必要な物は入手できるように目録を持参してきたのだろう。

 実に手際が良い。

 俺はざっと目を通す。

 これならフロケ商会と職人を駆使すれば大丈夫だろう。


「分かりました、ご滞在している間に回答しましょう」


 ロレッタ母子は数日ラヴェンナに滞在すると聞いている。

 十分間に合うだろう。

 俺はミルに目録を手渡す。

 実務的なことはミルが把握している。

 ミルは目を通して、俺にうなずいた。

 どうやら大丈夫そうだな。

 念のため、確認は必要だろうが。

 ロレッタは俺の様子から、ラヴェンナで全て用意できると察したのだろう。

 俺に軽く一礼をした。


「このご恩には、何をもってお返しとすべきでしょうか?

当家は小さく、騎士を派遣したとしても少数です」


 俺は軽く手を振った。


「武力の提供は不要です。

アドルナート領の治安維持に使ってください。

それより……そちらに港が一つありましたよね。

ラヴェンナとしては港の使用権を認めていただきたいのです。

そちらと交易をするにしても、船が主体になりましょう。

輸送コストが段違いですからね」


「確かに小さな港はあります。

それだけでよろしいのですか?

それとお恥ずかしながら、港の警護も厳重ではありません。

襲撃もないので最低限となっています。」


 俺はロレッタに小さく笑いかけた。


「これから重要度が増すのです。

必要でしたら港の拡張許可も頂きたいですね。

よろしければこちらで、港の拡張と治安維持を担当しましょう。

手が回らないでしょうからね。

無論海上の治安もです」


 ロレッタの目が細くなった。

 俺と視線がぶつかる。

 やがて小さく息を吐いて、視線を落とした。


「永久に治安維持をしていただくのは……よろしくありません。

それでは当家の領地とは言えませんので。

もし港を拡張されるならかかった費用を含めて全て返済します。

返済が完了した段階で、当家に港の統治権を戻していただけますでしょうか?」


 まあ、他家に治安維持を任せていたら……占領と言うか租借状態だからな。

 このあたりが限界だろう。

 それにシーパワー主体でいくのに、飛び地の領地など邪魔なだけだ。


「構いませんよ。

ただ港の使用権は認めていただきたいですね。

無理に……とは言いませんが」


 港を使わせてもらえるだけで良い。

 それすら時限的であれば、別の手を使うまでだ。


「その使用権の詳細を伺っても?」


「港にラヴェンナの事務所と整備施設、倉庫を置きます。

また港を他家より優先的に使わせてもらえれば良いです。

支援に利子をつけない代わりといったところですよ」


 ロレッタは、目をつむった。


「少し考えさせてください。

勿論前向きに検討します。

影響の精査が必要ですし……主人に説明ができない状態での受諾は、よろしくありませんので」


「構いませんよ。

こちらも目録の精査をしますから」


 ロレッタはうなずいてから、ミルに笑いかけた。


「ラヴェンナ卿には驚かされましたけど、奥さまにも驚きましたわ。

内容を全て理解されているようですもの。

噂どおり実務にたけていらっしゃるのね」


 知ったかぶりか、機械的にうなずいているだけなら……すぐに分かるのだろう。

 ミルはロレッタにほほ笑み返した。


「ええ。

たけているかは分かりませんけど……。

主人の足を引っ張らないように頑張るのが精いっぱいですよ」


 ロレッタはミルに、優しくほほ笑んだ。


「あら、主人と同じようなことを言われるのですね。

ご謙遜なさらずともよろしいのですよ」


 ミルは照れたように笑っただけだった。

 本当に、頼りになっている。

 だからこそ俺は、対外的なことと未来に向けての施策に専念できているのさ。

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