450話 やり手の夫人
いろいろと様子見をしているなか、世の中の変動がすごい。
使徒襲撃以来外部からの接触が増えた。
当然、他の貴族との外交も発生している。
貴族同士で基本的に直接手紙のやりとりはしない。
よほど親密でもない限りはね。
普通は取次役がいて、そこに手紙を送る。
取次役が主に手紙を披露する。
それが一般的な慣習。
だがラヴェンナは、新興で明確な取次役がいない。
強いて言えばキアラだ。
つまり手紙はキアラに集中するわけだ。
現時点での各地の悲惨な状況も、当然手紙の内容に含まれる。
耳目からの報告とすりあわせることで、情報の精度はより高くなった。
さらに、商会方面からの情報も入る。
相手はきっと知らないだろう。
お陰で情報はこちらに筒抜けといった形だ。
だがそれを相手に知らせたことは一度もないし、匂わせたこともない。
相手が期待するような勘違いを、わざとするケースも多々ある。
俺は知っていると自慢して、得になることは何一つないのだ。
◆◇◆◇◆
先日の質問会で、子供の1人に聞かれたことがある。
『領主さま同士で仲良くやるコツってある?』
「いろいろありますが……。
強いて言えば一つありますね。
知っていても知らないふりをすることです」
質問者は首をひねっていた。
子供でこれが分かったら怖いさ。
取次への手紙で思い至ったのは、一つ気になることがあったからだ。
手紙を持ってきたキアラは苦笑している。
「本家は貨幣騒動で首が回らないから、お兄さまに丸投げしましたわね」
「スカラ家とデステ家に両属しているアドルナート家の話を回されても困りますけどね」
貴族は基本、国王に仕えている。
実際は手が回らないので、グループが形成される。
グループは上下ではない、双務的な関係となる。
そして小貴族は複数のグループに、同時に所属するケースがある。
グループ同士が直接境界を接すると、何かとトラブルが発生する。
それを防ぐため両属と呼ばれる措置をとる。
小勢力が勢力間の緩衝地帯になるのだ。
両方のグループからの影響は受けるが、支援を受けることができる。
キアラは小さく苦笑して肩をすくめた。
「アドルナート家はあの騒動で、デステ家から支援が受けられずに……行き詰まってしまったのですわね。
本家は支援したいけど、余力がないですもの。
ラヴェンナが本家を支援しているくらいですから、こっちに話を回したのでしょうね」
本家からの手紙には、簡単に転送した経緯の説明があった。
話は分かったが、この調子で支援を要求され続けると、こっちがつぶれてしまう。
あまり、高みの見物ばかりもしていられないか……。
「ともかくアドルナート家の使者とは会いましょう。
どこまで援助できるか不明ですが……」
「アドルナート家は確か夫人が有能でしたっけね。
旦那様は誠実だけど有能ではないと聞きましたわ」
「大前提として両属しているのです。
変に才に走るより誠実なほうが、家を長く保てるでしょう。
堅実な領地経営をしているはずです。
だから今回の内乱では、どこにも加担していませんよね」
キアラは別の書類に目を通した。
「ええ。
飢饉騒動でデステ家は援助を受けた手前……スカラ家と表面的には対立していませんわね。
内心は随分違うようですけど。
ですからアドルナート家にも余計な干渉がありませんでしたわ。
傭兵を雇っていないので、略奪もないですし貨幣騒動までは自立してやっていましたわね」
「だからこそ、本家としても見捨てるわけにもいかないのでしょうね。
通常であれば本家のみで支援できます。
ですが内乱に加えて、世界規模の通貨危機です。
幾ら大貴族でも単独での対応は難しいでしょう」
そんな話をキアラとしていると、自然な動作でミルがティーカップを片手に俺の隣に座った。
なぜか俺の隣には椅子が常設されている……。
キアラはミルを、ジト目でにらんだ。
「お姉さま。
隣に座る必要がありますの?」
ミルはキアラを無視して、俺の持っている手紙をのぞき込んだ。
「このロレッタ・リーヴァ・アドルナート夫人って、どんな人?」
キアラは顔半分でほほ笑み半分はひきつっているという、実に器用な芸当をしている。
これは、この前の意趣返しだな。
「30前で6児の母。
リーヴァ家は中堅の貴族ですが、いろいろな理由があって弱小のアドルナート家に嫁いだようです。
元々リーヴァ家にいたときに父の手伝いをしており、頭脳明晰で知られていました。
アドルナート家に嫁いだときは、リーヴァ家の風習を持ち込むなどと……領民からの評判は悪かったのです。
ところが外交での駆け引きにたけていて、内政の手腕も確かなものがあります。
なによりアドルナート家に不利益なことは、一切許さない姿勢はぶれませんね。
今や旦那より領民の人気は高いですよ。
当初の悪評を、実力でねじ伏せたと言ったところですか」
ミルが驚いた顔になった。
「アルがそんな評価するのって珍しいわね。
やり手なのね」
俺は小さく肩をすくめた。
「やり手と言えばそうですね……。
両属していましたがデステ家の言いなりにもならなかったので、デステ家が内乱を手助けしたことがあります。
言いなりになる当主を据えようとしてね。
もちろん証拠は残っていませんよ。
その際に反乱軍に子供の1人を人質にとられたのですが……」
ミルは俺の言葉に渋い顔になった。
「アルの口ぶりからすると、子供を見殺しにして家を守ったのね」
「ちょっと違います。
反乱軍が領主の城に迫ったときに捕まえた子供を引き出して、子供の命が惜しければ降伏しろと言ったのですが……。
そのロレッタ夫人、城壁の上で仁王立ちしてこう言ったのです。
『愚か者め!! 子供などこれがあれば幾らでも産めるわ!!』
もちろんスカートをたくし上げてです」
ミルは俺の言葉に、目が点になっていた。
「ええと……コメントに困るのだけど」
「でしょうね。
反乱軍も絶句して、気勢をそがれてしまいました。
その夜にロレッタ夫人が、自ら手勢を率い、夜襲をしかけて無事子供を取り戻したそうです」
「なんと言うか……、すごい人ね。
それでその子供と仲たがいはしたの?」
「さすがにそこまでは伝わっていません。
聞いてみますか?」
「いや良いわ……。
何かいろいろ怖そう」
俺はミルにむかって肩をすくめた。
「まあ……そんなわけで、領民から今や熱狂的に支持されています。
領民の生活向上にも、意を用いた人ですからね。
その人からの要請です。
対応は慎重にしないと、無駄に敵を増やしてしまいます」
キアラは俺のため息交じりの感想に笑いだした。
「そうですわね。
ロレッタ夫人はそんな立場も熟知している人ですから。
でもそんなロレッタ夫人からのお手紙は、随分お兄さまに気を使っているようですわ」
ミルはキアラからの差し出された手紙に、目を通してほほ笑んだ。
「そうみたいね。
それより……今でも旦那様と深く愛し合っているようだし安心だわ」
待てや。
安心って何だよ。
「はい?」
キアラもミルにほほ笑みながらうなずいた。
「全くですわね。
独身だったら釘を刺していますもの。
もしくは旦那様と仲が悪かったらなおさらですわ」
「私が節操なく、女性を誘惑しているような言い方は止めてください」
ミルはジト目になっていた。
「アルが意図的にやってるなら、こんな苦労しないわよ!」
解せぬ……。
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