449話 率直な意見
各地から知らされる情報はあきれんばかりだ。
ひどい内容だが独創性はない。
領民は領主に訴え出るが、相手にされない。
そればかりか納税された貨幣がゴミになるのであれば無意味だ……と言って再徴収を行うものもいる。
領主をだましたと逆ギレする始末だ。
面白いことに無価値と断じた貨幣は返却しない。
むちゃくちゃにも程があるが、いら立ちを手近な領民にむけたのだろう。
商人から取引を拒否されるような通貨は通貨ではない。
扱っても、通常の価値からかなり低く見られる。
若干良心的な領主は、領民でなく教会に詰問を行う。
当然満足できる回答はない。
言を左右にした返事に怒り狂って司祭を殺害し、教会を略奪するものまで現れる。
アラン王国であれば、教会への攻撃に使徒騎士団が介入できる。
ランゴバルド王国とシケリア王国には介入できない。
教会組織そものものが、アラン王国以外から放逐される勢いだ。
そして傭兵は使徒貨幣以外での給料を要求している。
面白いことに交換ではない。
新たに旧貨幣のみで給料を要求している。
領民にした方法を、傭兵にやられているわけだ。
そして払えないと、即座に略奪を始めた。
傭兵団のトップが止めたくても無理だろう。
止めたら、自分の命が危ないからな。
そして領民は、苛斂誅求と略奪に耐えきれずに自衛化を始めた。
本来は、騎士以外の武装は禁じている。
冒険者は、実質ギルドの保護下なので対象外。
騎士以外が武装すると処罰対象だ。
治安維持のため武装民と非武装民を分けたのだろう。
貴族から犯罪人と指名された騎士を殺害した平民が、褒美をもらえるどころか武装したのをとがめられる始末だ。
流石に魔物に襲われたときの武装は黙認されている。
あくまで人対人への武装制限だ。
こんな状態でも領民が受け入れたのは、最低限の治安が維持されているからだろう。
税の二重取りと略奪から守ってくれないなら、自衛するしかない。
通常の中世であれば、領民と領主は双務的存在だ。
使徒の平和が約束された世界では、その双務が失われる。
非難されないギリギリを狙って、領主だけが得をするようになるだろう。
領民が自衛を始めることは、税を払わないと同義。
守りもしない領主に税は払わないと言うヤツだ。
自衛しないと食い尽くされて死に絶えるしかないからな。
かくして世界は戦争どころではないといった状態に陥る。
俺としても、どうちょっかいをだすか思案のしどころだ。
報告書に目を通し終わって、俺は一息つく。
単独の現象は予想できる。
それがどう玉突きになって、何が起こるかまでは予想できない。
できるのは何があっても対応できる体制を作るだけだ。
◆◇◆◇◆
何かの視線に気がつくと、真っ正面にオフェリーがいた。
全く気がつかなかった。
「私は何分くらい固まっていましたか?」
「1分と25秒です」
そこまで数えなくても……。
「それで聞きたいことは何でしょうか?」
「マリーが少し心配です。
あの人は自業自得だから、どうでも良いです」
いちいち言わなくても良いのに。
「直接被害に遭うことはあり得ませんよ。
さすがに人々からの悪感情を避けられませんが」
「ラヴェンナでは貨幣がダメになったけど、よそではまだ平気なのですよね?
もしかしたら、噂で一笑されるのではと思っていました」
ああ……そこに疑問があったのか。
「それは疑われる下地があるからです。
つまり火種を一つ落とせば、大火事になる環境なのですよ。
現在は使徒の正当性が揺らいでいます。
肯定も否定も人々はできない状態なのですよ。
そんな不安定な状況下で……一つの可能性に内心すがりつくのです」
「どんな可能性ですか?」
「簡単です。
今の使徒は偽者。
本物がちゃんと降臨するといった願望です。
少なくとも今まで信じていたことは全て噓だった……と思うよりは信じやすいでしょう。
そして偽者であることを立証するような現象です。
だれも必死に打ち消さないでしょう。
そして使徒はこの世界の混乱に、何も対応できていません。
最初は自由になったと喜んでいた人たちも、混乱が広がりすぎて内心困惑しているでしょう」
「つまり皆は口にださないけど、偽者だと思っているのですか?」
「そう思いたがっている……ですね。
そうだったら良いな程度でしょう。
教会もそう思いたがっていますが、現教皇が使徒に認められて就任しましたよね。
枢機卿はその教皇一派です。
つまり偽者と認めると、上層部が一掃されます。
それは嫌なので、他の理由を探しているでしょう。
理想は現在の上層部の力で、新たな使徒を降臨させる。
まあ世の中そう都合よくは行きません」
オフェリーは小さくうなだれた。
「そうですか……。
マリーは味方がいない状態なのでしょうね」
「まあ、オフェリー以外はいないと言っても過言ではないでしょう」
オフェリーは小さく眉をひそめた。
「ハーレムのメンバーは味方でないのですか?」
俺が考える味方の概念は、足を引っ張らない存在だからな。
「役に立たなくても良いなら数えても良いですよ。
元々使徒の接待だけが求められた能力です。
使徒を肯定するだけでは、今回の事態には役立ちませんからね」
「そうですね。
私も使徒に従えば、全てが解決するとだけ聞きました。
周りは敵だらけでどうすべきなのでしょうか」
俺は頭をかいて外を見る。
「1番の敵は使徒ですねぇ。
子供がゴネだすと動きたくても動けなくなりますから」
「やっぱりあの人がネックですか」
「自身が原因なのですが、決して認めないでしょう。
子供をなだめすかして動かすのは大変ですよ。
自分と違う意見や認識を受け入れられる人格ではありませんからね」
オフェリーは小さく首を振った。
「今回のような話は、とても耐えられないと思います。
むしろこの話を伝えた人が害されるのではないかと思います」
「でしょうねぇ。
ですが、隠しきれなくなって耳に入ると、周囲を責めると思いますよ。
彼はいつでも率直な意見を求めていますから」
オフェリーは眉をひそめて、首をかしげた。
「意味が分かりません……」
「彼の認識する率直な意見はですね。
自分の聞きたい話題のみに限定します。
そして自分の機嫌を損ねない表現であることが条件です」
「それは率直と言わないと思いますが」
「普通はそうですね。
まあ、普通の観点など彼には不必要でしょう。
世界が彼を接待するのが彼の常識ですから。
どちらにしても、この話は嫌でも耳に入りますよ。
変に細工をして知らせなくても平気です」
オフェリーは俺の言葉を聞いて、小さくため息をついた。
「知ったらどうするのでしょう?
知っても正しい対処が可能には見えませんが」
俺はオフェリーに肩をすくめた。
「むくれるか、不機嫌になるか……。
その程度しか分かりませんね。
もしオフェリーが妹さんを何とかしたいと思っているなら、もう少し様子を見たほうが良いでしょう。
私としてもお子さまが散らかしっぱなしで、退場されては困りますからね」
遠隔操作をするにしても、状況を知らなければどうにもならない。
オフェリーがぎこちなく、俺にほほ笑んだ。
「有り難うございます。
頼ってばかりで情けないですが……。
少なくともマリーは、悲惨な死に方をするほど悪い子ではありません。
アルフレードさまは助ける気はないでしょうが……」
俺はオフェリーに笑って手を振った。
周囲が思っているほど、俺は気にしていない。
眼中にないのではなく、相手をしている暇が無いのだがね。
「別にオフェリーのためにやってるわけではありませんよ。
使徒とご一行には、まだ死んでもらっては困りますからね。
あくまで私の都合のためだけにやります。
オフェリーが気に病む必要はありませんよ」
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