446話 大義名分の必要性

「お兄さま。

今回の王都お笑いクイズの時間になりました」


 報告書を持ってきたキアラはニコニコ顔だ。

 いつから、クイズになったのだ。


「笑えることは確かですがね。

クイズになるほど筋道だった動きをしていないでしょう」


 ミルも俺の言葉に苦笑している。


「そうね。

何をしたかなんて、想像もつかないわよ」


 キアラが、片目を閉じてチッチッと指を振った。


「では、一つの物事を報告します。

そこから何が起こったか当ててください」


 むちゃだろ。

 俺は大げさにため息をついた。


「子供の行動など予測できませんよ」


「そう冷たいことを言わないでください。

最近お兄さまと会話する時間が減っていて、大変不服ですの」


 つまり、俺と仕事以外で話をしたいわけね。

 妹のささやかな希望を断るのは、あまりに冷たいというものだろう。


「仕方ありませんね。

外れても笑わないでくださいよ」


 キアラは満面の笑みのまま、椅子を持ってきて俺の横に座った。


「勿論ですわ」


 ミルはキアラを、ジト目でにらんだ。


「隣に座る必要があるの?」


「ではヒントです」


 無視されたミルがひきつった笑いを浮かべた。

 そんなことお構いなしでキアラは、報告書に目を通す。

 後でどうなっても知らないぞ……。


「衝撃的ですわ。

正直想像できませんでした」


「それだけでは抽象的すぎですね。

それこそ突然、2人が仲直りをして……ウチを狙ってくるくらいしか思いつきませんよ」


「それは面白い話ではありませんわ。

では次のヒントです。

ラッザロ殿下の家宰ピッポ・バルドさんがいますよね。

追放されましたけど、裏の活動を一手に担っていた方です。

その人が赦免されて、殿下の元に帰参しました」


 手詰まりになって、打開策を求めたわけか。

 あり得るな。

 俺が少し考え込んでいると、キアラは俺にウインクした。


「次のヒントはですね。

ブロイ家が……」


 ブロイ家の名前を聞いた瞬間に、一つの間抜けな喜劇が俺の頭の中に浮かんだ。


「ラッザロ殿下はファルネーゼ家の支援を受けていましたね。

ヴィットーレ殿下はブロイ家の支援を。

つまり、神輿が入れ替わったのでは?

ラッザロ殿下はブロイ家、ヴィットーレ殿下はファルネーゼ家をバックにつけたと」


「えええええええええ!!

なんで分かりましたの!!!」


 キアラはこれ以上ないほど驚いた顔になっていた。


「適当な妄想ですけどね。

意外と当たるものですねぇ」


 キアラは、強く頭を振った。

 鼻息荒く身を乗り出してきた。


「その妄想の内容を説明してください!!」


「落ち着いてください。

たまたま当たっただけですよ」


 キアラが、アイコンタクトをすると、すかさず補佐官が紙とペンを持ってきた。

 キアラは真顔になって、執筆体制に入っている。


「前置きは結構ですわ。

キリキリ白状してください」


 まるで悪さをしたようじゃないか。

 俺はため息交じりに頭をかいた。


「ファルネーゼ家は、大きな功績をたてて内乱を終結させたい。

教会の支援も受けているでしょう。

荘園問題の解決を期待してのことですが。

ラッザロ殿下は陰謀が大好きです。

ファルネーゼ家に任せていたら、傭兵を雇って王宮の炎上までさせました。

正直アテにならないと考えて、自分自身で事態の打開を狙うでしょう」


 キアラはしきりにうなずいて、メモをとっている。


「妄想でも、お兄さま産は筋が通っていますわ」


 俺産って……。


「ともかく……対立しているブロイ家は常に現状維持を第一とします。

内乱が続けば損だと知っているでしょう。

ヴィットーレ殿下を担いで、内乱に持ち込んだ正確な理由は知りませんけどね。

ファルネーゼ家が何か関係しているとは思いますが……。

そこでキーマンが登場します。

家令ピッポ・バルド氏です。

ラッザロ殿下としては、教会の影響下にあるファルネーゼ家が大功をたてることは望みません。

殿下の意を受けて、氏はブロイ家に対して降伏の誘いを内密にしたと思いますよ。

裏工作にたけている関係上、各人の立場や考えには敏感でしょう」


 キアラを見るとあきれ顔になっていた。


「まるで見てきたように当てますのね。

お兄さまは何者なのです?」


 ミルはキアラを見て、小さく笑った。


「そんなのアルに決まってるでしょ」


「その種族や現象のように言われるのは不本意なのですが……。

ともかく、ブロイ家は自家の地位権力を削らないことを条件としたでしょう。

ラッザロ殿下にすれば、それなら受け入れやすい。

内乱を終結させた功績で、所領安堵とすれば良いのですから。

そうなると、ファルネーゼ家は反発します。

家督を強引に相続したオリンピオ卿は、多大な功績を挙げないと正当性が弱まります。

しかも、以後の発言力も確保できない。

ブロイ家の現状維持とは三大貴族筆頭……つまり家格上の地位も含まれますからね。

良かれあしかれ、ランゴバルド王国は家格秩序の国ですし。

相当の発言力がなければ、教会に荘園の代替地を用意することもできない。

猛烈に反対された殿下が考える手は一つでしょう」


 ミルは俺の含みのある言葉に頭を振った。


「アルがそんな言い方をするときは、だいたいロクでもない話なのよね」


 ロクでもないのは事実だな。


「代わりの担ぎ手ができたのです。

オリンピオ卿のみに頼る必要もないでしょう。

邪魔な担ぎ手は不要とばかりに、暗殺を試みるわけですが……」


 強烈な視線に気がつくと、キアラは俺をジト目で見ていた。


「どこまで的中させるのですか。

耳目は必要なのか疑問に思えてきましたわ。

お兄さまなら噂だけで正解をたぐり寄せそうです」


 心外だな。

 耳目がないと絶対に困る。

 俺はちょっと大げさに肩をすくめた。


「とんでもない。

今回はたまたまです。

それと彼らが追い込まれて、選択肢を失っているから当てることができただけです」


 キアラは小さく頭を振った。


「たまにお兄さまが怖くなりますわ。

では続きのお考えを聞かせてください。

結果は受け取っていますけど、経過は報告所に記されていませんの」


「あくまで状況証拠からの推測ですよ。

ピッポ・バルド氏が暗殺を担うでしょうが、ここで問題がでてきます。

前回追放されたときに、手足となる組織が壊滅状態になりました。

つまり、復帰しても同じように任務を遂行できません。

相当実行力が落ちているでしょう。

そのせいで暗殺計画が漏れたのでしょうね。

失敗したので、ラッザロ殿下の主従は逃げる必要があります。

捕まったら待っているのは幽閉生活ですからね。

そこで頼れるのは、ブロイ家のみになります」


 ミルは俺の言葉を聞いてあきれたようなため息をついた。


「衝動的と言うか……後先考えないと言うか……。

梯子を外されたヴィットーレ殿下はどうなるの?」


「結果からの逆算ですけどね。

ブロイ家が降伏する話はヴィットーレ殿下も察知しているのでしょう。

ある程度確信が持てた段階で逃亡したと思います。

それこそラッザロ殿下への手土産にされますからね。

話を戻しますが、ファルネーゼ家は困ったでしょう。

神輿がないと、傘下の貴族たちの離反を招きます。

大義名分がなければ、ファルネーゼ家に助力している貴族は部下扱いになってしまいますからね。

ファルネーゼ家は盟主であるが主人ではないのです」


 盟主と主人の言葉に、ミルは軽く頭を振った。


「勿論違うのは分かるけどね。

難しくてたまに分からなくなるわ」


「盟主は指示できますが、命令はできません。

主人であれば命令に対して、部下は服従しなければいけません。

拒否するには相応の理由が必要になります。

部下であれば、主人が家督相続に介入することも容易です。

大義名分がない状態で、中小貴族が大貴族に従うのは危険なのですよ。

部下になったと、同義にとられますから」


 俺の説明にミルは小さく苦笑した。


「そうなのね。

大義名分って結構大事なんだ」


「ええ。

単独でファルネーゼ家とブロイ家が戦えば、ファルネーゼ家が勝てます。

ですがブロイ家に大義名分があるので、中小貴族はこぞってそちらに走ります。

そうなるとファルネーゼ家は、ひとたまりもありません。

そこでファルネーゼ家は、ヴィットーレ殿下を探し出して神輿として担ぐことにします。

逃亡した話は、当然耳に入っているでしょう。

捕らえられていたら、ラッザロ殿下が宣伝しますから。

ヴィットーレ殿下も担いでくれる勢力は必要ですからね。

そんな流れかなと」


「なんで王族って無茶苦茶するかと思ったら……、神輿として絶対に必要だから殺されない自信があるわけね」


「ええ。

ただ、その保証もどこまで通用するか。

貴族の間だけで権力闘争をしているなら良いのですよ。

もし傭兵が、自分たちで国をつくろうと考えたら?

そんなものなんの保証にもなりません。

むしろ必ず根絶やしにする必要がでます。

旧体制のよりどころですから」


 キアラは俺の言葉を聞いて、深いため息をついた。


「そうなる可能性もあると見ているのですね」


 俺は小さく肩をすくめた。


「ない……とは言えません。

こればっかりは予想できませんよ。

傭兵の情報もコネもありませんからね」

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