416話 かごの中の鳥
パパンとニコデモ殿下の面会が終わった。
俺の呼び出しも当然あるのだが、翌日となった。
まずパパンと事前に意識合わせをしないといけない。
俺がミルの同席を望むことを知っているので、勿論2人一緒に呼ばれている。
その話をマリオに聞いてから二人で書斎に向かう。
マリオがミルを、女神のような目で見ているのはやり過ぎだと……ちょっと思う。
ミルはまんざらでもないようなので放置しよう。
女神の母のようなものだ、大差ないだろう……と詭弁で、自分を納得させることにした。
俺たちが入室すると、パパンは無言で俺とミルに着席を促す。
俺たちが座ったのを見て、小さくうなずいた。
「2人とも話は聞いているだろう。
ニコデモ殿下が当家に、保護を求めてきた。
要望は保護の一点のみだそうだ。
その後の身の振り方は、情勢から判断して決めてほしいとのことだ」
俺は、表向き神妙な顔でうなずいた。
「随分と常識的な申し出ですね」
パパンは疲れたように苦笑した。
「常識的な申し出に、いちいち肯定的な反応をするのは笑えない事態だがな」
「言葉どおりであれば……背中から刺される確率は低いでしょうけどね」
「そう願いたいな。
呼んだのは殿下が、アルフレードに対して私的に謁見せよとのご下命があった。
その関係で事前に確認をしておきたい。
アルフレードに限って、下手な言質を与えるとは思っていない。
あくまで念のための確認だよ」
ニコデモ殿下とは何時か会うとは思っていた。
タイミング的に今だろう。
「私個人ですか。
何をお望みなのでしょうかね」
パパンは俺ののんきな疑問に苦笑してしまった。
「それは私が知りたい。
どちらにしても、アルフレードに興味があるらしい。
言うまでもないが…」
「大丈夫ですよ。
父上以外の指示で、行動を起こす気はない…と言いますから。
決定権は当然、父上だけのものです。
その決断に際して意見を求められれば、喜んでしますよ」
「そうだな。
お前には無駄な注意だったか。
その謁見次第で、ミルヴァも呼ばれる可能性もある。
心にとどめておいてくれ」
いきなり話題を振られて、ミルは驚いたようだ。
ビクっと背筋を伸ばした。
「は、はい!」
ちょっと気になったので、パパンからも言質を取っておくか。
「ミル……もし殿下に言い寄られたら、殿下の頰を引っぱたいてください」
ミルは一瞬硬直したが、久しぶりに目が点になった。
「えええええええっ!!」
パパンは俺の発言に苦笑した。
「まあ、ないと思うがな。
アルフレードの言うとおりで構わないよ」
ミルは口をパクパクさせながら、俺とパパンを見ている。
王族でも言い寄られたら引っぱたけ。
とんでもない発言に聞こえるだろう。
「ぱっと見とんでもない発言ですけど、実態はそうではないのですよ。
ミルは貴族社会に触れてから、まだ4年です。
そしてとても美人で、王族にしてみれば出会うことが少ないエルフです。
適当な理由をでっちあげて、肉体関係を迫る可能性だってありますよ」
パパンも苦笑しながらうなずいた。
「ミルヴァは分家の正妻だ。
王族の指示に従う理由はない。
あったとしてもそんな接待をする必要はわれわれにはない。
引っぱたく程度なら良いだろう。
ただ……斬りつけるならせめて事前に相談してくれ。
アルフレードの心配は、普通なら取り越し苦労なのだがね…」
そうなのだ。
ここの所のダメっぷりを見るとどうしても身構えてしまう。
「最悪のケースになると、ミルがひどい目に遭うでしょう。
下手をすれば我慢しかねません。
そんな目に合わせるために結婚したわけではありませんからね」
ミルはうれしそうな……あきれたような微妙な顔になった。
「それはうれしいけど……。
本当に言い寄られたら引っぱたくわよ?
いろいろ問題にならない?」
パパンはミルの顔を見て笑いだした。
「心配は無用だよ。
あくまで念のためだがね。
昔にそんなことをした王族がいたのだよ。
それでちょっとした騒動になった事例があった」
ミルはあきれたように、首を振った。
「ええと、それは貴族社会に不慣れな女性につけ込んだのですか?」
「ああ……その女性は、それを苦にして自殺してしまってね。
真相を知った旦那が当然激怒した。
即座に反乱を起こして、その王族を殺害したことがある」
ミルはやりきれない顔になって、小さくため息をついた。
「ひどい結末ですね…」
その後の言葉は、パパンにとっては言いにくい話だろう。
正確には長年の慣習もあって言いにくいだけだが。
俺が補足をする必要があるな。
「その報復は正当だと裁定した人がいて、旦那はおとがめ無しになったのですよ」
ミルは俺が割って入る形で説明をした理由に気がついたようだ。
「もしかしてその裁定は使徒が?」
「ええ。
使徒は完全に第三者の立場でなら、おおむね民情に沿った判断を下します。
周囲もその旦那に同情していましたので、その裁定を受け入れました。
それで社会的に立場が上の人間が地位権力を利用して、そのようなことをしたら報復しても罪に問われない形になったのです」
ミルは俺の言葉の意味を考えているようだ。
「今は使徒の正当性が失われたから、その裁定も効果がなくなったわけ?」
「それもあります。
先生から教えてもらった話ですけど……。
それ以前に、その決まりを逆用して主君をわなに掛けるケースも多々あったのですよ。
美人局なんて古典的ですが、男が男である限り有効な手段ですからね。
王族だろうと一般人だろうと……
王族に限らず、男にはまず教えられる警告ですね。
人の女に手を出すとリスクが高いと」
「それじゃあ、この注意はどうしてしてくれたの?」
「今の時点でミルに手を出したからと報復しても、確実に無罪とはならないからです。
このご時世ならなおさらです。
政敵からは報復行為自体が格好の攻撃材料になりますからね。
それを知って、手を出す可能性もあるのですよ
頰を引っぱたく程度なら、穏当で済みますからね」
パパンは俺の言葉に苦笑してうなずいた。
「そんなところだよ。
相手の知識の少なさにつけ込む可能性はある。
正常に自分の立場を理解していれば、絶対にしないがね。
自分の価値を過大評価していたら、どんな行動に出るか全く読めない。
だから注意喚起をしたのだよ」
ミルは、少し微妙な表情をしている。
変なことを言っていないと思うのだが……。
「そう言っていただけるのは、とてもうれしいです。
でも、それで争いになって血が流れても良いのです?
私のために、他の人が犠牲になるのが良いのかなって…」
俺は、ミルの手を握って笑いかける。
「その心配は要りませんよ。
自分の妻すら守れないのに、どうして領民を守れるのですか?
それこそ領民も、単に被害の多寡で判断されたら安心できないでしょう。
そもそも不当な要求は、誰からのものであっても受け入れる気はありません。
財宝程度で片付くなら受け入れる可能性もありますけどね。
財宝なら後でも手に入ります。
人はそうはいきませんよ」
パパンも、ミルに優しく笑いかける。
「ミルヴァは不当な要求があれば突っぱねて良い…ではなく、そうすべきだよ。
そうでないと要求はエスカレートするだけだ。
理不尽な要求をする相手は一歩下がれば、一歩踏み込む。
それが権利だと思い込むだろう。
本当にどうして、こんなばかげたことを心配しなければいけないのか…。
王族の劣化には、頭が痛いよ」
ミルはパパンの嘆きに苦笑していたが、何かに気がついた顔になった。
「あの…急に劣化したのではなくて、ずっと前からそうだったのではないのでしょうか?」
パパンはミルの指摘に、少し意外そうな顔をした。
「どうしてそう思うのかね?」
「これまではやれることが限られていました。
だから何もできなかった気がします。
急に自由になって、ノウハウもないから暴走している気がします。
1000年前の手法なんて使わない限り忘れられますよね。
私も勘違いかも知れませんけど…」
パパンは妙に感心した顔でうなずいた。
「なるほどなぁ。
確かに今までは、宰相がほぼ実務を取り仕切って、王族はささやかな陰謀をたくらむくらいだったな。
いや、できることがそこまでだったからか…」
パパンに感心されて、ミルは逆に慌てだした。
「いえ、何も知らない素人の感想なので…」
実は俺も感心していた。
素朴な疑問が真理に至るケースは、多々あるだろう。
時には、理屈をこね回すより単純な見方も大事なのだな。
硬直化した世界なら、枠内に収まる限りバカでもやっていける。
「ミルの意見に、私も同感ですね。
今までの社会体制は王にとってかなり自由を縛られています。
自分はかごの中の鳥だ……と思っていたでしょう。
実はかごの中にいたからこそ、安全だったと言う話ですかね」
パパンは俺の失礼な感想に笑いだした。
「そうだな、不自由は自分を守る盾でもあるからな。
当家は地位が上がるほど自由がなくなるのは、そのためでもある。
まあ…この事実が分かっても良いことがあるわけではないがね。
幻を期待しなくなるだけ、心の準備はできるわけだ」
そうでもないさ。
自身の立ち位置をどう見ているのか、殿下との会談で確認してみよう。
判断の大事な基準だ。
本当に他人の視点って大事だなと思ったよ。
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