404話 安定感抜群

 フロケ商会に派遣している耳目から、気になる報告が上がってきた。

 報告書を見て、思わず俺の動きが止まった。


 報告書を読むとき、俺は皆に注目されている。

 なんと言うか……使徒襲撃騒動から、俺はがっちり監視されているような…。

 下手に風邪なんて引いたら、どうなるのやら。


 報告書がらみで、俺のリアクションがあると確認するのは、専らキアラの役割。


「お兄さま、気になる報告がありました?」


「取り越し苦労なら良いのですがね。

三すくみで硬直している王位継承争いから、これが内戦に発展する切っ掛けになるかもしれません」


 俺の隣に座っているキアラが、眉をひそめた。

 俺に渡す前に、当然キアラは目を通している。


「そんな報告ありました?」


「教会の一派が、今勢いを増している。

その報告ですよ」


 キアラが、首をかしげた。


「確かに辻説法を盛んにしている人たちが、最近目立ち始めた、とありましたけど。

教会内部でも下層の人たちが、人々に信仰を保つように呼びかけている程度ですよね。

ストルキオ修道会と名乗っているそうですが」


「説法の内容が問題です。

信仰に立ち返れ。

今の混乱は、神からの試練である。

こいつがね」


「ありきたりの説法なのではありませんこと?」


 いつの間にか俺の隣にきていたオフェリーも、キアラにうなずいた。


「ええ、よくある説法です。

ストルキオ修道会は、托鉢修道士が主な成員ですね。

神からの試練は、珍しい言葉ですけれども。

今は教会がとても苦しいから、それを神の試練に置き換えたのではありませんか? 教会の試練は皆の試練のようなものだと」


 オフェリー、君はもともと教会の人だろう。

 そんなこと言って良いのか?

 俺の視線に、オフェリーが首をかしげた。


「私はアルフレードさまが、あんな目にあったのを試練だなんて……言うつもりはありませんよ。

あれは使徒による犯罪です」


「そうじゃなくてです。

教会の人だったのに、神の試練を方便のように言って良いのですか?」


 オフェリーはなぜか、胸を張る。

 この光景を、シルヴァーナが見たら発狂するな。

 よく揺れるわ……。


「私の心と体は、以前使徒のもの……とされていました。

今はアルフレードさまのものです」


 そう簡単に棄教できるんかいな。

 俺のいぶかしげな顔に、オフェリーが首をかしげた。


「私はもともと神でなく、使徒を信仰するように育てられました。

ですので、神への信仰は最初からありませんよ」


 言っちゃったよ、この子。


「分かりました。

ともかくここで問題なのは、現状の不安定を、神の試練に置き換えて信仰に立ち返れ。

そう声高に叫ぶのは、ほぼ原理主義的な人たちです。

そんな主張を始める一派が目立ち始めた。

教会が力を持っていたときは、ストルキオ修道会を抑え込んでいたでしょう。

今は、その抑えが効かなくなっています」


 キアラが、俺の言葉に眉をひそめた。


「それが王位継承と、どう関係するのですか?」


「まず、教会がこのストルキオ修道会を利用するでしょう。

神の試練とは、便利な方便ですからね。

そして原理主義的な主張は、不安に陥っている人の心には響くものです。

彼らが目指すのは神権政治でしょう。

そして、そんなストルキオ修道会に接近する勢力が、当然現れます」


「神権政治なら王や貴族の否定ですよね。

それでも接近するのですか?」


 自然に皮肉な笑いがでる。


「仲間になる必要はありません。

ストルキオ修道会の主張に、好意を持っている、と思わせれば良いのです。

そして別の対立候補を攻撃させるのです。

原理主義は不純をみつけたら、それを攻撃しないと成立しませんからね。

そんな原理主義的組織は、内部抗争で自壊します。まず永続しません。

だから利用できるのですよ。

教会もあとで切り捨てれば良いだけですから」


 キアラはなおも、首をかしげている。

 これは、事例を知らないと理解が難しいからな。


「自壊するのですか?」


「ストルキオ修道会が少数のときは良いのです。

大きくなるといろいろな人が入り乱れます。

そうなると主導権争いが、自然と発生するでしょう。

争うときには、どれだけ自分が純粋であるか。

それが争点になります

そして競って、自分のほうが純粋だと示すでしょう」


 今まで黙って聞いていたミルが、首を振った。


「そのパターンだと、まさか……仲間同士で殺し合うの?」


「ええ、彼らの勢力が伸長している間は平気ですけどね。

活動が困難になったら、内部抗争を始めます。

そもそも神の教えで、今の社会は成り立たないでしょう。

そうなると内部に不純物がいるから、うまくいかない。

浄化すればうまくいくとね」


「それはなんとなく分かったわ。

どうして急に、そんな人たちがでてきたのかしら。

いくら教会が窮地に立っていても、もともとストルキオ修道会は少数派だったのよね。

活動にはお金も掛かるし」


 俺は、成長ぶりにうれしくなって、ミルに満足した笑顔を向ける。


「良いところに気がつきましたね。

大規模な組織的活動は金がないと不可能です。

そしてそんな勢力が、自然と大きくなるにはまだ時期が早いでしょう。

一部では内乱が起こっているが、世界中に広がっていない。

早すぎる勢力拡大は原因があります。つまり裏で援助している組織があるのです」


「そんな組織があるの? それなりの力を持っていて、お金もあるのよね。

教会以外であるの?

商会がそんなことするとも思えないし」


「証拠はありませんが。

これも昔、先生から冗談めかして教えてもらいました。

教会にとある組織があります。

表向きは存在しないね」


 オフェリーの表情が険しくなった。


「その組織は、教会にいたときでも、噂でしか聞いたことがありませんよ。

導き手の会ですよね」


「ええ、異端審問官の集団です。

いくら教皇の姪であっても、知らされる話ではありませんよ。

そこで知ることができたら、噂になりませんし」


「ではヴィスコンティ博士は、どうして知っているのですか?

中枢には関わらない人でしたし」


 先生はいないし……。

 話しても良いだろう。


「先生にはお兄さんがいます。

数年間は輔祭の地位にとどまっていました。

ところがある日、突然司祭になりました。

枢機卿の推薦だそうです。

ただそのお兄さんは、全然家には戻らずに、どこでなにをしているかも不明。

そんな人が、いきなり出世する。

なにかあるでしょう。

それで先生は、お兄さんに聞いたそうですよ。

すると『迷える多くの魂を導いたからだ』とだけ答えてくれたそうです。

出世の裏ルートですね」


 ミルの顔も、自然と険しくなる。

 両親が殺されたのも、導き手の会の仕業だろう。


「そんな人たちが、どうしてストルキオ修道会に手を貸すの?」


「まず、原理主義的思想同士の相性が良い。

そして今の教会組織が崩れると困るからです。

表に出せない組織は、下手をすればスケープゴートにされかねません。

自分たちの身を守るために、どうするか。

自分たちが主導して組織を刷新します。

そして過去の組織はなかったことにすれば良いのです」


 オフェリーが腕組みをして考え込んでいたが、頭を振った。


「アルフレードさまが確信しているなら、実際にあるのでしょう。

認めたくはないですけど。

組織の刷新とストルキオ修道会が、どう関係するのですか?」


「簡単です。

ストルキオ修道会が勢力を広げた後で自滅すれば、教会改革の口実になります。

教会内部でも反対の声は上がらないでしょう。

彼らの主張が最初は大衆に受け入れられたなら、ソフト路線にして再度掲げれば良いだけです。

それで一定の支持は得られます。

少なくとも今のままよりは、力を持てるでしょう」


 キアラは俺の話を聞いて苦笑しきりだった。


「原理主義的な組織は、寿命が短いのですわね」


「長生きさせることも可能ですよ」


「そうなのですか?」


 俺は皆の視線に肩をすくめた。


「簡単です。

上層部の仲間割れをしないようにする。

下層の構成員には、原理を守らせて戦わせる。

実際に戦わずとも、外部に仮想敵を作っておけば良いのです。

上層部は原理主義を建前だけにして、贅沢な生活を享受すれば良い。

そうすれば、上層部は共犯ですからね。

仲間割れの確率は、ずっと減りますよ」


 オフェリーがなぜか、胸を張った。

 ほんと良く揺れるよな。

 肩がこると言ってたな。

 一緒の部屋になると、肩もみをよくおねだりされる。


「さすがはアルフレードさまです。

小さなうわさ話から、ここまで導き出すなんて。

私も鼻が高いです」


 推測にすぎないって……。

 ん? 部屋の空気が微妙だな。

 ミルが顔に、手を当てている。

 キアラはなぜか、外を向いている。


 まさか……。

 俺は執務室の入り口に目を向ける。

 予想どおり、シルヴァーナが死んだ魚のような目をして立っていた。

 なんでこんなときに限って、静かに入ってくるんだよ。


 困ったことに頻繁に出入りするから、ミルの侵入者感知にも引っかからなくなっていた。


「なにそれ、アタシへの当てつけ?

ええそうよ! 跳ぼうが、跳ねようが微動だにしないわよ!

悪かったわね! 安定感抜群で! ちくしょう! アルを呪ってやるぅぅぅぅぅぅ!」


 シルヴァーナは泣きながら出て行った。

 なんで俺のせいなんだよ! しかもなにか用事があったのだろ。

 それを放置して帰るなよ。

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