399話 気の進まない仕事

 外ばかり気にするわけにもいかない。

 足元がおぼつかない状態では…歩くこともままならないからだ。


 補佐官の構成に若干の変更があった。

 数名の新規採用と、1人が結婚に伴っての退職。


 行政組織の構築にあたって、完全に縦割りにする手もある。

 それより明確な役割を持たずに、柔軟に組織間の隙間を埋めるような職務の存在が今は有効だろう。

 補佐官はその最たるもの。


 似たような役職である顧問は、過渡的な地位で将来的には廃止する予定だ。

 今は族長、長老、王族、知識人のような特殊な役割にあった人を充てている。

 将来はこのような立場で経験を積むことは難しくなるからだ。

 

 皆は数年前まで、原始的な社会組織で生きていた。

 だからこそ、族長や長老など顧問になれる人たちも輩出されてきた。

 これからはそうはいかない。

 人材が供給されない職務は廃止したほうが良い。

 遂行可能な人材がいた場合のみできる臨時職になる。


 同種の間を埋める補佐官を廃止しないのは理由がある。

 まず、これは顧問よりハードルはずっと低い。

 なり手の安定供給が見込める。


 そして、もう一つは行政機構の成熟度に関係する。

 行政機構が未成熟な状態で厳密に縦割りにした場合、絶対に混乱が生じる。

 それに対応しようと、縦割り組織が増え続けるだろう。


 結果的に似たような形になるが、無能な統治者ほど無駄な会議を作りまくる。

 脊髄反射で会議を作り、会議ごとで討議される内容が、重複して混乱を招くだろう。

 最悪、一つの出来事に対して正反対の方針が会議で決まることもある。

 その混乱に対応しようとまた会議を…と繰り返すわけだ。


 今はまだ行政機構が成熟していない。

 ようやく自分の足で歩き始めたばかりなのだ。

 全体を俯瞰できる視野はまだ育っていない。


 縦割りは可能な限り最小限にとどめて、組織間で曖昧な職務の調整は秘書なり補佐官がフォローする。

 縦割りが少なすぎると、担当範囲が広すぎて天才でないと処理できなくなるだろう。

 行政機構の成熟度に応じたバランスが大切だ。

 ラヴェンナの行政機構のスタートとしては今の形で良いだろう。

 将来的に必要に応じて変更すれば良い。

 

 そんな補佐官の新規採用者とミルとの関係が、少しギクシャクしている。

 ミルのことは常に気に掛けている。

 だからこそ、気がつく話なのだが。


 そのせいで、ここのところミルは少しお疲れのようだ。

 その日の夜は、ミルと一緒なので相談に乗ろう。




「ミル、ベッドにうつぶせになって」


 ミルは俺の言葉に、一瞬驚いた顔をしたが、すぐほほ笑んでベッドにうつぶせになる。

 最近やっていないマッサージをするためだ。

 ちょっと、肩が凝っているな。


「やっぱり少しお疲れだな」


 ミルは俺の言葉に深いため息をついた。


「ああ、やっぱり分かっちゃうのね」


 凝っている肩をできるだけ、優しくマッサージをする。


「ああ、新任の補佐官とうまくいってない感じだな」


「そんなことない…と言えないのが悔しいわね。

最初の子たちは、こんなことなかったのよ。

新しい子たちに期待しすぎたのかなぁ…。

あ…もうちょっと上…そうそう」


 ミルの要望を聞きながら、マッサージを続ける。


「そうだなぁ、ミルはどう思っているんだい?」


「うーん…嫌いではないのよ? でも物足りない…。

慣れていないのは分かっているのよ。

でも言われたとおりしかできないのって困るの」


 やはり、そうなるか…。


「最初の補佐官たちに比べて見劣りする…と感じているわけだな」


「なんか嫌な言い方になっちゃうけどそうね…。

ほら、補佐官は只のお使いじゃないのよね。

省庁の間を取り持つ役目もあるから…。

勿論、新人だから難しいのは知っているわ。

だから、迷ったら私に相談してほしいのよ。

でも、相手の言い分をそのまま別の相手に伝えるだけ。

それじゃあ只の伝言役なのよね。

アルはどう思うかな?」


 用いる言葉の選択が難しいな…。

 俺が言葉を選んでいると、ミルが軽いため息をついた。


「言葉を変に選ばなくて良いわよ」


 やはりバレているな。

 思わず苦笑してしまった。


「そうだな、ミルが経験を積んで成長したからかな」


「成長するとこんな感じになるの?」


「詳しく見ていないけどさ、初期の補佐官と新任補佐官の能力は変わらないと思う。

実際に仕事で直接指示をしていないから、正しいかは自信がないけどね」


「肩は楽になったから、腰のあたりお願い。

見劣りすると思ってる私が勘違いしているの?」


 腰のあたりをマッサージする。

 相変わらず細身だなぁ。


「勘違いでもないよ」


「うーん、何だろう。

アルの言いたいことが、ぼんやり分かる気がするけど…。

うまく言葉にできないわ」


 このあたりの指摘は難しい。

 相手がただ話を聞いてほしいだけか、解決をしたいと思っているか…。

 見極めないといけない。

 相手が望んでいない助言は、あまり有益でない。

 タイミングって難しいのよね。


「昔はミルの仕事も、手探りじゃなかったかな。

部下がつくのは、初めての経験だったろ?」


 ミルは深いため息をついた。


「そうね…。

確かに試行錯誤しまくっていたわ」


「そのときは、補佐官もどうして良いのか分からない。

でも…ミルも途方に暮れているのは分かる。

だからいろいろ、意見を出したりしたろう。

ミルの指示が絶対に正しいとは思わなかったわけだ」


「そうね、皆で考えながらやっていった感じね」


「今は仕事のやり方も分かっている。

だから新人が入ってきても、ミルの指示は絶対に正しいと思う。

そして言われたことを…言われたとおりにやるのが精いっぱい。

それに指示されたこと疑問に思って相談するのは、結構勇気が必要さ。

自信がないとね」


 ミルは俺の指摘に、軽く頭を振った。


「ああ…。

アルの言いたいことは、なんとなく分かったわ…」


「ミルが成長したからね。

力量差が開いているから物足りなくなるのさ」


「私が求めすぎていたのね…」


 ミルの声が少し沈んでいた。


「それは仕方ないよ。

誰でもそうなりがちだからね。

それにせっかく成長したのに、積み重ねたものを捨てて一からやり直す必要はないからね」


「有り難う、話を聞いてくれて。

ちょっと考えてみるわ。

あと…マッサージはもう良いわ。

このままやってもらったら気持ち良くて寝ちゃいそう」


 俺はミルのマッサージを終えてベッドに腰かける。

 ミルが体を起こして、俺に寄りかかってきた。

 

「それ以外の悩みはあるかい?」


 俺の言葉に、ミルはウインクした。


「そうね…肩に手を回してくれないことかな」


 俺は笑って肩に手を回す。


「おっとゴメンゴメン」


「私だけ話を聞いてもらうのは嫌よ。

アルの悩みはないの?」


「幾らでもあるよ。

王位継承で引き起こされる内乱と、避けられない他国との戦争とかね」


 ミルは俺の真面目くさった表情に吹き出した。


「もっと個人的な悩みはないの?」


 これを言ったものか…。

 どうせ感づかれるだろうなぁ。


「どこかのタイミングで、王都に行かないといけないと思う」


「行きたくないのね?」


 俺は首を振って、ため息をつく。


「まあね。

そうなるとミルを、当然連れて行くことになる。

俺の奥さんだからね。

そうなると貴族たちに、好奇の目で見られた揚げ句、いろいろとあら探しをされるよ。

そしてネチネチと嫌みを言われる。

ミルが嫌な思いをする…それが嫌なんだよ」


 ミルは俺の言葉にほほ笑んだ。


「大丈夫よ。

ちゃんとやって見せるから。

それに私が出ないと、結局陰口をたたかれるでしょ?

それなら出た方が良いわ」


 そこまで、覚悟を決めているなら悩むのはやめよう。


「分かった。できるだけミルを守るようにするよ」


「有り難う。

頼りにしているわ。

それより、王都を案内してね。

初めて行くところだから楽しみだわ」


 そうだな…せめて観光を楽しんでもらうか。

 そうすれば、気の進まない仕事だが、俺にとっての救いになる。

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