391話 教材の一つ

 カールラ嬢は面倒な客人だ。

 最初は偽者かと疑った。

 だが、これはすぐに否定した。


 正式な発表をしたあとで…実は偽者でした。

 そんな状態になったら自殺行為だ。


 しかも交渉段階でも噂は広まる。

 誰が誰と会った…。

 そんなものは一瞬で駆け巡る。


 今回の件は、まず彼女の身元を殿下が保証する。

 その保証を元にパパンと会談をして話が進んだのだろう。

 なので身元の確認は済んでいると見て良い。


 今回の話は周囲が疑心暗鬼になるように妙に手が込んでいる。

 現時点で先走って考えるのは…やめよう。


 ラッザロ殿下の性格なども、あまり知らない。

 元々、王家の力が弱いので、貴族は継承者にある程度注意するが、優先度は低い。

 全くノーマークではないが、御乱行をしでかさない限り一辺倒の情報しか入らない。

 その程度の扱いだった。

 貴族にとっては、自分たちの邪魔をしないのが良い王族。

 今までは使徒のリセットを恐れて、社会構造がほぼ固定化されていた。

 それが揺らぐと、王家が活発に動き出すだろう。

 戦争のできない封建制で一番…損をしているのは王だからな。


 こんな考えに浸れるのは、俺の仕事が主に外交関係になっているからだ。

 外交以外は基本任せきりにして、俺は首を縦に振るだけで良い。

 と考え込んでいると、突然手を握られた。


 クリームヒルトが不満タラタラといった顔で、俺を見ている。

 今日は、クリームヒルトの部屋で寝る日だった。

 入浴しに言ったクリームヒルトを待っている間に、考え事をして自分の世界に入ってしまった。


 「ああ、すみません。

ちょっとバルダッサーレ兄さんの婚約者問題が悩ましくて…」


 一夫多妻の悪い点、おちおち一人で考えることもできない。

 仕方ないけどさ…。

 ミルだけだったときは、知ってて放置してくれる。

 長くなりすぎると怒られたが…。

 俺との時間が限られるようになってしまうと、状況が変わってしまう。

 それが分かるだけに、自業自得ではあるのだが…。


「どんな悩みですか? 私でも、手伝えることがあると思います!」


「当面はカールラ嬢の立ち位置です。

敵なのか味方なのか中立なのか。

ただの政治利用された道具なのか…」


 俺の言葉に、クリームヒルトがほほ笑む。


「それでしたら、私が力になれます」


「どうやって?」


 俺の言葉に、クリームヒルトが少し怒った顔になる。


「アルフレードさま、私がこっそり打ち明けた力を忘れていますね?

その人を見れば、どんな人か分かるのですよ」


 あ…忘れてた。

 思いっきり、目をそらす。


「あーいえ、でも、その力は好ましくないのでしょう?」


 クリームヒルトは俺を、疑いに満ちた目で見たあとで、ため息をついた。


「やっぱりあのときの私は、アルフレードさまにとって…ただの領民だったのですね」


 そらそうだ。

 会う女性いちいち恋愛対象として見てないし。


「当時は当然そうですよ…。

ただでさえ、そんな素振りを見せたら、周囲が気を使って、女性を推薦してくる立場です」


 見せて、なくてもこうなったのだけど…。

 クリームヒルトは、軽く頭を振った。


「それはもう良いです。

今度から忘れないでくださいね。

その人と会わせてくれれば、どんな人か判断できます」


「申し出は有り難いのですが…、問題があるのです」


 俺の珍しく歯切れの悪い言葉に、クリームヒルトは首をかしげる。


「どんな問題ですか? 人間至上主義とかなのでしょうか」


「高家なので貴族階級なのです。

つまり、同じ身分の人でないと基本は会いません。

非礼にあたるのですよ。

自分から下の階級に気さくに接するのは戯れで済みますがね。

逆だと挑発行為と見なされます」


 クリームヒルトはため息をついた。


「ああ、都会の貴族はそんな慣習なのですね。

辺境に引きこもっていたから、全く疎くなってしまいました。

では…使用人のフリをして観察しましょうか?」


「それも難しいのですよ…。

使用人にも格があるのです。

なので、本家から連れてきた使用人を割り当てています」


 クリームヒルトはひきつった笑いを浮かべていた。


「アルフレードさまはそんな社会に生まれたのですよね。

どうしてここまで、意識を変えられたのですか?」


 転生したから…なんだけどね。


「ラヴェンナ地方を統治するなら、そんな主義主張は邪魔でしかありません。

中央ではそれが、社会の安定に寄与するから意義はあります。

でもそれが、世界の全てを律する基準ではないのですよ」


「そんな中央の人が、ラヴェンナにきたら混乱しそうですね」


「ただ、相手は、将来義理の姉になる存在です。

無駄に喧嘩を売っても良いことは、何一つないのですよ。

本家との関係を悪くすることは無益ですからね」


 クリームヒルトが小さく、首をかしげる。


「それなら、どこかのタイミングで、アルフレードさまの正妻と側室の紹介といった形をとってはどうでしょうか?」


「ああ、それなら、角が立ちませんね。

考えましたねぇ」


 クリームヒルトがうれしそうに笑った。


「アルフレードさまのお役に立とうと、皆競っていますから」


 そんなことで競争せんでも…と思うのは人ごとなのだろうな。


「そんなに頑張られると、プレッシャーが強いのですが…」


「楽しくてやっていますので!」


 ここでも、俺は娯楽なのか?

 どちらにしても、この件はキアラとクリームヒルト頼みだな。

 と考えていると、突然ハグされた。

 魔族は角があって、額から出ているものもいる。

 なのでキスする習慣がないらしい。

 代わりにハグをするのが愛情表現のようだ。

 

 お返しにハグをする。

 ハグしながらクリームヒルトが、ベッドに倒れて俺に押し倒されるような形になる。

 ここまでは、いつものパターン。

 ここからはいつものようにスキンシップになるのだが…。


 だが、今日は何か思い出した顔をしている。


「どうしました?」


「あ…、学校の子供たちと教師たちから、要望があったのです。

閣議の場で言うと、絶対に断れないと思ったので…」


 だから内々に聞いてきたのか。


「とにかく言ってみてください」


「子供たちがアルフレードさまに、いろいろと、質問をしたいと…。

教師たちもそれに賛同しています」


 今度は娯楽でなく教材扱いかい!

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