390話 ゴール探し

 キアラも俺とは同意見のようでうなずいた。


「ええ、そんな、簡単な話ではないと思いますけど。

どうしてバルダッサーレお兄さまの婚約者になったのかですわね。

お父さまが承諾されたのです。

当然理由が存在します」


「まず、ラッザロ殿下が、この話を主導したでしょう。

父上がリスクを抱え込む決断をしたとは思えません。

それこそ王位への野心を疑われますからね」


 キアラは真面目な顔で俺にうなづく。


「お兄さまの見立てで正しいと思います。

もしかして、首都では保護できないと判断したのでしょうか」


 ミルが迷惑そうに、頭を振った。


「こっちに問題を持ってこられても困るのだけど…。

もし保護に失敗したらどうなるの?」


「次の国王次第では、スカラ家の責任になります。

新王が地盤を固めたあとに、責任を追及されるでしょう」


「それって即位後に、スカラ家の力をそぐための生贄って意味でしょ。

そんな自作自演のために保護を依頼したの?」


 ミルも、どんどん人が悪くなってきたな。

 立派な成長なんだけどね…。


「ラッザロ殿下が、今やることは決まっています。

それは、次期国王としての資質をアピールすることです。

本命は責務を十全に果たすことが、ゴールの近道ですからね。

じきに婚約を発表するでしょう。

彼女の嫁ぎ先を見つけるのも、王の責務です。

彼女が害された場合、ラッザロ殿下の即位後初仕事は、黒幕と取り巻きの処刑です。

それも最優先で。

そうなると敵は裏切っても処断されるのが、目に見えています。

そんなことは、敵を無駄に結束させるだけなのです」


 彼女の保護は王としての責務。

 よほど警護をサボらない限り、スカラ家の評判は多少落ちる程度だ。

 政敵の討伐は、即位後にやると決まっていること。

 それに動機付けなど不要なのだ。

 キアラも俺の言葉にうなずく。


「とにかく殿下にとって、彼女は生きていてもらわないといけませんわ。

少なくとも、王位が安定するまでは。

この場合の殿下の利益は、お兄さまの言われたとおり、資質のアピールが一つ。

もう一つは、スカラ家に輿入れさせて、以降のアクイタニア家への援助を打ち切る。

スカラ家の一員としてアクイタニア家を消滅させれば、以後の俸禄はゼロで済みますわ。

ですが…得られるメリットは少ないですわね。

家格だけの貴族への俸禄なんて大した額じゃありませんもの。

やっぱり、動機が見えませんわね」


 この手がかりの少なさには、頭が痛い。

 パパンが、詳細を教えてこないのはなんとなく察しているが…。


「父上が承諾したのも、なにか見合う利益が得られるからです。

殿下にとって放置しても、スカラ家は他者の支持はしません。

味方に引きつけるため、工作をする必要もない。

他家であればまだ、それが動機と言るのですが」


 オフェリーが突然挙手した。

 会話に混じるチャンスを窺っていたようだ。

 このあたりは、かわいらしいと思ってしまう。


「一つ私に、心当たりが有ります」


 教会ならではの視点か…。


「ぜひ言ってみてください」


「アクイタニア王家は以前教徒を弾圧したことが有ります。

教会からは仮想敵扱いなのです。

1000年間、アクイタニア王家の嫁ぎ先は、教会が注視しています。

それでも使徒の力を背景にしているので、そこまで危険視はしていませんでした。

ただの慣習でマークしていたと思います。

ですが、実力の有る家との婚姻は、極秘に干渉した記録が残っていました。

今回、スカラ家に教会は干渉できる状態ではありません。

教会と正面から喧嘩できるのは、スカラ家だけです。

だから、嫁ぎ先としては無難だと思います」


 さすが前教皇の姪。

 何処にでも入れるのか。

 実は書庫にこもっていたのかもしれないな


「教会視点では現時点で彼女の嫁ぎ先は限られると。

しかし荘園を奪っている貴族がほとんどです。

さらに教会との関係悪化になるとも思えませんが…。

教会も今は妨害するメリットはないでしょう。

干渉してさらに態度を硬化させて、荘園が戻ってこなくなることを考えればね。

それに全ての貴族が知っている話ではないですよ」


 オフェリーがしょんぼりと下を向いた。


「違いますか…残念です」


「別に違ったから…と落胆しないでください。

有り難い情報ですよ。

正解じゃないと意見を出せないのでは、話ができません。

それが殿下の動機の一端の可能性だってあります」


 教会からの視点も新鮮だな。

 この問題の複雑さは、他の要因も関係しているのかな。


「スカラ家はこれで、教会とはかなり関係が悪くなりますねぇ。

と言っても、腹の立つ貴族が図に乗ってさらに挑発してきた…程度の認識だと思います。

それを父上が知らないとも思えません。

無駄な挑発をする人ではありませんからね。

公開質問状の催促にしても、遠回し過ぎです。

むしろゼロ回答のほうが都合が良いですし。

それにアクイタニア王家に恩が有るとも思えません。

王位を本気で狙うなら、アミルカレ兄上の婚約者にするでしょう」


 XとYが分からない方程式を解いている気分だ…。

 実際は、もっと次元が多い…。

 ミルもしきりに、首をひねっている。


「今の謎とは関係ないけど…。

アルは前に、王家について説明してくれたでしょ」


「ええ、あの面倒な話をしましたね」


「宰相の家って、こんなとき影響力有るのかな。

全然話が出てこないから、気になったのだけど」


 あ、つい失念していた。

 問題を近くで考えすぎたか…。


「ああ…、基本的には、どの候補を支持するか明確にしません。

ただ…自分の代で宰相になれないから、自分を宰相にしてほしい。

そんな理由で、極秘に肩入れすることは有ります」


 宰相家か…。

 さらに考える要素が増えた。


 オフェリーが何かに思い当たった顔をした。


「宰相家…。

ディ・ブオノ、ディ・ジャコモ、ディ・ピントでしたね。

その3家から、歴代の枢機卿が出ています。

教会とのつながりは強いはずです。

教皇庁への贈り物も、かなり豪華でした。

公開質問状の取り下げも、内々には働きかけたと思いますよ」


「現在の教皇とも、関係が強いのでしょうか?」


 オフェリーは首を振った。


「いいえ、更迭された枢機卿側ですね。

巻き返しに接近しようと苦労していたみたいです」


 教会の敵をまとめることは、教会の利益になるのだろうか。

 スカラ家をつぶせるなら、利益ではあるだろうが。

 それに新国王が、スカラ家を攻撃する動機としても弱い。


「教会にこびを売りたくても宰相家ですからねぇ。

公開質問状を取り下げるのも難しい。

見捨てるにしても、強大な組織です」


 キアラも、頭をひねっていたが、首をかしげた状態で固まった。


「動機ですけど…。

これだけ利益を考えて出てこないのであれば…。

迫られて、一番損が少ない選択をすることも、動機と考えてよろしいのではありません?」


 そうだな。

 一度視点を変えてみよう。


「それだと、割と簡単に答えは出せます。

他のライバルが、アクイタニア王家の娘を娶ると、権威の面で不利を補えます。

味方を増やす力は有りませんが、中立勢力を増やすことはできます。

昔の話ですが…権威が弱い王は、アクイタニア王家の娘を娶って権威を強化した事例も有ります」


 ミルが首をかしげる。


「そんなに影響が有るの?」


「貴族とか家柄の社会ってのは、家格が大事な判断基準です。

婚姻は基本同じ家格同士です。

付き合いも当然、そうなります。

その際、妻の家格も貴族社会では大きく影響します。

アクイタニア王家の遺臣への影響力を行使できますから。

ただし、強力な動機ではありません。

1000年前の遺臣なんて薄いコネ程度です」


「つまり、他のライバルに取られても困る。

死なれても困る。

それらをはねつける力を持っていて、信用できそうなのがウチだってこと?」


「その話なら、説明ができます。

非積極的な選択肢の中で一番、リスクが低いのが次男だったと。

スカラ家としても王位継承争いが、泥沼化して戦乱になるくらいなら早期に終結したほうが良い。

そんな消極的な判断の産物ですかね」


 やはり一人で考えるより、大勢と話すほうが進展は早い。


 キアラが、俺に笑いかけた。


「どちらにしても、現状はここまでですわね。

仮説にもなりませんが…。

皆が持っている情報が出てきただけでも良し…とすべきですよね。

私はカールラさんとお話してできるだけ、情報を探り出しますわ」


「そうですね。

現状では考えられる可能性を想像した…といったくらいでしょうか。

家格の問題を考えると、彼女と接することができるのはキアラくらいでしょう。

彼女が常識人だった場合、他の人が接しようとすると、不興を買う恐れが有りますからね」


 ミルが首をかしげている。


「アル、郷に入れば郷に従えと、ラヴェンナの基準で接しないの?」


「彼女は客人です。

私の指示どおり家でおとなしくしてくれるなら、配慮はすべきでしょう」


「勝手に外に出歩き始めたら?」


 俺は、肩をすくめた。


「そのときは、郷に入れば郷に従えです。

つまり、彼女が泊まっている家の中は、王家の領土みたいな認識でいてください。

その中では、外の常識でことを処理すべきでしょう。

だからキアラに任せます。

使用人の人選も、それに沿った形になるでしょう」


 大使館はその国の領土。

 そういった扱いのほうが、角は立たない。

 相手が分からないならなおさらだ。


「もう一つ良い?」


「ええ」


「彼女の情報を殿下や義父が隠した理由は何なの? その話置いてきぼりだったわ」


 ああ、確かにそうだ。

 動機の推測に夢中になって、簡単に分かる話をスルーしていた。


「そうやって、周囲の注意をあえて引くのです。

首都で『極秘事項は馬鹿な男の浮気と同じ』といった例え話もはやっているくらいです。

特に、首都の使用人の社会も、結構縁戚でつながっていて機密保持が難しいのですよ。

極秘と言うほど、漏れるのですよ…。

ここまでわざとらしい極秘事項だと…妨害したい側は、疑心暗鬼になります。

わざと知らせている。

罠ではないかと。

そちらに注意を引きつけて、白昼堂々本命を逃がした例も多いのです」



「最後に一つ確認させて。

聞きたいと言っておいて…怒らないでほしいのだけど。

仮説ですらないのに、こうやって話し合う理由は?

いつもは大体仮説を立てて、穴埋めをしていったでしょ」


 やはり、成長が著しい。

 ミルにやってほしい役目を、見事にこなしてくれている。

 常識的な地に足のついた視点で、考えがとんでもない方向に飛ぶことを防ぐ。

 俺はその手の思考は苦手なのだ。


「皆がいろいろな可能性を考えることによって、持っている情報が出てくるのです。

そうすることで、次に判断を下すときに、大変役に立ちます」


 オフェリーは感心したようにうなずいた。


「確かに、この話をしないと思い出せませんでした」


「ゴールが見えないなら、立ち止まって方角を見定めたほうが、最終的にはゴールに近くなります」


 嫌な予感がしてキアラを見た。

 予想どおり、熱心にメモを取っていた。

 そして俺に天使のようなほほ笑みを向ける。


「続刊も執筆は順調ですわ」

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