369話 大きな親切、巨大なお世話

 本来なら、すぐに次期教皇を決めなければいけない。

 だが、なり手がいない。

 いや、正確には火中の栗を拾いたくない。

 しかも、次期教皇の汚名はとんでもないことになる。

 それどころか殺されかねない。


 こんな時期でもなってくれそうだった正論派は、使徒ユウによって更迭されている。

 枢機卿の席は決まっている。

 正論派を戻すにしても、誰かが枢機卿を降りなくてはいけない。

 こんな時にこの座を降りると、袋叩きにあって生け贄にされかねない。

 欲で繋がった枢機卿たちは、膠着状態になった。


 そうなると、誰かを非難するしかやれることがなくなる。

 使徒認定した前教皇と現教皇に、非難が集中する。

 ところが、前教皇は退位させられて、実権がない。


 つまり現教皇に、非難が集中した。

 手をこまねいている間、各地で荘園が事実上の没収になっている。

 スカラ家だけでなく、公開質問状の様子を見守っていた各貴族も似たような口実で没収を始めたからだ。


 抵抗しようにも論拠がない。

 事実上の詰みと言っても良い。


 そんな中、教皇が病に倒れたとの情報が駆け巡る。

 この原因を作った使徒ユウは、拠点に引きこもっていた。

 魔物の討伐依頼がでたとき、魔物を退治するが以前は無言で要求していた現地での供応も全く受けずに拠点に帰っていく。

 以前の横暴さは影を潜めて、まるでおびえる小動物のようになっている。

 そうもっぱらの噂である。

 本来なら、ここで同情などがあるはずだが……。

 持っている力の危険さと、今まで積み上げた不遜さが相まって、誰も触れたがらない。

 アルフレードやラヴェンナ、オフェリーの話を聞くと狂ったようにわめいて部屋に引きこもる。


 怪我から復帰したマリー主導で、嫁たちが力を尽くし、拠点の運営をしている。

 甘い汁を吸おうと集まってきた人たちも、かなりの数が逃げ去って議会は自然解散となっていた。

 金貨の鋳造は止めたが魔法で創り出した食糧だけは、毎週毎の収穫。

 つまり常識外の速度で収穫されるのであふれ出した。


 皮肉なことに、各地から追い出された聖職者はこれで飢えずに済んでいる。

 使徒を排除する力もない。

 排除しても、荘園が返される保証はない。

 排除したら飢え死にする。


 辛うじて残った巡礼地と本領の収入だけで生き延びている。

 使徒の嫁の実家が、スカラ家に謝罪に訪れて質問状の取り下げを願ったが、相手にされずに追い返された。

 一つの世界は、崩壊に向かいつつある。

 そんなときに、ようやく騒ぎの首謀者が目を覚ました。


                  ◆◇◆◇◆


 俺が目を覚まして、言葉を掛けるとミルは驚いた顔になった。

 すぐに、目に涙を浮かべて俺に抱きついてきた。

 何か言っているが、言葉になってない。


 とんでもないことをしてしまったなぁ。

 仕方ないとは言え……心苦しい。


 その騒ぎを聞きつけ、キアラやオフェリーその他大勢が部屋に入ってきた。

 こんなときのセリフが思いつかない。

 手を挙げて挨拶しようとしても、手に力が入らない。

 自分の腕を見ると、ほとんど骨と皮になっていて力が入らないのだ。


 皆が、俺に殺到しかねない勢い。

 突如後ろから何か声が聞こえた。


 そして全員の動きがピタっ止まった。


 杖を片手に、シルヴァーナが人をかき分けてでてきたのだ。


「はいはい、今殺到したらアル死んじゃうよ。

だから、落ち着きなさい」


 意外と役に立つんだな。

 そんな俺ののんきな感想に、シルヴァーナは俺をにらみ付けた。


「アル……ミルを散々泣かせたこと……覚悟しなさいよ。

治ったら裁判ね」


 は? 裁判って何だよ。

 とはいえ、とっさに声もでない。


 シルヴァーナが杖を振ると、皆の硬直が解けた。


「アーデルヘイトさん、準備していた病人の治療をよろしくね」


 人混みに紛れてた、アーデルヘイトが手を挙げた。


「お任せください! ばっちり立ててあります!」


「あと看病のローテーションねぇ……」


 ミルは何も言わずに、俺に抱きついて泣き続けている。

 シルヴァーナはため息をついた。


「今日はミルだね。

絶対に離れないわ。

離したらアタシが、一生恨まれる」


 そこにキアラが、ずいっと身を乗り出した。


「明日は私ですわ。

ええ……『はい』か『イエス』だけですわ。

選択肢は」


 看病って、別に放置してくれて良いよ……。

 まだ、ロクにしゃべれないから。


 俺の抗議じみた視線を、シルヴァーナは鼻で笑った。


「文句あるの? それならいきなり、食事を腹一杯食べさせて楽にしてあげるわよ」


 止めてくれよ、それショック死じゃないか。

 ともかく、大勢に心配かけた。

 実は生きて帰るつもりなかったんだよね。

 だからあとの、精神的なフォローは考えてなかった。

 ま……まあ、リハビリに数ヶ月掛かるし、その間に皆の怒りも収まるだろう。


 

 そう思っていると、部屋に使いが入ってきた。


「お伝えします! 高貴な服装をした貴婦人が、アルフレードさまに面会を求めています。

『必要なものを、今与えられると。

は、アルフレードのともがら

こう伝えれば分かる』

とのことです」


 わざわざ、見舞いに来なくて良いのに。

 さすがに断るわけには行かない。

 と思っていたら、ミルが泣きやんで使いにうなずいた。


「通してあげて、私も知っている人だから」



 そうやって通されてきたのは、豪華な衣装を身にまとった古典的な貴婦人だ。

 ベールをかぶっていて、ドレスは白。

 髪はシルバー、肌は真っ白、瞳は金色で、瞳孔だけはドラゴンのあれだった。

 

「いきなり尋ねて済まぬが、アルフレードとそのつがいの3人にしてくれぬか?」


 声は古い表現で、鈴のなるような優雅さといったところだ。

 ミルが素直にうなずいた。


「皆……お願い、この方の言うとおりにして」



 そうやって、3人だけになった。

 間違いない。

 第三の空の女王だ。

 人間の姿をとったのか?


「まずは、ともがらが衰弱して語ることも、ままなるまい。

に任せよ」


 そう言つつ俺の隣にやってきて、骨と皮になっている俺の胸に手を当てた。

 なにやら光があふれ出て、瞬く間に肉がつき始めた。

 

 光が消えた。

 おもむろに、手を動かそうとすると……動いた。

 最低限の肉はついたようだ。


「感謝します、わざわざここまでしていただいて」


 声もアッサリでた。

 第三の空の女王は、満足げにうなずいた。


「本来は出過ぎたことと思っておる。

だが嵐の空から、実に強く頼まれての。

ともがらの仇を討つ機会をくれた礼をしたいとな。

故にが、代理としてきた。

どうであろう? この格好なら目立つまい」


 いや、十分目立っています……。


「目立っていますが……」


「ふむ……人の姿を模して幻影を創ったが、知識が古すぎたかの」


「ああ、変身したわけではないのですね」


は、我が姿に誇りを持っておる。

故に姿を変える気はない。

だが、その姿ではここには来られぬ。

故に幻影をよこした」


 ミルが第三の空の女王に、深々と頭を下げた。


「本当に有り難うございます!」


 第三の空の女王は、首を振った。


は、重大な要請を受けたのみ。

元々は手を出すつもりはなかった。

余計な手出しは、吾主わぬしも望むまいて。

だが、今回は嵐の空たっての願いぞ。

この件は、曲げて容れたもれ」


 ドラゴンの頼み事って大事なのか……。

 どうやら、肩をすくめることはできそうだ。


「ええ。

そもそもお手伝いしていただいたことに感謝しています。

断る筋の話でもありません。

ところでどの程度まで回復したのでしょう」


 第三の空の女王は、小さく笑った。


「病気から回復したばかりといったところよ。

いきなり全快しては、つがいが看病する楽しみを奪ってしまうであろう?」


 いきなり、話を振られたミルの顔が真っ赤になった


「い、いえ……。

あ……でも、ちょっとうれしいかも」


 第三の空の女王は、ミルにほほ笑んだあと俺に向き直った。


「一つ聞きたいことがあってな。

吾主わぬしの気配ぞ。

前にも面妖と申したが、さらに強くなっておる。

なんの加護ぞ?」


 あ……もしかして、女神の話か?

 俺は簡潔に女神ラヴェンナの話をした。

 ミルの目が点になっていた。

 第三の空の女王は、小さく笑いだした。


「なるほど、合点がいったわ。

よもや神の父親とはな。

なればにとっても心配無用であろう。

今度、吾主わぬしの娘とも会ってみるかの」


 会えるのか?

 ドラゴンは次元を超えられるのか知らないのだが……。

 そして第三の空の女王は、満足げにうなずいた。


「では、さらばだ。

汝が盟約を守り、使徒に相対したことは我らで語り継ごうぞ」


 そう言うと、第三の空の女王は霧が晴れるように薄くなって、やがて消え去った。

 そして気がついた。

 ヤバイ、お説教タイムがすぐじゃないか!

 大きな親切、巨大なお世話!

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