307話 魔族の秘密

 にらみ合いが続いているなか、こちらでも防諜に力をいれることにした。

 つまり、使い魔の排除。

 これは、魔族に一任している。

 担務外であるがクリームヒルトに頼んだところ、快く引き受けてくれた。


 にらみ合いが続くこと1カ月。

 冬もピークを越えて、これから暖かくなる。


 そして、マントヴァからの救援依頼が届いた。

 そこでチャールズと極秘の会談をしている。

 チャールズは終始、渋い顔のままだ。


「救援依頼ですか…今は難しいですな。

救援に向かえば、敵の本体が救援部隊を急襲するでしょう」


「全力で救援に向かえば、手薄になったアンティウムを攻撃するでしょうね」


「では、断りますか?」


 俺はうなずいた。


「私の名前で救援する余力がないと伝えてください。

それに、敵のマントヴァ攻めは陽動でしょう」


「確かに、あれを落とすなら、全力でかなり強引な力押しが必要でしょうな。

それでも敵の犠牲は、相当数にのぼります。

ですが、敵は救援に行かないことは承知して、ご主君への信頼を失わせるつもりではありませんかな」


 まさにその通りだな。

 俺は、その指摘に肩をすくめた。


「でしょうね。

確かに信頼は、社会を安定させるのに必要ですが…。

負けてしまってはどうしようもありません。

私への悪意は、私で引き受けましょう」


 チャールズは俺をじっと見つめていたが、やがて諦めた様に肩をすくめた。


「ご主君に泥がかかるのを、座視しかできないのも忸怩たるものがありますがね。

致し方ありませんな」


「マントヴァへの補給はできていますよね」


「ええ、遠回りになりますが、ご主君が水運に、熱をいれた成果ですな」


 俺は苦笑した。

 ここで役に立つとは思っていなかったがな。


「敵の補給はどうでしょうかね」


「使い魔などを駆使して情報収集をしていますがね。

今のところ大丈夫のようです。

定期的に物資が送られていますな。

恐らく集積基地を作っているのでしょう」


 集積基地はウイークポイントだが…。

 敵も厳重に管理しているだろう。


「基地の位置と、様子を探ってください。

とはいえ、今すぐには動けませんがね」


「承知しました」



 救援については、戦略会議上で説明が必要だ。


「マントヴァから救援要請がきましたが…断りました」


 オラシオは息子が、気になるだろう。

 俺に詰め寄っても良いものだが堪えている。


「ご領主の決断なら従うだけだ。

ポンシオもそれは理解しているだろう」


 俺は感謝を込めて、オラシオに頭を下げた。


「終わった後でなら、文句は聞きます。

今は私の方針に従ってくれて感謝します」


 オラシオが首を振った。


「今までの行動を見ている。

文句など言いようがない。

それにこの状況で、1番苦しんでいるのはご領主だと知っている」


 どうにもこの手の信頼は苦手だ。

 思わず頭をかいてしまう。


「敵も思ったより、食糧は不足していないようです。

時間がかかるかもしれませんね」


 俺の発言に、トウコが視線を向けてきた。


「どのくらいかかると見ているのだ?」


「正直分かりません。

敵の兵糧切れ待ちですよ。

安直に行けば、相手の兵糧切れの撤退を捕捉して追撃。

奇策でも何でもありません。

敵が撤退するときは、困難が待っていますからね」


 アーデルヘイトが首をかしげていた。


「相手は冬なのに、病気に罹りませんでしたね。

種族的な特性でしょうか」


 クリームヒルトがその言葉に、苦い顔をしている。


「いくら病気に強くても真冬に、外に居座り続けたら風邪は引きます。

宿泊施設は、テント程度ですよね。

魔物と戦っている経験から、治癒術にたけた人は多いでしょう。

それと…」


 クリームヒルトが口ごもった。

 かなり微妙な話題なのか。

 俺の視線に気がつくと、クリームヒルトは何かを決心した顔でうなずいた。


「魔族は元々、どうやって生まれたのか…。

そこからの話になります。

元々魔族は、人から派生したと言われています。

魔物が発生しやすい地域で生まれたので、魔物の親戚かと思われて、人間と敵対していました」


 名前からしてそうだな…。


「そうではないのでしょう。

むしろ人間により近いと思われますが」


 俺の言葉に、クリームヒルトは皮肉な笑いを浮かべた。


「正しくは、魔物と人間の間にいるものですね。

時代がすぎると、どんどん人間に寄っていきましたが。

魔物との親和性も高いことは事実なのです。

だから最初の人間の疑惑も、根拠がないわけではありませんでした」


 根源的な話をしているな。

 だが今回の話と、何か関係があるのだろう。


「魔物と今回の件が、何か関係するのですね」


「親和性が高いせいか、魔物の素材の多くを食糧にできます。

そして魔物は、病気になりません。

それらを多く取ることで、より病気に強くなるのです」


 魔族が、魔物の発生源にいる理由の一つか。

 でもそれが広まっていない理由もあるはずだが。

 俺の視線に、クリームヒルトは小さく笑った。


「当然デメリットはあります。

魔物に性質が寄っていく…つまりは、人間の特性を失います。

理性も低下しますし、子孫を残す力も落ち込みます」


 つまり禁断の麻薬みたいなものか…。


「それを食べさせるのはまずいのでは?」


「ですが、部族存亡の危機ともなれば話は変わるのでしょう。

それだけ危機感にあおられたとも言えます。

それに時間がたてば、症状は治まりますから。

先日言われた中毒のような症状は起こりますけど」


 思わず、腕組みをして考え込んでしまった。


「それは初耳でした。

では病気の流行は、期待できそうにないと言うことですね。

あ…ちなみに、この情報をクリームヒルトさんが初めて話したことを責めてはいけません。

誰にも言いたくないことはあるでしょう。

この話題の口外も禁止します」


 確かに情報を、全て話さなかったことを責める話もある。

 だがこれは…俺自身が最初に聞き出さなかったからだ。

 クリームヒルトは、全員を見てから頭を下げた。


「隠すつもりはなかったのですが…、魔物の親戚のようなことはなかなか言えませんでした」


 オラシオは俺が口を開くより、先に手でそれを制した。


「いや、責めるつもりはない。

よくぞ話してくれたと、ご領主も言うだろう」


 俺は苦笑しただけだった。

 それより、今後の戦略の見直しを迫られることになる。


「手段を選ばなければ、魔族の食糧は豊富なのですね」


 クリームヒルトが苦笑している。


「ええ、魔物は自然に沸いてきますからね…。

兵糧の枯渇は期待できないかもしれません」


 思わず頭をかいてしまった。


「食べ過ぎると理性が減退するなら、軍隊としての指揮統率が困難になるかもしれませんね…」


 見事に予想を外してくれる。

 情報を必死に探らなかった俺の慢心が、ここにきて俺に罰を与えている。

 そんな気分だった。

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