305話 後悔先に立たず

 翌日にも、伝令が執務室に駆け込んできた。


「ご報告します! ロッシ卿は負傷者の救助を完了して、こちらに向かっています。

現在判明している死者は63名、けが人が122名です。

敵軍はマントヴァとアンティウムの中間地点に布陣して、防御陣地の構築を行っています。

報告は以上です!」


「ご苦労さま。

ロッシ卿には到着次第、こちらにくるように伝えてください」


「はっ!」



 伝令が出て行ったのを見送った後、俺は考え込んでしまう。

 遺恨を残すような形での戦いを仕掛けてきた理由が謎だった。


 オリヴァーは失脚しているのか。

 それとも暴発を抑えきれなくなったか。

 はてまた、これも勝つための算段か。


 情報が少ないな…。

 けが人を護衛した軍が、町に戻ってきた。

 町は大騒ぎだが、けが人の治療は公衆衛生大臣のアーデルヘイトが、事前に対処を指示していたので、大きな問題もなく対処に当たっている。

 そこには、あのマッチョも当然いたのだが…。

 今は、それを気にする余裕もない。



 少しして会議室に、チャールズが到着した。

 軽く一礼して、着席。

 慌てる様子もなく、出された茶に口をつける。


 平静なのは頼もしいな。

 ここで、軍事の責任者が慌てていては、全員が浮き足立つ。

 皆はじれているが、俺もチャールズにあわせて茶に口をつける。

 それを、横目で見たチャールズは、小さく笑ったような気がした。

 一息ついてからチャールズが、一同を見渡す。


「お待たせしました。

まず現状の報告をさせてください。

死傷者の報告は変わりありません。

敵はマントヴァとアンティウムを、三角で結ぶような地点に布陣しています。

そこに防御陣地を構築して、マントヴァに別動隊を派遣して、城を攻撃するようですな。

敵の総数は、およそ1500と見ています。

普通に考えれば、魔族のほぼ全軍と見ますな」


 そこまでいたのか。

 動かせても、1000程度と見立てていたのだが…。

 情報がない段階で、足を止めてしまったか。

 反省は後だ。

 俺は、チャールズに聞きたいことがある。


「ロッシ卿、敵は統率がとれていましたか?」


 トップが誰か、それをまず知りたい。

 初動を間違うと、戦線が不要に拡大する。

 そこでは、偽装をする可能性は低い。

 チャールズが、腕組みをして考え込んだ。


「半ば、勢い任せといったところですなぁ。

巧妙に攻撃を仕掛ければ、もっとこちらの被害は大きかったでしょう。

被害が場所によってまばらなので、一カ所だけを見せしめに攻撃したわけでもないようです」

 

 思わず、腕組みをしてしまった。


「なるほど…。

ロッシ卿は今後の展開を、どう見ますか?」


「そうですな。

さすがに勢いだけで、アンティウムとマントヴァは落とせないでしょう。

一度布陣をして、こちらの出方を窺うように見えますな」


 プロの目から見てもそうか。


「こちらとしてはどうすべきと思いますか?」


 一同が、顔を見合わせた。

 いつもなら、俺がここで対処案を出すケースが多い。

 チャールズは俺を一瞥してからうなずいた。


「勢いがある相手に、今戦うのは得策ではありませんな。

連中は不意打ちでも一応、勝利と呼べる果実に酔って熱狂しているようです」


 やはりか…。

 丸投げしてしまっても良いが…不意を打たれた状況。

 前線ともいえる都市に俺がいて、ただ任せては不安が広がるか…。

 俺が自信喪失していると、敵に思わせるのは良い。

 だが味方に思われてはマズい。


「私としては守りを固めて、機会を窺うのがベストだと思います」


 チャールズは満足したような顔でうなずいた。


「ご主君が冷静で助かりますな。

私も酔っ払い相手に、取っ組み合いは気乗りしませんからね」


 俺はうなずいた後、全員を見渡した。


「本来であれば戦いが始まる前に、視察を終えて、皆さんは首都に戻っているはずでした。

ですが攻撃を受けた時点で、皆さんを首都に戻すわけにはいかなくなりました。

『首脳陣だけ安全な首都に避難した』と思われては、非常に困ったことになるからです。

ですので、この戦いが終わるまではここから動きません。

苦情や非難は終わってから聞きます」


 一同を見渡す。

 全員がうなずいている。

 そんな一同を代表してか、キアラは胸を張る。


「むしろ、逃げろと言われても断りますわ。

お兄さまは絶対に避難しないでしょうから」


 ミルとキアラは逃げろといっても逃げないだろう…。

 今はまだ、全員に余裕がある。

 戦いが長期化して、精神的に余裕がなくなったときにどうなるか。

 覚悟を持っているなら説得しやすい。

 巻き込まれたのならどうか…。


 今は、そこを考えても仕方ない。

 そのあたりを、全てひっくるめて、俺の責任として対処する必要がある。

 そのまま、会議は現状の確認だけで終わった。

 一点だけ、チャールズは出席に及ばずと伝えた。

 即断即決が必要になるのに、会議で足を引っ張るのは愚策だ。



 数日間は当然のことながら、にらみ合いとなっている。

 そんな中で、首都から報告があった。

 ロベルトからの報告書だ。

 

 一読すると、予想どおり、首都に攻撃があった。

 海からの攻撃で小規模だった。


 タルクウィニオが主導して撃退したとのこと。

 まだ、海軍にすらなっていないが、周囲の小舟を徴発して急造の海軍をつくった。

 相手の船も中型がせいぜいなので、小回りのきく船で包囲してからの急襲。


 敵は100名程度だった。

 敵船を捕獲して、捕虜60名。

 残りは戦死。


 

 一番、気にした報告に目を通す。

 こちらの死者は9名。

 けが人23名。


 これに関しては、官報で公表することにした。

 基本的に、情報を隠さない。

 不安なときに、さらに、不安を増幅させるのは、情報がないことだ。

 

 さらに曲解して騒ぐやつはいるが、だからといって情報を出さないのは愚策。


 情報を張り出すと、広場で歓声が上がった。

 皆も落ち着いてくれると良いんだけどね。


 そんな中、チャールズに呼ばれたので城壁に向かう。

 城壁は10メートル程度の高さだ。

 一番上でチャールズが待っていた。


 俺は、階段を上るのに息切れしている。

 そんな俺を、チャールズがニヤニヤ笑って見ていた。


「たまには運動も良いかと思いましてね。

お呼び立てした次第です」


「私に運動させるために、ここまで呼んだのですか?」


 チャールズは苦笑して、敵のいる方向を指さす。

 遠くに、敵の陣営が見える。

 肉眼では、何か見える程度だ。

 そんな俺にチャールズは、メガネのようなものを差し出した。


「これは?」


「われわれがレベッカ嬢に、個別に依頼したものです。

有翼族の遠見を、疑似的に使えるものですよ。

もちろん本職には負けますが」


 いつの間に…。

 黙って、メガネを受け取って指さした部分を見る。

 急に視界が狭まって、一瞬頭痛がした。

 もう少し目をこらすとぼんやりとだが、何か見えた。

 さらに意識を集中すると、だんだんはっきりと見えてきた。

 

 立派な服装の魔族と…猫人だと…?

 思わず声が漏れる。


「まさか…」


 チャールズのあきれたような声が聞こえる。


「顔までは見えませんが、スザナでしょう。

うまく取り入ったようですな」


 このときばかりは、アレを放置したことを心底後悔した。

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