302話 勝算と自信

 いつものように、真意を説明する必要があるのか。


「衝突が避けられないのなら、どれだけ被害を抑えてことを納められるか。

それを第一に、私は考えていると思いませんか?」


 ミルは眉をひそめていた。


「勿論そうだけど…。

オリヴァーさんは戦いたくないんでしょ。

そこは一致してなかったの?」


「オリヴァー殿は魔族の立場から、最大の利益を得ることを考えて、そう言っています。

戦いになっても、小競り合いで済ませて矛を収めたい。

本気でぶつかったら、彼らに勝てる見込みがないからですね」


 俺は、何の気なしに外を見た。

 雪が降らないから、冬ってイメージが強く湧かないな。

 そんな感傷を、キアラのせきばらいが吹き飛ばした。


「お兄さまは、それで合意されたと思いましたけど…反故にされるのですか?」


「そもそも、合意したのは捕虜返還と休戦ですよ。

それ以降の話は、何も合意はしていません。

魔族が戦いを仕掛けてこないなら、結構なことなので、オリヴァー殿に手土産を持たせただけです。

それはオリヴァー殿も、当然理解していますよ。

私が何を狙っているかも知っているでしょう」


 キアラは困惑顔になっていた。


「お兄さまが魔族と戦って、決着をつけようとしていることを知っているのですか?」


「勿論ですよ。

私の立場では、いろいろな要素で、共存を望まない人をただ放置すると思わないでしょう」


「ですけど、オリヴァーさんと示し合わせたように、魔族に圧力も掛けずに、粛々と防備を固めていますよね」


 俺は笑ってうなずいた。


「それは私の意向とも合致するからに過ぎません。

個人的にオリヴァー殿は、信用もできるし好ましい人だと思っています。

ですが、私はラヴェンナの領主です。

優先される事項は、個人のそれとは異なるのですよ」


 今度はミルが体を乗り出してきた。


「アルは一体、何がしたいの?」


「オリヴァー殿が魔族の攻撃を抑えられるなら、それで良いのです。

こちらから攻撃をする気はありませんからね。

そして私としても、オリヴァー殿と戦うと被害が増すと思っています。

オリヴァー殿が存命であれば戦いを避けます。

亡くなって相手が攻めてきたら、たたいて問題を解決しますよ」


 ミルがしばらくうつむいていたが、きっぱりとした顔で俺を見つめた。


「もしオリヴァーさんが攻めてきたらどうするの?」


 俺はその視線から、目をそらさずに小さく笑った。


「陣没することを期待しますよ」


 部屋中がざわめいた。

 今までの俺の甘いとも言える対応を知っていると、別人のように思えるのだろうか。

 そして俺の期待は、ただ黙って待つ訳でないことを、皆が知っている。


「それってオリヴァーさんは知っているの?」


「勿論そうでしょう。

私の狙いも知っています。

だから戦わないように努力しています。

仮に戦っても、泥沼にはまる前に引き上げようとするでしょう」


 お互いそれを知った上での協定だ。

 理想はアドバイザーとして彼のような人が欲しかったけど、世の中ままならない。

 俺がこの道を進むと決めた。

 そして大勢を巻き込んでいる。

 

 俺の感傷なんかが入り込む隙は、最初からありはしない。

 一撃で相手を壊滅させて、傘下に収めるか追放。

 そうしないと、延々戦う羽目になる。

 

 ドラゴンの話が、気になるが確かめようがない。

 否定することもできないが、だからといって将来続く流血を座視することもダメだ。

 そんなことを考えているとキアラが、小さく息を吐いた。


「戦いが始まったら、逃がさないようにするのですか?」


「その隙があれば…ですね。

仮に撤収に成功した場合、足がかりを得たら、その後で魔族は強気に出るでしょう。

それを知るから、オリヴァー殿は領土を欲しませんが、突き上げられてそれも難しいでしょうね。

彼がどれだけ頑張って、魔族を抑えることができるか。

もしくは強引な手段で、一族を統率するか…。

いずれにせよ戦いを避ける限り、こちらは手を出さない。

約束したのはその位ですよ」


「お兄さま、今まで戦いは、どう転ぶか分からないと慎重でしたわよね。

魔族に関しては勝てると思っている根拠は何ですの?」


 不敗神話に染まってないのは、有り難い話だ。

 勿論、100パーセント勝てるなど思ってはいない。

 だが、勝算は十分にある。


「まず兵站は、こちらが圧倒的に優位です。

相手は兵站の維持に、多大な努力を払う必要があります。

武装に関してはこちらが上。

前の戦いで、ロッシ卿に敵の武装を見てもらいましたが、平均的だそうです。

兵数に関しても上です。

これらが根拠ですよ」


 俺が、ここまで、自信満々にしているのが初めてだろう。

 皆が、目を見合わせていた。

 ミルが心配そうな顔をしている。


「アル…何か無理をしているの? 今までと随分違う気がするけど」


 その心配に、俺は肩をすくめた。


「無理はしていません。

ただいろいろと考える部分はありますけどね」


 今のところ、時間は味方のはずだ。

 だが先生から聞いた、神と使徒の話。

 とても引っかかるのだ。

 今までどおり、悠長にやっていると間に合わない可能性がある。

 まだその時を迎えるまで、準備が足りない…。

 

 この話は、誰にもできない。

 抱えて走り続けるだけだ。

 そして先生を失望させる気はない。

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