301話 分かる人にだけ通じる伝言
ダンジョンの話は、ひとまず終わった。
あとは、冬の終わりを待つばかり。
そんな中、耳目の連絡員がキアラに報告書を手渡した。
キアラが、それを一読して困惑顔になっている。
キアラは困惑顔のまま、俺に報告書を差し出した。
どんな問題なのやら。
イザボーの元に派遣している諜報員からの報告だった。
魔族と付き合いのある商人が、武器や食料を調達しているとのこと。
俺はのんきに感想を口にする。
「意外と早く、魔族は動きそうですね」
キアラが、小さくため息をついた。
「オリヴァーさんでも抑えられなかったのでしょうか」
「どちらかはまだ分かりませんね。
あとでロッシ卿にも、この情報を伝えてあげてください」
「分かりましたわ」
ミルが困惑気味に、首を振った。
「ファビオさんがいなくなって…混乱している、今がチャンスだと思ったのかしら」
「そう思う人もいるでしょうね」
ミルが、少し心配そうな顔になった。
「こっちの準備は大丈夫なの?」
「完璧とは言えませんが、最低限は…と言ったところですね。
せっかくのオリヴァー殿からの伝言です、こちらもできることはしましょう」
俺の言葉に、ミルは驚いた顔になる。
「伝言なんてあった?」
「この情報が、一種の伝言ですよ。
なにも言葉を伝えるだけが伝言ではありません。
その気になれば、オリヴァー殿なら情報を秘匿できるでしょう。
隠していないのが、一種の伝言ですから」
「どんな伝言なの? 私たちにも分かるように教えてよ」
答える前に、俺はお茶を一口飲む。
「攻撃を仕掛ける可能性が高い。
時期は冬を越してから。
早期に決着がつくようにしたい。
そんなところですね」
「攻撃は分かるけど、冬を越してからってのはどうして分かるの?」
「今調達を始めていると言うことは、タイムラグが発生します。
それに冬で、食料を集めるのは大変です。
調達が終わる冬明けでないと動けないのです」
俺の断言に、キアラが首をかしげた。
「この情報を流して、冬明けだと思わせて、電撃的に奇襲を仕掛ける可能性はありませんの?」
「これからまだ、寒さが厳しくなります。
そんな中での軍事行動は、兵士の健康によくありません。
それこそ前の戦闘で、かなりの痛手を負っています。
ここでさらに、兵士を減らす選択はできないでしょう」
この説明に、キアラは納得したようにうなずいた。
だがこれで全部ではない、すぐに俺の意図を探るような顔をした。
「早期決着はどこから読み取れますの?」
「兵糧や武装を買い込むと言うことは、自前では足りないということです。
そんな状態で、戦いが長引くのは当然良くないでしょう」
キアラは俺の説明に、まだ納得がいかないようだ。
首をかしげたまま考え込んでいる。
「長引かせたくないと思わせて、買い込んでいるとは考えられませんか?
長期戦がないと思わせて、こちらを準備不足のまま戦わせようとするか。
その逆で、こちらが長期戦を選ぶように仕向けるとか考えられますけど」
良いところをついてくる。
俺が言ったからではなく、考えての疑問はとてもうれしいものだ。
思わず、口がほころんでしまう。
「実に良い視点です。
まず準備不足のまま、戦いに引きずり込む点ですが、私は闘争心あふれるタイプではありません。
相手が準備不足なら、これ幸いと長期戦に持ち込んで、相手の自滅を待つでしょう。
オリヴァー殿は私のそんな性向を、見抜いていますよ」
そこで一息つく。
最近お茶ばかり飲んでいる気がするが…。
まあ良いか。
俺は、キアラに優しくほほ笑む。
「私が長期戦を選ぶように仕向けて、彼らに何か利点があるのか…ですね。
なし崩し的に、一部の領土を占拠して、それを戦果として矛を収める可能性があります」
「それはまずいのではありません?」
俺は、笑って肩をすくめた。
「実効支配がしっかり及んでいない場所なら、くれてやっても良いですよ。
彼らの領土は、山に囲まれています。
その隘路の出口を確保するのは、一見理にかなってはいます。
ですが、それは結果的に彼らの負担になるでしょうね」
黙って会話を聞いていたミルが、首をかしげた。
「負担になるの? 土地が増えるのは得だと思うけど」
「その土地から、食料や資源が得られるならば…ですね。
あそこはどちらも得られません。
軍事的な要地であるだけで、通常では負担でしかありませんよ。
だから、われわれも前線の城を放棄したわけですし」
「そこを足場に、攻撃の選択肢が増えるんじゃないの?」
「実はそうでもありません、兵站を考えれば、川沿いに進軍するしかありません。
陸沿いに攻めるにしても、兵站の維持が困難です。
現地調達しようにも、住人は引き払って、内地に移住していますからね」
ミルは腕組みして考え込んでしまった。
「入り口を抑えれば、敵も簡単に攻めて来られないから抑えた方が良いと思うけど…」
隘路を抑えるのは兵法の常道。
よく知っているな。
実は勉強しているのかな…。
「それだと恒常的な小競り合いになってしまいますね。
延々と微量の出血を続けて、共存など夢また夢になります」
ミルは俺の言葉に驚いた顔をする。
今まで共存といった言葉を聞いたことがなかったからな。
「魔族とは共存できないと言ってなかった? 聖地とクリームヒルトさんたちの話があるでしょ。
それを引っ込めるのは現実的じゃないと思うけど」
俺は、意味ありげに笑う。
未来を見通しているわけではない、それでも幾つか分かる未来もある。
「このままではそうですね」
「何か意味ありげね」
「オリヴァー殿が危惧している事態ですよ。
彼には時間がありません。
だから長期戦を選ぶことはありえないのですよ」
ミルとキアラは、目を見合わせてお互い首をかしげている。
やがて、ミルが俺に抗議するような視線を向ける。
「もったいぶらないで教えてよ」
「オリヴァー殿は高齢で、普通なら私より先に亡くなります。
そうなると、魔族はブレーキを失い情熱のあまり暴走して、結果は悲劇的になると考えているでしょう。
裏でたき付ける人もいますからね。
なんとかガス抜きをして、現実的な線でことを納めるように苦労されています。
オリヴァー殿が後継者として、有力な若者でも見つけない限りは、戦いが早く終わるように心を砕きますよ」
「だから長期戦は選ばないのね。
でも…どうしてもひっかかるのよ。
一部の領土をあげてもいいって言葉…隘路を抑えてたら小競り合いが続くって言葉。
アルは一度の戦いで、全部片付けようとしている気がするわ。
過去の諍いも、全部流してしまえるほどの、大がかりな戦いよ」
当然たどり着く話だな。
そうやって、ヒントを出していたわけだし。
「御名答。
私はそのつもりで、魔族に誘いを掛けていますよ」
俺の素っ気ない答えに、部屋の中の温度が下がった気がした。
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