300話 ダンジョン報告書
アンティウムに帰還して親衛隊員に、数日休暇を与えることにした。
俺は、船に乗っているだけだったが、親衛隊員はかなり緊張していたからだ。
情報伝達の組織づくりに関してキアラと相談していると、バタバタと足音がした。
この足音はアレか…。
元気に扉が開いて、災厄が入ってきた。
紙の束をヒラヒラさせている。
「アルー、お待ちかねのダンジョン報告書よ」
「ご苦労さまです。
あとで拝見しますが…」
もしかして知らないままか?
俺が聞くより早く、
「知ってるわよ。
ダンジョンから戻って、こっちにきたら様子が変だったもの。
聞いたら教えてくれたよ。
童貞のヤツ、生涯一童貞を貫き通しちゃったのね」
「お墓は首都にたてます。
今は遺灰を保管してあるだけです」
「確かに年齢からいったら、アイツが先だと思っていたけどね。
危険度からいったら、アタシが先だと思っていたわよ。
あ、アタシは大丈夫よ。
目の前で、仲間が死ぬのは何度か見てるからね。
それにさ…」
俺は、
もしかしたら、俺のように人並みに悲しむ感情が欠けてるのか。
「それに?」
「3日前にここに着いたのよ。
だから、気持ちの整理はすませてあるわよ。
ここにきて、アタシが落ち込んでいたら、ミルがまた泣いちゃうわよ」
そうか、やはり壊れているのは俺だけか。
そんな自己憐憫より話を進めよう。
「先生の銅像をたてるので、除幕式には出席してください」
「そうね、かなり美化されてると思うから…。
3人でアイツの像を見て笑ってやりましょ。
ついでに、目の前でお酒を飲みながら、思い出話でもしようか」
話を聞いていたミルが笑いだした。
「そうね、シンミリしたのはファビオさん苦手だって言ってたからね。
ぜひやりましょ」
そこまで、気持ちの整理ができているなら、俺から何も言うことはない。
「そうですね。
シルヴァーナさんからの、珍しく良い提案です。
実行しましょう」
俺はそれを受け取って、目を通す。
こんな感傷じみた話でも、すぐに切り替えて現実に戻ってしまう。
因果なものだ。
そこに、気になる報告があった。
「新種のモンスターですか?」
「ハッキリそうだ…とは断言できないのよ。
ただ、亜種のような気がするのよね。
それでちょっと、アルに相談があるのよ」
「何ですか?」
「冒険者ギルドはさ、魔物に関してはいろいろ調べるのよ。
商売道具だからね。
それで専門に調べる学者がいるんだけど、呼んで良い?
あ、大丈夫よ! オッサンだから」
いや性別は、どうでも良いのだが。
「わざわざ聞くってことは、それなりに高位の人ですね」
「そうそう、ギルドのトップにグランドマスターがいてね。
その下に各国のマスターがいて、その下に地域マスター、さらにその下に支部長がいるのよ。
その学者さんはグランドマスター直属。
ギルドの序列で言えば…6-7位くらいの偉い人よ」
実はこの
「シルヴァーナさんは、もしかして幹部候補生ですか?」
「違うわよ、ピナ姉の親戚よ。
新しいダンジョンを見つけた時の話を、ギルドに報告したらさ…ピナ姉経由で、その学者さんから、新種を見つけたらアタシに報告しろってきていたのよ。
新種だったら調査に来るってね」
おい…初耳だぞ。
「それをなぜ、最初に言わないのですか?」
俺の鋭くなった視線に
「そりゃ、アルの反応を見たら…あんまり、お偉いさんとか入れたがらないの知ってるし…。
そんな話したら、絶対許可をくれないと思ったのよぅ。
それに新種がいるとは限らないでしょ…」
やれやれ…。
この手の情報遮断は困るんだよ…。
デスピナは
恐らく、俺にちゃんと報告しろと言っているはずだ。
だから悪いのは、
自然と、俺の視線が厳しくなる。
「なし崩し的に事後承諾を求められても、はいそうですか…とは言えませんよ」
俺の不快感のスイッチを押したと気がついたようだ。
「あ…ゴメン!」
両手を併せて、頭を下げてきた。
賢明にもこのあとに、言い訳を並べ立てると、余計俺が不快になることは知っているのだろう。
とはいえ…どうしたものか。
俺は、腕組みをして考え込む。
いつの間にか、ミルが
ミルが怒っていたからだ。
「ヴァーナ、ダメじゃない。
そんなアルに甘えるようなことしたら、冒険者たちだって、アルを甘く見るわよ」
ミルが手を腰に当てて、説教モードに入っていた。
「個人的なことで甘えるのは、大目に見るけど…。
仕事がらみでは許さないわよ! アルが、どれだけ苦労しているか知っているの?」
俺の代わりに、ミルが怒ってくれている。
不思議なもので、俺の怒りはだいぶんおさまっていた。
お説教を続けているミルに、俺は笑いかける。
「ミル、有り難う。
ですがやってしまったことは、仕方ありません」
「ホント、ゴメン! 反省してるわ!」
ミルは腕組みをして、俺と
「アルいいの?」
俺は、笑いながら肩をすくめた。
「当然、意図的に情報を隠したことはペナルティー対象です。
シルヴァーナさんの給料を、3カ月間半分カットします」
「ちょ、ちょっと…それは厳しくない…」
ミルが言葉を遮るように、
「何言ってるのよ、下手な領主だったら打ち首か追放よ! これでも、アルがかなり甘くしてくれてるんだから!」
「わ、分かったわよぅ。
ホントゴメン」
俺は苦笑をやめて、真面目な顔になる。
「勿論、処分は公表します。
次はペナルティーが重たくなりますからね。
ともかく、学者さんは受け入れましょう。
ただし、最初に私のところに出頭させてください。
いろいろと決める事項がありますからね」
ミルがジト目でそれを見ている。
そして大きくため息をついた。
「これで反省してくれれば…良いんだけどね」
「大丈夫ですよ、このあとデスピナさんとジラルドさんからも怒られるでしょう。
しばらく説教行脚です。
骨身に染みると思います」
ミルは少し考えていたが、未来を想像して笑いだした。
「そうね、じゃあそれで許してあげることにするわ」
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