275話 プロトタイプと人手不足

 ダンジョンの件はひとまず置いておこう。

 支部長との話し合いは調査後になるだろうな。


 内憂外患といったところで、悩みはつきない。

 周囲は安心しているが、俺たちの社会はまだ脆弱だ。

 新しい慣習の社会を半ば人工的に造っている。


 油断または失敗してたがが緩むと、旧来の慣習に戻ってしまう。

 そうなればおしまいだ。


 俺たちは薄氷の上を歩いている。

 世界的にみれば異分子だ。

 異分子であることをまだ知られたくない。

 封建社会とは違う政体で、下手をすれば脅威に感じて潰しにくる。


 フランス革命が他国からみて、脅威になったのと同じ理屈だ。

 あれは政体の違いだけが原因ではなく、民衆の暴走が脅威に思われたのも一因ではあるが…。

 どちらにせよ歓迎されないことだけは確かだ。

 本家からはラヴェンナ地方の開発が最優先。

 隔離された空間のことなので問題視されない。

 そもそも注目されていない。

 だが他所から見れば、デッラ・スカラ家が違う政体を指向するつもりだと思われる。

 

 改革に対する既得権益層の反発力はとても強い。

 当然の話だが、既得権益層は力がある。


 今の状態で外からの妨害に打ち勝とうとするなら、世界を混乱させるくらいの強引さが必要になる。

 つまり人が何人死んでも、理想の世界を作る決意だ。

 可能ならそれは避けたい。


 異分子の居場所を確保するのが当面の目的だ。

 共産主義のように、自分の理想とする社会をごり押しする気もない。

 フランス革命のように革命の輸出なんて言う気もない。


 と楽しい未来図に思いをはせていると、ジュールが入室してきた。

 ジュールは少し困惑顔だった。

 親衛隊でトラブルでもあったのか。


「ジュール卿、どうされました?」


「ご主君、御指示どおりに親衛隊で操船の調練を重視しています。

その点で大げさな話ではありませんが、こんな冗談が親衛隊内部で出ています。

『親衛隊になったと思ったら、漁師になった』

不満…とまで、いきませんが一応ご報告をしておこうかと」


 かなりソフトな伝え方をしている。

 実態は不満が出ているのだろう。

 そして、俺が今のところ失敗していないから反発にまで至らない。

 だが、しくじったら火種になる。

 本当に新しいことは困難だな。


「ジュール卿も訓練内容に不満がありますか?」


 ジュールは困惑した顔になった。


「不満ではありませんが、困惑はしています」


 俺の出した訓練内容。

 小型船の操舵技術向上を最優先とした。

 逆風をついて船を動かせることを目標にしている。

 そこから強襲揚陸もできる、海兵隊のようなものを想定していた。


「将来的に水運を利用した戦術機動も必須になります。

操船技術の習熟には時間がかかりますよ。

必要になってから習得しようとしても手遅れです」


 ジュールは今一納得していないようだ。

 それはそうだろう。

 水運の利点は陸専門だと理解されない。

 移動速度の点だけでも、大きな成果が見込める。


「それは理解していますが…」


 俺はジュールに笑いかける。


「もし、不満がたまりそうなら…私が操舵しますよ。

私一人でも訓練します」


 ジュールががくぜんとした。


「ご主君に操舵させるなど…とんでもありません!」


「それだけ私が重視していると思ってください。

大事な手札ですよ」


 ジュールは固くなった。


「承知しました。

親衛隊に徹底します」


「そうですね。

私の命を預ける船を、誰が操舵するのか楽しみですよ」


 ジュールは一礼して退出した。

 強引で詭弁めいているが、操船技術は必要だ。

 それに、退役後の職業選択の自由度も高まるだろう。


 船での戦術機動についての理解がないか。

 おいおい理解を深めてもらう。

 何か目に見える成果があれば違うのだろうが。


 親衛隊のイメージとしては騎士なのだろうな。

 これも一種の伝統だ。

 騎士をイメージして志願した人たちにフォローが必要だな。


 敵でない相手の動向にはそこまで配慮を払わないと言ったが、少しバランスを見直すべきか…。

 と考えていると、面会の申し込みがあった。

 レベッカからだ。


 通信機で進展があったのか、はてまた苦情か。

 ともかく会おう。



 入室してきたレベッカは、いつもどおり無愛想すれすれのポーカーフェースだった。


「レベッカさん、どのようなご用件ですか?」


「はい、まだとても実用的ではありませんが試作品をお持ちしました」


 そう言って、懐から二組のブローチのようなものを取り出した。

 通信機のプロトタイプか。


「どこまで実現しているのですか?」


「こちらを耳に当ててください」


 そう言って通信機のようなものを差し出した。

 俺は受け取って耳にあてる。


 それを見たレベッカは自分の持っている通信機に向かって、何かささやいた。

 そうすると、いきなり通信機から声がした。


「おうレベッカか、ウォッカをくれるのか?」


 少し声が乱れているがオニーシムか。

 通信機に向けて声を出してみる。

 

「アレンスキー殿ですか?」


 レベッカは苦笑していた。


「残念ですが、一方通行です。

送信用の通信機を手にしていないと、言葉を送れません。

ですので、試作品と申し上げました」


 なるほど、確かにそうだな。

 俺は満足して通信機をレベッカに返した。


「お見事です、ではこのまま改良を進めてください」


 レベッカは一礼して、俺に真剣な目を向けた。


「それに関して、お願いがあるのです」


「なんでしょうか」


「まず、伝達距離の確認をしたいので護衛の手配をお願いします。

あとは、この通信機の素材を変えて効果の確認をしたいので、材料を購入する予算を頂きたいのです」


 おや、最初に配分した研究予算が尽きたのかな。


「護衛は親衛隊を手配します。

予算は当面必要な分の金額で申請してください。

材料は今までどおり、イザボーさんの商会から購入で良いですか?」


 レベッカは少し嬉しそうな顔になった。


「有り難うございます。

まだ実用化にはしばらくかかると思いますが…」


 俺は申し訳なさそうにしているレベッカに手を振った。


「いえ、時間がかかるのは承知しています。

ほかに困ったことはありませんか?」


「では、お言葉に甘えてお願いがあります。

助手を数名つけていただいてもよろしいでしょうか」


 わざわざ許可を取らなくても良いのに。


「私の許可が必要なのは、特別な人なのですか?」


「特別ではありませんが、クリームヒルトさまにお願いしても、解決が難しいのです」



「クリームヒルトさんにお願いしてもダメなのですか?」


 レベッカはため息交じりに苦笑した。


「ラヴェンナで、人材は壮絶な取り合いです。

未来の研究より直近の政務に、人が優先的に割りあてられます。

技術開発部が軽視されている訳ではありませんが…」


 部下たちが調整した人事をひっくり返すわけにいかない。


 それなら本家から人をまわしてもらうか。

 研究だけに専念させれば、政体の話は漏れないだろう。


 できれば外部から雇うのは避けたい。

 恒常的に人材を育成する仕組みも必要だな。


「では、希望の能力を持った人を本家から派遣してもらいます。

あとで希望をまとめてこちらに申請してください」


 レベッカはうれしそうな顔をしてうなずいた。

 普段は無愛想だが…笑うと結構かわいいな。

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