274話 カジノのようなもの

 最後の視察に向かう一同を送り出した。

 日常業務は市長の領域だし、数日なら俺1人で回せる。


 秘書一同が温泉に向かったので、緊急を要するもの以外は上がってこない。

 つまり、暇なのだ。


 これなら一緒にいけば良かったか。

 だが魔族の動向が読めない。

 さらに捕虜交換はまだ実施されていない。

 

 あの爺さんはともかく、魔族自体が暴発する可能性だってある。

 聖地の話は捕虜を尋問して、裏付けをとるように指示はした。

 だが、ドラゴンの話は確認しようがない。


 地図もまだ作成中だ。

 本当にないないづくしだ。

 

 唯一の好材料は、時間がたてばたつほどこちらの戦力が増強される。

 つまり時間を味方につけている。


 それは魔族も理解しているだろう。

 だから、動きがあるならば比較的早いと思っている。

 などと考えていると聞き慣れた足音がして、扉が開いた。


「アルゥ、久しぶりぃ」


 おくりびとシルヴァーナだ。

 随分会ってない気がする。


「シルヴァーナさん、お久しぶりですね。

温泉にでも入り浸っていましたか?」


 おくりびとシルヴァーナが俺を白い目で見ていた。


「あのねぇ…地図作製の護衛よ! 護衛!」


 ああ、それで最近静かだったのか。

 グッバイ、俺の平穏。


「一段落したから戻ってきたのですか」


 おくりびとシルヴァーナがフンスとない胸を張った。


「勿論よ、あとは護衛が不要なところだけよ」


 わざわざ来たとなれば、ロクな用件じゃない。

 確信があるが、無駄な抵抗を試みる。


「わざわざそれを伝えに来たのですか?」


 おくりびとシルヴァーナがチッチッと指を振った。


「そこまで暇じゃないわよ。

護衛をしてたときに副産物が見つかったのよ」


 無駄だと知っているけど…どうか問題事でありませんように。


「願いのかなう奇跡の泉でも見つかりましたか?」


 おくりびとシルヴァーナが思いっきり身を乗り出してきた。


「違うわよ! そんなの見つかったら胸を大きくしているわよ!」


 自虐ネタだけどさ、突っ込むとロクなことがない。


「そうですか…」


 おくりびとシルヴァーナがさらに絡むかと思ったが、突然せきばらいをした。

 

「まあ、良いわ。

見つけたのよ、ダンジョン! ダンジョンよ!」


 そんなものあったのか。

 魔物もでてきてないから、大したものではないと思うが。


「どんなダンジョンですか?」


「洞窟だったわ。

入り口までしか見てないけど何かあるわ」


 願望じゃね。

 洞窟だからって、ダンジョンとは限らないだろうに。


「魔物が外にでてないのに、何かあるのですか?」


 どうやって魔物が発生するのか謎だな。

 可能なら知りたいのだが…。


「必ずダンジョンから、魔物があふれるとは限らないのよ。

とにかく調べたいから許可を頂戴」


 ダンジョンが発見されたときの取り決め事項なんて知らないなぁ。


「ギルドと取り決めもしてないですからね。

決まったら許可をだしますよ。

ダンジョン発見時の取り決めは調べないと分かりません」


 おくりびとシルヴァーナがすっと書類を差し出した。


「これ、前例よ。

ちゃんと支部から書類をもらってきたわ」


 手回しが良いな。

 だが…そのままハイとはいかない。


「それで確定とはなりませんよ。

あくまで交渉のたたき台でしょう。

ギルドがむちゃな条件をださない限り、許可はだします。

だから少し待ってください」


 ごねないでほしい。

 と思っていたがあっさりおくりびとシルヴァーナがうなずいた。


「分かったわ、アタシたちも準備があるからね。

しかも、人里から離れているから準備に時間が掛かるのよ」


 俺は書類に目を通す。

 冒険者の安全は自己責任。救助はギルドの役目。

 ギルドが買い取った素材の2割は税金として納める。

 そんな契約上の話は書いてある。

 金の出入りの話ばかりだな。

 俺が一番知りたい治安に関係する取り決め事項がない。

 いろいろと足りない。

 

「ギルドはダンジョン付近に施設を建てるのでしょうか。

管理や冒険者のフォローがあるでしょう」


 おくりびとシルヴァーナはうーんとうなりながら腕組みした。


「ダンジョンに魔物がいるか分からないと、ギルドは動かないわね。

いたとしても、どんなやつか分からないし。

だから、まずダンジョンを調査してから領主と交渉よ」


 その交渉する支部長が来ないのが問題だ。


「その支部長が、私のところに来ないと困りますね」


 おくりびとシルヴァーナがひきつった笑いを浮かべた。


「実は、支部長にダンジョンを見つけたって言ったら卒倒したのよ…。

ここは危険も少ない、ローリスク、ローリターンの職場だしさ。

支部長、決まった事務処理は得意だけど…あとは察してよ」


 俺はため息をついた。


「ダンジョンの中身次第では支部長交代ですかね」


「あり得るかもね。

まあ…悪い人じゃないのよ」


 良い悪いじゃなくて、職務遂行ができて法を犯さないなら悪人でも構わない。

 職業選択を間違えてねぇか? 普通に役人してたほうが良いだろ。

 そこまでのコネはなかったのか。


「ちゃんと支部長に出頭させてください。

正式に契約もできませんからね。

その上で調査許可をだします」


「分かったわ、縄で縛ってでも連れてくるわ」


 えらく張り切ってるなぁ。

 やっぱり、未知のダンジョンには心惹かれるものがあるのか。


「未知のダンジョンは心躍りますか」


 おくりびとシルヴァーナがあきれた顔をした。


「当たり前じゃない。

未知のダンジョンに飛びつかない冒険者なんていないわよ」


「ところでダンジョンで得られた情報は、ちゃんとこちらに流してくださいよ」


「勿論よ。知ってると思うけど…ダンジョンがアタリだったら、冒険者がなだれ込んでくるかもしれないわね」


 それは勘弁してほしい。

 おくりびとシルヴァーナには悪いが、ただの洞窟でありますように…。

 自然と俺は渋い顔になる。


「粗相が多発するようなら、冒険者の締め出しも考えますよ」


 犯罪が発生したときのケースは支部長が来たときに確認するか。

 逃げた冒険者は除名したからギルドと無関係では話にならない。


「うわ、アルなら本気でやりそう…そこはしっかり伝えておくわ。

でも、アルは基本的に穏やかだから、なめて痛い目みるヤツはいそう」


 可能性は高い…だが、高圧的だと不要な摩擦が発生する。


「もし、問題を起こしてギルドが処理できないのであれば、私は領主としての義務を果たします。

それだけですね」


「普通の領主ならギルドが金を払って解決だけど、アルだからね。

領民には有り難いけど、ギルドにとってはやりにくい相手よね。

アタシも注意をするけど、責任までは持てないわよ」


 当たり前だな。

 

「大丈夫ですよ、粗相をしたら本人にツケを払わせます。

収入と治安悪化のトレードオフですかぁ」


 そこで気がついた、ダンジョンはカジノみたいなものだよな。

 チップは自分の命だ。

 カジノなら警察の管轄にする事項だ。


「まあ、調査結果を待って頂戴。

今の時点でいろいろ悩んでも仕方ないでしょ」


 そうはいかないのさ。

 噂は瞬時に広がるからな。

 ダンジョンが確定したあとで対応すると、いろいろ時間が掛かる。

 そうなると待てなくなった冒険者が、勝手に突入しかねない。

 レアな素材がでたら一儲けできるし、領主は金だけ貰えれば満足だろうと考える。

 他の領主と一緒にされては困る。


 地図がないと、適切な統治はできない。

 そのおかげで、面倒事まで見つかる。


 あーもう、何でこんなにいろいろあるんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る