273話 ラヴェンナの流行

 翌日、執務室に向かうために起床する時間になった。

 俺はミルが起きようとするのを手で止める。


「今日はゆっくり休んでてくれ。

疲れてるだろ」


 ミルはかなり眠そうにしている。

 素直にうなずくと思ったが、ちょっとすねたような顔をしていた。


「1人で寝てても仕方ないわよ」


 俺と一緒にいたいのか、とてもうれしい話だがさすがにまずい。

 俺は苦笑しつつ肩をすくめた。


「キアラが視察の案内をしているからね、執務室に誰もいないのはダメだろう。

視察が終わったら、2人で休みを取ろうか。

だから、今日は適当にのんびりしてくれ」


 ミルは何か言いたそうだったが、そのまま布団をかぶってしまった。


「じゃ行ってくるよ」


 ミルは布団の中から手だけだして振った。

 心のマッサージが必要なようだな。


 執務室は俺と秘書補佐官だけとなっている。

 俺は黙々と補佐官からだされる書類に目を通して、幾つかの質問をしたあとで裁可する。

 補佐官も結構成長してきているな。

 そろそろ増員しても良い頃合いだ。

 2人に増員の打診をしてみるか…。



 わりと平和に1日の業務が終わり、夕食時になる。

 家族一同がそろっている。

 今日はキアラに案内されていたが、特に問題はなかったようだ。

 とりとめのない世間話をしながら、ママンが俺に視線を向けてきた。


「石鹸だけど、香水のような匂いをつけられないかしら」


 ああ、そう言えばそうだな…すっかり失念していた。


「分かりました。

研究を指示しましょう」


 今度はアミルカレ兄さんが、身を乗り出してきた。


「アルフレード、ここの土木工事のエンジニアはすごいな。

魔法をああやって使うのは始めて見た。

それ以外でも実に優秀だよ。

エンジニアの見習いを派遣したいのだが良いかな」


 魔法を土木工事に生かせ、と試行錯誤させたからなぁ。


「構いませんよ」


 バルダッサーレ兄さんは苦笑していた。


「これだけをよく3年で仕込んだものだ。

ところがよそから非難の声があってな。

『3年たっても、大して成果が上がっていない。

騎士団を派遣して制圧するだけなら、すぐ終わるだろう』

と言う輩がちらほらいるのさ。

そのあたりを黙らせるために、視察にきたのもある」


 ああ、そんな理由もあるのか。

 キアラとミルは憤慨した顔をしていた。

 俺は苦笑して、何か言い出しそうな2人を制止した。

 実のところ、理想的な展開だ。


「外からそう見られているなら、大変結構です。

順調なら、当家の足を引っ張ろうとする不届き者が現れますからね。

外には適当にごまかしておいてください」


 ママンは俺に興味深そうな顔を向けた。


「そうね、アルフレードはこの地方を固めることに集中して頂戴。

私たちが、うまくごまかしておくわ。

でも聞き捨てならない話もあったのよ。

『役に立たない廃品を各地から集めて、領地開発ごっこをしている。

三男坊の道楽にしては、贅沢なオモチャだ』

これはさすがに黙らせたわ。

アルフレードが招聘した人たちが、元いた所では活躍してない。

だから使い物にならない、と思い込んでいるのよ」


 廃品だと? ふざけるなよ。


 俺はとても不快な気分になった。 

 ちゃんとした環境を整えれば、人はそれ相応に活躍してくれる。

 その環境を整えるのが上司の仕事だ。


 まず環境を整えろ。

 ダメだと判断するのはそれからだ。


 無能なヤツほど人を活用できないで、レッテル貼りをする。

 そんなレッテル貼りをするヤツとは話が通じないから、説明しても無駄なのは分かっている。


 だが、この発言には非常に腹が立つ。

 人を見下しても、そいつが有能になることは絶対にない。


「廃品どころか、とても有能ですよ。

断言します。

私の前でそんなふざけたことを言ったら、絶対にタダでは済ませません」



 俺の不快な表情に周囲の空気が固まる。

 俺の顔をマジマジと見ていたアミルカレ兄さんが、はっと気がついた顔になった。


「なあ、アルフレード。

お前の領地では体を鍛えるのが、はやっているのか?」


 はい? 俺は一気に毒気を抜かれてしまった。


「はやっていると思いませんが…」


 キアラが笑いだした。


「視察のときに、訓練場に案内したのですわ。

そこで虎人を中心に、ひたすら体を鍛える集団がいたのです。

兎人のルイさんに負けるな、と怒号が飛び交っていましたわ」


 いやな流行だ…増えた娯楽がそれかよ!

 ミルもつられて笑いだした。


「来年の謝肉祭に向けて張り切っているみたいよ。

アーデルヘイトが、肉体美以外にも力の強さを競うコンテストをする、と張り切っていたわ」

 

 あ、あの女…マジで名物になりかねないぞ。

 とはいえ、皆が楽しみにしていることを止めるのはダメだ。

 できる手段は…一カ所に固めて、俺が寄りつかないことだ。


「会場を町外につくりましょう。

劇場としても使えるようなものを…」


 バルダッサーレ兄さんは苦笑していた。


「いろいろとアルフレードの町は面白いよ。

そろそろ視察も終わりだが、最後に療養地として温泉があるんだろ。

そこを尋ねて終わりにしたいが良いかい?」


 ああ、そろそろ終わりか。


「構いませんよ。

案内がてら、ミルとキアラは補佐官たちを全員連れていってください。

補佐官が家族を呼びたいならそれも構いませんよ。

ちょっとした息抜きをさせてあげてください。

緊急の用件は私が対応します。

それ以外は戻ってきてから処理しましょう」


 ミルはちょっと不満顔だ。


「なんでアルはこないの?」


「魔族がらみで、緊急の報告があるかもしれません。

1人で残っていますよ」


 キアラは不承不承といった感じでうなずいた。


「お兄さまの頼みでは仕方ありませんね。

補佐官たちには良いバカンスかもしれませんわ」


 ちょっと精神的に疲れが見えるからな。

 そんな状態では、不要なミスがでたりして良いことはない。

 誰の得にもならない。


 しかし、アミルカレ兄さんうまいこと場の空気をかえたな…。

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