第7章 賢者対決

240話 価値観の裏返り

 戦いは終わったが、終わったーと喜んで……気持ちを切り替える。

 そんな贅沢、俺には許されない。

 次の課題が待っている。


 第二の町は開発中なので、俺は防衛拠点として建設された砦に移動している。

 そこで久しぶりに、風呂に入ってリラックス……とはいかなかった。

 頭を空にして少し休息したかったが、すぐに考え事が沸いてくる。

 

 防衛体制と町の原型になる砦の配置。

 そしてプリュタニスに任せた人間を、何処に移住させるか。


 考えすぎると、頭がパンクしてしまう。

 まずは扱いが難しい人間のほうから考えるか。


 ダメだ。

 まったくリラックスになってない。

 のぼせそうになったので、風呂から上がって部屋に戻る。


 ベッドに倒れ込んで考え込んでいると、そのまま寝てしまった。

 思ったより疲れているらしい。

 翌日に、プリュタニスを呼んでもらう。


 人間たちは移住先が決まるまで、砦に一時居住している。

 生き残ったのは400名程度。

 俺たちと戦争する前は、2000人弱いたらしい。


 プリュタニスが俺の元にやってきた。

 表情も穏やかになっている。

 精神的にも安定してきたようだ。


「アルフレードさま、人間の行き先が決まりましたか?」


 思わず俺は、頭をかいてしまった。


「そこが問題です。

捕虜には段階的に、獣人と接触させました。

捕虜だからできましたが、今回そうはいきません。

とはいえ、自由にさせると人間だけで固まるでしょう」

 

 プリュタニスも腕組みをして考え込んだ。


「私もそこは考えていました。

現在のところ、生活の根底が崩れて混乱しています。

そのままにしておけば、元に戻りたがるでしょうね。

乱暴な手ではありますが、思い切って一緒に生活させてもいいと思います」


 それも、一つの手なんだけどな。


「その手段を取った場合、一点心配なことがあります」


「心配ですか?」


「価値観の裏返り現象です」


 プリュタニスは首をかしげた。


「裏返りとは何でしょう」


「獣人を差別して生きてきた人が、それを捨てさせられる。

そうなると今までやってきたことと、真逆のことをしてしまうのです」


 アメリカで、よくあった光景だ。

 黒人差別が顕在化すると、極端な黒人優遇に走る。

 実際に差別でなくても、差別と騒げる事件が起こっても同じだ。


 極端な優遇を馬鹿にして冷笑する人もいる。

 冷笑だけならいい。

 俺だって部外者だから冷笑する。


 だが当事者たちで、不満をもつ人はかなりでてくる。


 平等でなく優遇されるのは不当だろうと。

 その不満が正当なだけに根が深い。


 建前の平等を無視した後ろめたさからくるのか、善意で救わなければと思ったのかはわからない。

 裏返し直後は勢いがすごい。

 優遇までは不要だと指摘したら、袋だたきに遭う。


 裏返ってしばらくすると、熱狂がさめる。

 そうなると優遇への不満が顕在化して、また差別に戻る。

 裏返る前より、少しでも良くなるなら進歩かもしれない。


 だが、そうはならない。

 差別から一転して、極端に優遇される。

 自己を律するのは困難だ。

 大体は羽目を外して、特権階級のように勝手に振る舞うものがでてくる。

 優遇されているから、甘い処置で終わる。


 優遇されるとは注目されていることだ。

 優遇されている人が少しでも優遇されないと騒ぐ人がでてくる。

 騒ぎたくて監視しているのではないか、と思えるほどだ。


 だから事件は必要以上に目立つのだ。

 人種差別ではないが、似たような優遇がもたらしたケルン大晦日集団性暴行事件のように隠蔽に走るときもある。

 優遇している対象が罪を犯すと、自分たちの主張が危うくなるからだ。


 当然だが……。

 不満や不安な感情に、憎悪がトッピングされる。

 そうなると差別や排斥を正当化する根拠になってしまう。

 状況は、悪い方向に転がりはじめる。


 いびつな優遇は、穏健な人まで差別に追いやって、優遇か差別かの二極化が待っている。

 結果として本当に平等を願う人だけが、被害に遭う。


 裏返りは積極的に善行をしているように見えるから、タチが悪い。

 やけどをしたら、水に手を突っ込むのは悪くない。

 だが、精神的なものはやけどとは違う。


 差別も極端な優遇も、結局は相手を同じ人間と思っていない。

 むしろ差別のほうが劣った人間と……思ってるだけマシかもしれないな。


 極端な優遇は、希少動物を保護することに酔っている印象さえうける。

 もしくは自分では、何もできない赤ん坊を保護しているのか。

 相手が自立した人間なら、不当な行為にさらされないだけでいいだろう。

 あとは、その人の人生だ。

 気まぐれで介入してぶち壊していい話じゃない。

 どうにも、気持ちが悪い。

 

 いかん。

 また変な方向に、思考が飛んだ……。

 気がつくとプリュタニスは難しい顔をして腕組みしていた。

 プリュタニスも思考に没頭したらしい。

 俺の視線に気がつくと苦笑した。


「難しい話ですね。

どう考えても、確実な解決法が思いつきません……」


 そりゃそうだ。

 そんな簡単に、解決などしない。

 人間だからこそ解決しない問題かもしれないな。

 だが俺は、統治している立場だ。

 降参するわけにもいかない。


「ですので……。

よりどころを変えないといけないですね」


 プリュタニスの目が点になる。

 しまった。

 話が飛躍しすぎたか。


「アルフレードさまの会話の飛躍に、時々ついていけなくなります」


 人間はなにかしらのよりどころを、必要とする。

 それが差別や人種的優越になると、問題になる。


 人によっては、差別をよりどころにする人はいる。

 だが大多数にそうさせない。

 それなら可能だ。


 転生前は主に、宗教がその役目を担っていた。


 第二次世界大戦のとき、アメリカで日系人は迫害された。

 肉屋に肉を買いにいっても拒否される。


 『敵国人に売る肉はない』と。


 『同じアメリカ市民に、肉を売らないのか?』といってもまったく通じない。

 実におもしろいことに『お前は同じキリスト教徒に、肉を売らないのか?』

 そういうと効果覿面。

 肉屋は平謝りで、肉を売ってくれたそうだ。


 理屈としてはまったくもって、変な話だ。

 それだけよりどころになる宗教は強い。

 とても便利だが、ここでその手は使えない。


「つまり、彼らの自信や存在する意義を見いだせるものです。

彼らに君たちは何者だと教えることですね。

子供たちは悲観していませんが、問題は大人です」


「何をよりどころにするつもりですか?」


「ラヴェンナ市民であること……ですかね。

人はそもそも何かを区別して生きている生き物です。

私ができるのは市民たちの中で、差別を否定するくらいですよ。

差別がない範囲を世界まで広げていたら、かえって認識できなくなります」


 若干弱いが、よりどころを提示して強くしていくしかない。

 プリュタニスは何かが面白かったのか笑い出した。

 笑い終わると、息を整えた。


「すみません。

アルフレードさまの視野が広すぎて……。

たしかに、それなら理解できるでしょうね。

子供たちに悲観しないのは、時間が解決すると思っているのですか?」


 無策で解決するとは思わない。

 人は放置すると自然な方向に流れる。

 自分たちの一番ストレスのない方向にだ。

 そして親が差別を吹き込めば、何も変わらない。


「市民として子供たちは、勉学の場をつくります。

そこで過ごしてもらいます」


「なるほど。

よりどころも含めて、子供たちを教育していくわけですね」


「そのほうが生活しやすいとなれば、自然となじんでいくでしょう。

方策としてはそれでいくつもりです。

問題は彼らの配置です。

余り分散させすぎれば、プリュタニスの目が届かなくなります。

固めすぎても、人間だけで固まるでしょう」


 プリュタニスは、少し考えてから俺を見た。


「その論法でいくと、ムリに分散させても同郷だけで固まるでしょうね。

ムリに不安にさせるより、ある程度は安心させたほうがいいと思います。

仕事で人間以外と、接触をさせていく。

これが上策ではありませんか」


 たしかに内心まで統制しようとしても、ムリがある。

 ムリだけでなく無益だ。


「わかりました。

当面はプリュタニスが管理しやすいように固めましょう。

そうなると、首都に移住してもらうのが良さそうですね」


 プリュタニスが意味ありげに笑った。


「それがいいと思います。

アルフレードさまは、奥さまと妹君に手紙一つも送らずに放置していますからね。

そろそろ限界でしょう。

町に戻るいい機会ですね」


 俺は一瞬硬直してしまった。


 あああああああああ。

 しまったぁぁぁぁぁぁ。


 思わず頭を抱えてしまった。

 戦後処理で頭がいっぱいだった……。


「ど、どうしましょうかね……」


 それを見たプリュタニスに大笑いされた。


「知りませんよ。

そんな修羅場に触れたいとも思いません。

アルフレードさまに後見していただく身としては、奥さまに媚びを売っておきたいのですよ。

今回は奥さまに味方すると決めています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る