239話 一つの終幕

 日々、城から立ち上る煙が減りつつある。

 隣で見ているプリュタニスは早く降伏してくれと祈っているだろう。


 力攻めをすれば容易に落ちるだろうな。

 だが、その必要はない。


 しかし絶対に攻撃がないと思われると、余計な策を講じてくる可能性があるな。

 大勢の犠牲を覚悟の上脱出して、別の城に逃げる可能性もある。

 チャールズを呼んでもらう。



 しばらくして、チャールズがこちらにやってきた。


「御主君、なにか御指示ですな」


「敵に攻撃がない、と安心させる必要もないでしょう。

それにドリエウスを待ってるだけだと、兵士の士気の維持も大変ですよね。

せっかくここまで来たのです。

城を攻撃するフリをしてください。

あと、敵が夜陰に乗じて逃げ出す可能性も考えられます。

逃げるとしたら、後詰めがきた方角しかないでしょう。

篝火を派手にたいて監視を強化してください」



「他の方角には逃げませんかね」


「食糧備蓄のない方向に逃げても無駄です。

現在でも食糧が足りないでしょう。

飢えですぐに動けなくなるだけです。

ですが、もう一つの城に強行突破された揚げ句、籠城されると面倒になります」


 健康体なら生き延びることができる。

 不衛生で栄養不足な現状でそれは困難だ。

 守るのに容易な湿地帯は、脱出時には足かせになる。

 ただのヤケクソにすぎない。

 自分一人だけ生き延びるつもり、ならば話は別だが…。


 本来であれば、城を包囲して一方面だけ開けるのが定石。

 だが、そこまでできる兵力がない。

 そもそも600名程度で、城攻め自体が本来は不可能な話だ。

 だからこそ、ドリエウスは籠城を選択したのだろう。


「なるほど、承知しました。」


 最後のチャンスとして、俺の油断を待っている可能性もある。

 全軍に楽観ムードが漂っている。

 引き締めるのは今がちょうど良いだろう。


 プリュタニスが俺をあきれたような顔で見た。


「アルフレードさまが油断しているところは、見たことがありません。

本当に年齢不詳ですね…」


 年齢の話はやめなさい。


「17ですよ。

相手がこの場をしのぐためにどうするか。

決着がつくまで考え続けているだけです」


 これで、心が折れてくれると有り難いのだが。

 決めるのは俺じゃないからな。

 

 その後、形ばかりの攻撃を行った。

 といっても、弓の届くギリギリの場所に布陣して、ラッパを鳴らしたくらいだが。

 予想どおり、城からの反応は鈍いものだ。

 戦力はほぼ壊滅しているな。

 死んだフリかもしれないが、どちらでも問題はない。


 その夜は篝火が派手にたかれた。

 俺がでる幕はないので、おとなしく寝る。

 

 翌日、目が覚めると体がかゆい。

 まだ、俺たち用の風呂はできていない。

 風呂に入っていないから、頭がかゆくてしかたない。

 頭をかきながら、外にでるとちょうど伝令がやってきた。


「御報告します! ドリエウスから降伏の使者がやってきました。

御指示どおり、ロッシ卿とプリュタニス殿が対応されています」


 俺は機械的にうなずいた。

 

「分かりました。

次の報告を待ちます」


 交渉内容は伝えてある。

 敵と条件を交渉する段階で総責任者はでない。

 俺がでるときは全て決まったときだけ。

 

 勝利に油断して、ノコノコ現れたら相手にとってはチャンスに思える。

 壮絶な報復があるだろうが、空腹で目が回っていたら毒入りまんじゅうでも口にするだろう。

 せめて一矢報いよう。

 そんな考えだってあり得る。

 考えすぎかもしれないが、用心すべき立場になっている。



 交渉は任せて、今後のことを考えよう。

 報告があるまで俺は地図とにらめっこを続けていた。


 頭をかきながら地図を見ていると、人の気配を感じる。

 見上げるとチャールズとプリュタニスがいた。


 チャールズがあきれたような顔をした。


「御主君、勝ったあとの構想を練っているのですかな。

前提となる勝ちを決めるために、御裁可を頂きたいのですが」


「では、内容を伺いましょう」


「ドリエウスの首を差し出すそうです。

人間至上主義の主張も下げる。

代わりに市民として保護してほしいと」


 一点抜けているな。


「恐らく、財宝も運び込んでいるでしょう。

その所有権は誰に属するのですか?」


 俺が欲しいわけではない。

 だが、一点問題があるのだよ。

 全部奪われると思って隠されたり、財宝抱えて井戸に身投げでもされたら面倒だ。


「分かりました、その点を確認しましょう。

個人の資産はどうされますか?」


「本人のものであれば奪う気はありません。

プリュタニスから、極端な富裕層はいないと聞いています。

そうでないものに関してはこちらで預かります」


「売りさばいて、資金にしますか?」


 違う違う、逆だよ。

 俺は手を振った。


「それをされると困るのですよ。

外の世界に財宝が流れたらどうなります?

まだ他にあると思って、冒険者がなだれ込んできますよ。

もっと面倒なことに…王家に目をつけられる可能性があります」


 チャールズが感心したような顔になった。


「なるほど…確かに宝があると思われると厄介ですな」


「ええ、まだ余計な邪魔はされたくないのですよ。

財宝を売りさばくにしても、タイミングを計りたいですね」


「笑い出したくなるくらい、心配事が絶えませんな。

私は頼まれても、御主君の仕事はやりたくないですね」

 

 全く同感だよ…。

 再び交渉に向かうチャールズを見ながら、俺はため息をついた。



 幾度かのやりとりのあと、最終的な降伏条件を提示された。

 

 ドリエウスの命を差し出すので、民は助命してほしい。

 獣人との生活をあくまで拒否するものは、殺さずに追放を希望する。

 

 財宝の半分はプリュタニスに残したい。

 そして生活の変化を受け入れる民の面倒を、プリュタニスに任せてほしい。

 財宝はそのために使う。

 

 そして、プリュタニスが子孫を残すことの許可、加えて俺に後見人になってほしい。


 それ以外の財宝は勝者に差し出す。


 その条件を俺は受け入れた。

 

 確かに、敵の指導者の血族を根絶やしにする手段もあるな。

 表向きは保護するが、子孫を残すことは許さないといったソフトな手段もある。

 ドリエウスの社会は血族より、預言者がシンボルだからその必要はない。


 第1条件のドリエウスの命はケジメだろうな。

 新しい社会になるときに分かりやすいのが指導者の首だ。

 嫌でも、現実を突きつけられる。

 

 交渉を続けていたプリュタニスはひどく疲れたようだ。


「プリュタニスは私が責任を持って後見します。

子孫を残すことを禁じる気など毛頭ありません。

そして、市民となる人たち全員に、名字を持ってもらいます。

役職での区別がありませんし、名字がないと違和感を残したままですからね。

その条件で最終合意をしてください」

 

 プリュタニスは少しためらったあとで、口を開いた。


「降伏が成立したら、皆飢えていましたので、食糧を与えてよろしいでしょうか。

加えて死者の弔いも許可していただきたいのです」


「分かりました。

では、ドリエウスの首実検には立ち会いましょう。

私が立ち会わないと、正式に認めたと思われないでしょうからね。

プリュタニスはつらいでしょうが、確認をお願いします」


 プリュタニスは力なく笑った。


「分かっています。

今はアルフレードさまの抱えている重さが、少しだけ分かる気がします。

彼らの命運が私にかかってきますからね…」



 そのあと、見ても分からないが首が皿にのせられてきた。


 首を見た兵士たちから歓声が上がりかけたが、俺が止めさせた。

 死者を冒涜する趣味はない。

 それに、今後の情勢にマイナスの影響しかでない。


 プリュタニスが本人と確認したので、早々に箱にしまうようにする。

 埋葬したかったが、他の砦で守備隊長が抵抗する可能性があるからだ。

 プリュタニスには、全ての武装解除が終わったら埋葬すると約束した。

 

 首を持って、各地の砦の武装解除を求めなければな。

 そう思っていたが、2カ所に人間を固めていたから他は無人だと聞いた。

 つまり、残っている1城を開城させれば終わりか。

 

 まず投降者の対応として、プリュタニスに護衛をつけて、城に向かわせた。

 

 兵士たちは一様に安心した顔をしている。

 かれこれ出発してから2カ月くらいか。

 戦争としては、速攻といっても良いが、軍としての出動期間は最長だ。


 これからどんどん従軍期間は長くなる。

 そのあたりのケアも考えないとな。


 兵士たちを早く家に帰してやりたいが、魔族への備えだけはしておく必要がある。

 新しい領地の防衛体制の確立は急務だ。

 

 そして、俺たちに無関心だった他部族への対応。

 少なくとも相互不可侵だけは結んでおきたい。

 無視はできない。

 魔族との戦いの最中に後背を狙われる恐れがある。

 無関心だからといって、いつまでも無関心とは限らないからだ。


 防衛体制はチャールズに丸投げともいかない。

 俺の許可も必要だろう。




 地図を眺めていたが、ふと顔を上げると日が傾きかけてきた。

 兵士にはあと少し、緊張感を持ってもらわないといけない。

 無事に帰るまでが戦争だ。


 そこにプリュタニスが戻ってきた。

 疲れているようだが、それ以上に事件があったような顔をしている。


「プリュタニス、どうかしましたか?」


「父の首を切ったのはギュリッポスでした。

その報告を私にしたあとで彼は自死を選びました…」


 そういって、プリュタニスはがっくりと肩を落とした。


 もしかしたら、親しかったのかもしれないな。

 プリュタニスを託されたときに、そうなる予感はしていた。


 本来なら息子の将来は親友に託したかったろう。

 だが、ギュリッポスは自分だけが生きる選択はできなかった。

 長年の友情の重さを他人は計り知れない。


 生き恥をさらしてでも生きろ、そんな無責任なことをいう気はない。


 相手の事情も考えずに奇麗事を押しつける。

 そして自分は良いことをしていると胸を張る。

 そのあとで問題が起こっても、自分に責任はないと言い逃れをする。

 または無視を決め込む。

 さらにグレードが上がると、善意を裏切れられた自分は被害者だと言い始める。

 俺にとっては醜悪な行為に他ならない。


 転生前に散々見てきて、もうおなかいっぱいだよ。



 こうして、ドリエウスとの戦いは幕を下ろした。

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