233話 宝の山

 チャールズからの報告は、井戸は予想どおり毒が投げ込まれていたとのこと。

 食料庫は一部が焼けていたが、7割程が無事で今のところ、毒は見つかっていないとの報告だった。


 これは助かった。

 ドリエウスの恐怖政治のおかげで、獣人たちが火事場泥棒をしなくて助かった。

 物事はどちらに転ぶか本当に分からないな。

 

 プリュタニスからの連絡で、屋敷は無事だったので地図類は無事とのこと。

 これが一番ありがたい。

 

 地図類は、こちらに持ってきてもらう。

 輸送用に馬車を向かわせよう。


 井戸に毒が入ってるなら、そこでは生活できないからな。


 これで、作戦がずっと立てやすくなった。

 財宝などより、こちらのほうがずっと俺にとっては価値がある。


 秦末期に劉邦軍が関中に一番乗りした。

 諸将が財宝を血眼になって探したが、蕭何は真っ先に秦の文書殿に入って、これこそ宝の山だ、といって全ての書物を持ち帰った。

 まさに、そんな心境だ。


 項羽が気にもとめなかったのは分かるが、范増がそこに注意を払わなかったのは不思議だ。

 もしかしたら、フィクションなのかもしれないな。

 全てを一から構築するつもりだったのか。

 研究が進んでも、もう知ることができないのが残念だ。


 ついつい、過去に意識が飛んでしまう。


 得られた情報をうのみにするわけではない。

 だが、一から情報を集めるより、ずっと早く作戦が立てられる。


 俺は兵隊に囲まれて、無言で腕組みをして考え込んでいる。

 端から見ると、異様な光景だ。

 だが俺が考え込むとこうなるのは知れ渡っているので、誰も邪魔しない。


 ドリエウスとの決着をどうつけるか。

 現段階ではなんとも言いようがない。

 だが、今回は通常の戦争のルールにはのっとらないと決めている。

 戦争が終わるまでは、ルビコン川を渡りきってはいない。

 勝ち寸前までいって、そこから逆転されたケースなんて幾らでもある。



 そんな俺の思考を馬車の音が中断した。


 プリュタニスが戻ってきたか。

 音の方向を見ると、馬車がこちらに向かってきている。

 馬車が止まると、案の定プリュタニスが降りてきた。

 顔が上気している。

 よほどうれしかったらしい。


「アルフレードさま! 無事に残っていましたよ!」


 俺も笑顔になる


「それはなによりです。

早速、地図を見せてもらっても良いですか?」


「では、持ってきます。」


 俺は近くの兵士にテーブルを用意するように指示した。

 要求があると予想していたのだろう。

 すぐにでてきた。


 プリュタニスが走って戻ってくると、急いで地図を広げた。


 丁寧で細かい地図だな。

 これがそのまま使えれば、望外の成果なのだが。


「まず、ロッシ卿とエンジニア部門の…」


 やべぇ、名前忘れた。

 ドワーフの…ええと。

 

「イヴァン・ロージン殿を呼んでください」


 兵士の一人が返事をして、馬を駆っていった。


 イヴァン・ロージンはドワーフで、建築・科学技術大臣オニーシムの補佐役だ。

 頑固な職人タイプでオニーシムのような発明好きとは毛色が違う。


 インフラを頑丈に作ることに情熱を燃やすタイプなので、今回には適任だろうと推薦された。

 地図を見て、籠城には適した城を探したがすぐに分かった。

 川沿いの丘に囲まれた盆地に建てられている。

 この盆地は多分湿地帯だな。


 防衛には実に適した城だ。

 攻め手がかなり限られる。

 この城が攻められたときの後詰めの城は、丘を越えた先か。


 川の上流は狭い渓谷になっている。

 下流は丘陵が多く、せき止めやすい。


 1カ所をせき止めるだけで良い。

 備中高松城の水攻めを、パクるのは可能だろう。

 水攻めをするなら、そこがポイントにはなる。

 だが、そうするには後詰めを撃退しなくてはいけない。


 水攻めが可能なら、城から引きずり出す手間が省ける。

 さらに漁夫の利を狙う魔族の足も止められる。


 プリュタニスの声が、俺の思考を遮る。


「アルフレードさま、水攻めにするには川の水量が不足していますよ。

祖父もそこを考えて築城した、と教えてくれました。

仮に増水しても、せき止める場所は守りにくいとも」


 水攻めの可能性を読んでいたか。

 俺の狙いは少し違っている。

 大事なのはエルフ情報の長雨がどの規模かだ。


 増水しても、洪水にまではならないようだな。

 せき止めて、一気に解放するとどうなるか。

 試してみる価値は十分あるだろう。

 

 それより、後詰めをどう処理するか。

 そちらのほうを考えないといけないな。

 ここでは俺の思いとは別の返事をする。


「ともかく、そこまで進軍することは決まっています。

あとは、その場で考えましょう」


 プリュタニスが少し驚いた顔になった。


「珍しいですね。

安楽椅子の指揮官ってイメージがありますよ」


 普段は前線にでない。

 今回は俺がでないとまずいことがあるのさ。


「いえ、実際の指揮はロッシ卿に丸投げしますよ。

私が治安の不安定な場所にいたら、多めの戦力を警護に割かないといけませんからね」


 プリュタニスは感心した顔になる。


「なるほど、実に用心深いですね。

そこらの老将より、よほど冷静沈着です」


 老将は余計だよ。

 それに老人でも血気盛んで、思慮が足りないヤツもいる。

 

「現場指揮官の邪魔をしないのが第一ですからね。

それと獣人たちは、ドリエウスの影響から外れかかっていますが、完全に脱したわけではないと見ています。

影響力をそぐ手は打っていますけどね」


 プリュタニスは俺の慎重さに疑問を持ったようで、いぶかしげな顔になる。


「では、どうして受け入れたのですか。

それなら、どこかに固めて監視すれば良いかと思いますが」


 残念だが、それは駄目だ。

 俺は首を振った。


「獣人の問題は政治にもかかってきます。

戦争と違って、政治は敵やグレーな相手に対して、時には信用しているポーズを示す必要があるのですよ。

信じていないポーズをとると、ドリエウスの側に獣人を追いやってしまいます」


 俺は皮肉な笑みを浮かべてプリュタニスを見た。

 そのまま話を続ける。


「獣人を固めて監視することは、ドリエウスが期待する行動ですね。

人は良くなるといわれる未知の社会より…悪くても慣れている社会での地位向上を望むものです。

ドリエウスの期待どおりに蜂起するでしょう。

勿論、お人よしのように受け入れるケースも考えます。

その場合も、われわれが油断させて獣人を喜ばせたあとで、弾圧するだろうと唆していますね。

獣人たちは経験しているでしょうから、これも容易に信じます」


 プリュタニスを見ると、俺の言葉を吟味しているようだ。


「獣人の心理までよく読めますね…。

父の配下の中でも、そこまで読めている人はいませんよ」

 

 支配する視点でしか見ていない。

 同じ視点で俺が行動すると、足元をすくわれる。


「どちらにせよ、それでわれわれが疑心暗鬼になって行軍できなくなれば良いのです」


 プリュタニスが感心したような顔になった。


「オラシオ殿を獣人の担当にしたのは、父の影響力をそぐためですね」


「ご名答、獣人が大臣なんて、彼らにとっては驚天動地でしょう。

人間にいきなり心を開くのは無理ですからね。

もとの社会との具体的な違いを見せるのが、手っ取り早いです。

それにオラシオ殿になら親近感も増すでしょう」


「その上で、獣人同士で遺恨が燃え上がらないように、分散させると。

これは獣人の反乱を期待しても、アテが外れそうですね」


 プリュタニスの飲み込みの早さに、俺は満足してうなずく。


「ええ、今回のケースは軍事の総責任者だけでは手に余るのですよ。

任せているのは、そのほうが効率的だからです。

任せきりで効率が落ちるなら、私が今回のようにでてきますよ」


 そんな話をしていると、チャールズとイヴァンがやってきた。

 チャールズが近寄ってきて、地図に目をやった。


「お待たせしました。

地図があったそうですな。」


 イヴァンはどこからともなく持ってきた木箱を台にして、地図を見た。


「この地図は正しいのか?」


 プリュタニスが抗議しようとしたところを手で制する。


「基本的に正しい前提で動きます。

ですが、細部などの確認をして、ラヴェンナの正式な地図の書式で書き換えてください。

この地図をロッシ卿、オラシオ殿、ロージン殿用に3部模写を。

ロッシ卿はこれをもとに、防御拠点となる砦の建築をお願いします」


 チャールズは黙ってうなずいた。

 地図を見た瞬間から設置場所を考えているのだろう。


「ロージン殿は、この地図をもとに第2都市の建築に取りかかってください。

労働力は獣人をオラシオ殿と相談して、調整をお願いします」


「任せておけ、ところで運河を作る話は既定路線で良いのだな」


「ええ、それは動かしません」


 イヴァンが楽しそうに口ひげを整えた。

 ドワーフにしては珍しいカイゼル髭だ。


「こんな長大な運河を作るなど、楽しみで仕方がないわい。

ご領主についてけば、退屈は絶対にしないな」


 俺は苦笑するしかなかった。


「では、各自作業に取りかかってください。

砦に食糧は集積します。

工事の人夫はオラシオ殿と相談してください。

ロッシ卿は砦が完成してから、私とドリエウスに挨拶にいきましょう」


 チャールズがニヤリと笑った。


「今度は何をしでかすのか、実に楽しみですな。

ドリエウスにはちょっとだけ同情しますよ。

何をしてくるか分からない、その癖戦果はあげて、本人が慎重なんて敵からしたら悪夢ですよ」


 プリュタニスがひきつった笑いを浮かべた。


「私も最初の戦いの話を聞いて、このままだと絶対に負けると思いましたよ…。

どんな人かと思って会ってみたら、これが地味で…。

ますます怖くなりましたよ。

なのに、愛称はやたらあってほんと訳が分かりません」


 一同の爆笑の中、俺はちょっと不機嫌だった。

 悪かったな、どうせ俺は地味だよ。

 あとあだ名は俺のせいじゃねぇ!

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