214話 噂は尾鰭がつくもの
最初の自称第3子のマンドロクレイダスは偽物と判明した。
マンドロクレイダスは本物が来ると思っていなかったようだ。
あとに来た第3子はプリュタニスと名乗り、マンドロクレイダスとの面会に応じてくれた。
マンドロクレイダスはプリュタニスと会った瞬間、逃げだそうとして捕まる。
そのあと、平伏して許しをこいねがったが処置は保留。
そして捕虜に会わせると、捕虜が一斉に平伏したのでこれは第3子か不明だが高位の人物であることは確定した。
その報告を聞いたので、俺は即座に会う決断をする。
今回はあえてミルを同伴してもらう。
人間以外を妻としている。
これに対する反応を確認したかった。
それ以外にも大きな理由がある。
使者ゼノンの歓迎の宴では、配慮して欠席してもらったのだが……。
あの配慮は俺にとっては嫌なものだった。
それとあのときにほんの一瞬だけ見たのだ。
少し寂しそうな顔は俺にとって忘れられるものではない。
その埋め合わせ……ではないが立場を明確にしておきたかった。
公的な場で、女性の同伴が必要な場合はミルを連れていくと。
ミルが少し心配そうだ。
「アル、本当にいいの?」
俺はミルに笑顔を向けた。
「勿論、私の妻であると明言します。
なんでしたら、手をつないで入りますか?」
ミルが驚いて顔を赤くした。
「そ、そこまでしなくていいわよ! でも……ありがとう」
ミルは慌てたが、とてもうれしそうにしていた。
その顔が見られただけでも連れてきたかいはあった。
「どういたしまして」
◆◇◆◇◆
部屋に入ると、ふたりの護衛のような人を従えた少年が待っていた。
濃い茶色の髪と、黒い目、日焼けしている小柄で15歳くらい。
細身で理知的な表情をしていた。
俺は着席を促すと、プリュタニスと名乗った少年が着席する。
おつきのふたりは立ったままだったが、プリュタニスがふたりに顔を向けた。
「ここにきたのだから、領主の勧めには従うべきですよ」
その言葉を聞いたふたりは黙って、プリュタニスの左右に座った。
これは、真剣に応対しないと駄目だな。
最初がアレすぎたので……。
「始めまして、私が領主のアルフレード・デッラ・スカラです。
こちらが私の妻です」
ミルが一礼した。
ちょっと緊張気味のようだ。
「ミルヴァ・ラヤラ・デッラ・スカラです」
プリュタニスは静かに口を開いた。
「ドリエウスが三子、プリュタニスです。
左右にいるのが私の幼少からの守り役で、クネモスとブラシダスです」
左右のふたりが一礼した。
では、本題に入りますか。
「プリュタニス殿は、ラヴェンナに亡命を希望している。
そう伺いましたが本当でしょうか?」
左右のふたりは主人が疑われたと思ったのか眉をひそめた。
プリュタニスが黙ってうなずいた。
「はい、そのとおりです」
「疑うような質問をお許しいただければ幸いです。
私への面会を求める手段としては、とても有効ですので確認させていただきました」
プリュタニスがほほ笑んだ。
「なるほど、たしかに一つの手段ですね。
私の当面の目的は亡命です」
だよなぁ。
ただの保身で来るタイプに見ない。
少しばかり面白くなってきたかな。
「なるほど、では最終的な目的はお話しいただけますか?
わざわざ示唆していただいたのです。
謎かけではないでしょう」
プリュタニスも楽しそうだ。
上機嫌で口を開いた。
「話が早くて助かります。
私の最終的な目的は元領民の全滅を避ける。
その一点です」
話が早い。
そして始まったばかりだが……プリュタニスの会話は心地よい。
せっかくだ、このゲームを楽しみたい。
「われわれが勝つとは決まっていないでしょう」
プリュタニスも身を乗り出した。
実は同類なのか。
「完璧にわかる未来は……生まれた人がいずれは死ぬことくらいでしょう。
今回はかなりの高確率であなたたちが勝ちます。
どう勝つかまではわかりません。」
ぜひ、そうなった経緯を知りたいな。
「負けるつもりはサラサラありません。
ですが、それはドリエウス殿も同じでしょう。
勝敗を分かつものがある、と判断されたのですね。
プリュタニス殿はどう見られたのです?」
プリュタニスは背筋を伸ばした。
「まず、父はあなたたちを知ろうとはしません。
あれだけ手ひどく負けていてです。
預言者たちは獣人たちが混じったせいだなどと言い出す始末です。」
預言者? 5人の顧問団のことかな。あとで確認してみよう。
プリュタニスは小馬鹿にした表情になって続けた。
「預言者たちは愚かなことに、人間だけで違う手を使えば勝てると言っています。
その程度の簡単な見立てです。
獣人を使って勝ち続けたことを父は知っていますが……。
その父でも、獣人たちが使い物にならなくなった、と頭を抱えている状態ですよ。
翻って、アルフレード殿はわれわれを知ろうとしています。
それどころか、父の懐に手を伸ばしてすらいます。
父の周囲はアルフレード殿の、予想通りになっていますよ。
勿論、どうなっているかご存じでしょう?」
プリュタニスは困ったような感じで頭を振った。
「私の意見を父が聞き入れてくれそうになった直前で……あの騒ぎです。
救いがたい程の愚かさですよ。
首脳陣は獣人を使い魔にしていることが、ばれていないと信じ切っています。
知っていたら、使者は絶対に殺していたろうと。
逆用されるまで発想が至らない。
何年生きてきたのかと言いたくもなります」
プリュタニスは小馬鹿にした表情を引っ込めて、真剣な顔で俺を見た。
いや、真剣というより俺を尊敬しているといった顔だ。
「その結果、唯一状況を改善できる手が封じられてしまったのです。
当然知っていて封じる手を使われたのでしょう。
見事としか言い様がありません。
このまま戦っても結果は見えています。
アルフレード殿が、何も対策を立てないなど考えられませんので。
そして戦いを終わらせるには、ドリエウス側の人間を根絶やしにするしかない……と見ているでしょう」
危ないな。
ドリエウス側にも頭のいい人物がいたのか。
しかも15歳くらい。
ほんと、ここはどんな地方だよ。
内心の冷や汗を隠しながら、今度は俺が口を開く。
「われわれの存在が、彼らの存在を脅かす以上……そうせざる得ないですね。
可能なら避けたいのは勿論ですが。
全滅を避けると言われていたのは、何か方策があるのですか?」
プリュタニスが静かにほほ笑んだ。
「表向きは人間至上主義ですが……。
死が近くなったらわが子だけでも生きてほしい、そう思う親は当然います。
また、獣人から復讐されないなら……人間至上主義の看板を捨てるものも一定数います。
その場合、アルフレード殿にそれを説明できる人がいなければ……決して信じてはもらえないでしょう。
自分の領民を守るためにもそれは当然です」
なるほどねぇ。
しかし、ちょっと押され気味だ。
ほんと天才っているもんだな。
何にせよ、味方にできるならとても頼りになる。
信用できるか……そこが問題か。
おそらく……俺が愚者に落ちない限りは大丈夫と見ていい。
相手を愚者と判断したら付き合わないタイプだろう。
「プリュタニス殿のおっしゃるとおりです。
見事な見識をお持ちです。
喜んでプリュタニス殿の亡命を受け入れましょう。
ついてきているおふたりも一緒と考えてよいですか?」
ふたりは黙ってうなずいた。
プリュタニスと一心同体か。
プリュタニスは少しホッとしたようだ。
15歳程度の少年だけに、どこか不安もあったようだ。
「受け入れていただいて感謝します。
勿論、獣人たちと平等。
それも知っていますし、そう扱ってください。
ですが、多少ぎこちなくなる……それだけはご理解ください」
当然だろう。
いきなりなじめとか、そんな馬鹿なことをいう気はない。
「ええ、勿論それは理解しています。
しかし、プリュタニス殿のような方がいるとは意外でした」
プリュタニスが苦笑しつつ口を開いた。
「私は武芸が苦手でして……勉強にばかり夢中になっていました。
おかげで、父のところでは異端者でしたよ。
そして代替わりをしたら殺されるでしょうね。
死にたくはないが、私を支持する人もいない。
馬鹿になって、預言者たちの操り人形になるのも死んだと同然。
諦めていたところにアルフレード殿の出現です。
何かの運命を感じます」
代替わりでよほど権力基盤が強固でないと、継承のライバルになり得る人物は消される可能性が高い。
それにしても運命とか重たすぎるが……。
そんなやつらばかり俺は引き寄せてるのか?
ちょっと憂鬱になりそうな気分だ。
俺はせきばらいをして追い払うことにする。
「プリュタニス殿は武芸より、頭脳で勝負される方でしょう。
ドリエウス殿もプリュタニス殿を活用できていたら、われわれは負けていたかもしれませんね」
プリュタニスが照れたように頭をかいた。
このあたりは少年の仕草だな。
そして熱のこもった視線を俺に向けた。
「私の案はしょせん、机上の空論ですし……先の戦いのような手は思い浮かびませんでした。
なので、アルフレード殿の横でいろいろ学べると思っています。
実は、一番の理由がそれなのですよ。
他人にここまで知的興味が持てたのは初めてなのです」
俺の噂……尾ひれがついて広がってないか?
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