193話 閑話 主役は獣人
ご主君の作戦はどうにも、俺の想像を超える。
よくもまあ、ここまで新手の手段を考え付くものだとあきれたものだ。
行軍中に敵の使者がコソコソとこちらの陣をさぐっていたの見つけた。
当然だが拘束する。
仕掛けがバレるとパーになるからな。
戦場につくと思った通りの光景が広がっていた。
相手は急いで渡河を完了し、背水の陣になっている。
ある意味、合理的だ。
士気の低い獣人が逃亡しないようにするのだろう。
人質をとって連座しても、自分だけは助かりたいと逃げるヤツもでてくるからな。
中央に獣人が布陣。
2000人くらいか。
結構な数だ。
左右にそれぞれ騎兵1000配備。
総計で4000か……。
こちらは1000人程度。
敵は4倍、こっちはほぼ全軍だがな。
敵の数はご主君の読みが外れたか……。
それともあれが騎兵の全兵力なのだろうか。
はてまたは全部出さなくても余裕と考えたのか。
中央が敵を拘束している間に、優勢な騎兵が左右に回り込んで包囲殲滅。
相手の戦術なのだろう。
理にかなっている。
これで勝ち続けてきたのだろう。
ここまではご主君の見立てどおり。
こちらの騎士は30なので予備兵力として待機させる。
従卒をあわせても100程度。
あくまで、今回の主役は獣人たちだ。
通常、獣人は身体能力を生かすため、長い武器を奮って距離をとる。
人間はその空間をついて分断するから、獣人は人と戦うと結構負ける。
それに対しての御主君の回答が、短剣を持たせて盾を装備。
2人がかりで1人を仕留める。
密集隊形で戦うようにスタイルの変更を要求してきた。
他のトップが要求しても獣人たちは嫌がったろう。
だが今までのご主君の行動で、獣人たちは信仰に近いくらいの忠誠を誓っている。
ご主君のいうことだからと受け入れた。
ご主君はえせ軍師のように複雑な作戦を立てて自己満足はしない。
単純な作戦を組み合わせて、実行と途中の変更を容易にしている。
見栄えがする勝ち方ではないから、馬鹿な主君とかの素人受けは悪いだろうな。
獣人の先鋒を担当するオラシオが寄ってきた。
やる気満々といったところだな。
「ロッシ卿、こちらの準備はいいぞ。
みんなウズウズしている」
指揮官は高揚に巻き込まれてはいけない。
俺はいつもの様子でうなずいた。
「あちらさんの準備もできたようだな。
ではそろそろ始めますか」
◆◇◆◇◆
ラッパの音とともに開戦の合図になる。
敵方の獣人が突進してくる。
そこにオラシオ率いる先鋒100が当たるように見せかける。
当然数では勝てないので、即時に敗走する。
まき餌の役目を担っている。
訓練された相手には使えない。
獣人を使い捨てにすることを逆手にとった作戦だ。
それを見た敵の獣人は、前進する速度を上げる。
同時に、敵の騎兵も動きだす。
騎兵に対して、ご主君は子供だましのような手を考え出した。
最初に聞いたときは笑いだしてしまった。
味方の獣人本隊600。
地面に置いていた長さ4メートルの槍をもつ。
このためだけに作らせたもので、通常では長すぎて使いにくい。
そして、左右に分かれて騎兵の突進に対応する。
突進してくる騎兵にひるまずに、槍を向けて立ちはだかる。
槍は投げないで馬に向ける。
これはとんでもなく勇気がいる。
味方は敵の獣人への扱いに対する怒り。
そして……ご主君のために役立ちたい一心で逃げ出さない。
先頭の馬が急停止をしようとして、玉突き事故と大混乱に陥る。
あの騎兵の立場には絶対になりたくないな。
そのまま人の柵で追い込むが、こちらの人数が少ないので無事な騎兵は逃げ散っていく。
踏みとどまって槍で対抗しようとしても、こちらの方が長い。
この自滅で半分以上の馬が死ぬか骨折していた。
落馬した騎兵も無事ではすまないだろう。
そして、騎兵は固まっていないと戦力にならない。
少しだけほっとした。
これで完全敗北にはならない。
◆◇◆◇◆
4倍の敵のプレッシャーはとんでもなくキツイ。
ご主君の作戦でなかったら、どうやって負けるかを考えていたな。
次に中央部、追撃を鈍らせるために乾燥させたオニビシの実をばらまきながら逃げる。
敵の獣人はロクな訓練をしてないので、横陣から縦陣に自然に変わっている。
自然中央に密集してきた。
敵の獣人が予定地点に到達したので、再度ラッパを吹かせる。
連弩兵を、左右に100ずつ伏兵としておいていた。
背中に草をつけており、見つかりにくい工夫はしている。
敵の騎兵は外回りで包囲殲滅を狙うから、見つかることはない。
一斉に立ち上がって弩を連射する。
連弩の射線が交差する地点の獣人がバタバタ倒れる。
ご丁寧に毒まで塗ってある。
1人当たり10個の連弩のカートリッジを渡している。
最大で10000本の毒矢が飛ぶことになる。
同時に待機させていた魔法使い部隊…といっても10名程度だが。
派手な音がなる爆発魔法を打ち込んだ。
ご主君から、『威力より音を優先してください』と念押しされた。
相手に恐怖を与えるのが目的。
これがダメ押しになった。
◆◇◆◇◆
獣人たちは突然のことにパニックに陥る。
防具がないので当たれば倒れる。
ここまで作戦がはまるものか
あきれるやら笑いだしたくなるやら自制が大変だった
敵の獣人たちは左右をみても、味方の騎兵がいないことに動揺して敗走しだす。
騎兵がいたら、恐怖から玉砕覚悟で突っ込まれる。
そうなるとこちらが数に圧倒されるだろうが。
ここから追撃が始まる。
獣人の集団をたたかないと、戦力を再編されて戦争が長引く。
騎兵だけでは戦えない。
歩兵とセットで初めて絶大な威力を発揮する。
踏みとどまって味方を逃がそうとしたものもいたが、2人がかりで1人を仕留める戦いに対しては無力だった。
有翼族に敵騎兵の行方だけは確認させておく。
予備兵力で、相手の騎兵が再集結したら対応する。
予備兵力にも連弩があるから対応可能だろう。
敵の獣人は逃げていくが、逃げる先に川がある。
訓練も防具もなく監視する人間の騎兵もいない。
そこまで深い川ではないが、パニックになって転んだり、味方に踏まれて溺死するものも多かった。
一方的な虐殺になりつつある。
だが、ここで手心を加えて再編されると勝利の価値が減る。
渡河しきったものは追撃しない。
降伏したものは助命する。
これは周知徹底してある。
戦いは3時間程度で決着した。
結局、敵の騎兵は戻ってこなかった。
こちらの損害は、死者39名、負傷者181名
敵の損害は、獣人の死者約1800名、捕虜約160名
人間の死者約120名、捕虜約400名
人間の捕虜は落馬して骨折したものばかりだった。
まさに地獄絵図だが…ご主君の計画どおりになったわけか。
改めて絶対に敵にはしたくないなと思う。
興奮したオラシオが戻ってきた。
危険なおとり役を引き受けたので、彼も負傷している。
「大勝利と言ってよいのだろうな!」
「ああ、文句のつけようがない。
だが、敵の騎兵の行方が不明だ。
警戒しながら砦に戻ってご主君に報告をしよう」
オラシオがうなずいた。
「だが、これでもご主君は心を痛めるのだろうな」
「それはもう諦めるしかない。
俺たちで支えていけばいいだろう」
オラシオがニヤリと笑おうとして、痛みに顔をひそめながら言った
「何でも完璧すぎると支える気も起きないからな。
ちょうどいいだろう」
「反論できないのが悔しいところだな」
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