142話 人間疑惑

 俺の突拍子もない話に、一同は硬直。

 先生がさすがに耐えきれなくなった


「一つ聞きたい。

決まりを決めるのは分かる。

なぜここまで?」


 全員が激しくうなずいた。


「皆さん、考えてください。

異種族、同じ種族でも異なる環境に生まれた人たちが集まるとします。

どうやって生活します? ある地域では問題なくても、ある地域では駄目。

そんな慣習を持ち寄ってです。

同じ土地に住んでいたら、その慣習の違いで衝突が発生しませんか?」


 ああ……そうかといった感じで、先生が腕組みする。


「まあ……そうなるわな」


 俺は再度全員を見渡す。


「衝突しないようにどうやって生活します?」


 キアラが、口に指を当てて考えた。


「えーっと、決まり事を決めないとですわね……ああ!」


 そしてガバっと立ち上がった。


「それを法と言っているのですわね!」


 ナイスだ妹よ。

 上機嫌で俺はうなずいた。


「そのためには全種族が集まっても、問題ない決まりを決めてほしいのですよ」


 ミルも対抗心を燃やしたのか立ち上がる


「それで最初は、簡素にするってことなのね。

いきなり網羅しようとしても無理ね」


 嬉しいが……。

 ちょっとだけ気になることが…。


「ええと、あとは起立しなくてもいいので……」


 ミルとキアラは、赤面して着席。

 先生が2人を見て苦笑した。


「で……その決まりがぶつかったときに、あとで決めた方が正しいと。

つまり新しい方が正しいってことだな。

それが後法優先か」


 ポンコツでない先生は、さすがに頭が良い。


「そのとおりです」


 チャールズは俺の番かよ……仕方がないといった感じで、肩をすくめた


「で、その法を破ったものを取り締まるのに警察ですな。

騎士団がやってもいいのですが」


 それだと手が回らない。


「騎士ではハードルが高すぎて、数が確保できません。

騎士は基本的に、外敵と戦うものにします」


 数に関しては盲点だったようで、チャールズがうなる。


「確かに騎士は、簡単になれないですからなぁ。

今でもやれますが、今後人が増えると……難しいですなぁ」


「警察の手に余る事態が発生したら、騎士団に応援を依頼します。

区分けとして警察は、我々の領地にのみ権限があります。

騎士はその限りではないですよね」


 チャールズが納得したようだ。


「なるほど、それなら理解できますな」


 エイブラハムが挙手した。


「裁判制度とは何でしょうか」


 ここが肝だ。

 丁寧な説明が必要だな。

 みんなに分かりやすい例を出さないといけない。

 何気に難しい……。


「誰かが罪を犯したと言われたとします。

それって事実ですか?」


 一同顔を見合わせる。

 冒険者時代のトラブルを思い出したのか、ジラルドが大きく息を吐いた。


「なるほど。

それが正しいかを判断する必要がある。

それが裁判と」


 大変、よくできました。


「そのとおりです。

これで私の言い出したことを理解していただけたでしょうか」


 古代ローマやアメリカは、移民の国で法律が大事になる。

 アメリカはまだキリスト教がある。

 それが法律の補完をしていた。

 そして移民集団の同一性を保つ力になる。


 古代ローマは多神教なので、法律が主になる。

 ロールモデルは古代ローマにならざる得ない。


 キアラが、お手上げって表情になった。


「お兄さま……。

一体どこから、そんなとんでもない話を考えるのですか」


 単純に考えれば分かる話だがな。

 一気に、全体から理解しようとすると困難になるだけさ。


「いえ。

種族問わずの社会をつくるとなると、他の手段がないのですよ」


 オモチャの出来の良さに上機嫌になったらしい、マガリ性悪婆がくぐもった笑いをした。


「いやぁ、長生きはするもんだね。

面白いよ坊や、本当にさ」


 そこで一つ、俺が置いた布石を思い出してもらう。


「大した話ではないですよ。

それに似たことを、女性陣がやりましたよね」


 しばしの沈黙のあと

 デルフィーヌが恐る恐る手を上げた。


「あ、あのぅ、も、もしかして結婚式の形式」


 俺ニッコリ。


「種族を問わずできる結婚式を……しましたよね。

同じ話ですよ」


 デルフィーヌが机に突っ伏した。


「まさか、このための布石だったなんて。

領主さま……本当に人間ですか? 怖いですよ」


 一同が爆笑する。

 デルフィーヌが顔を赤くして立ち上がった。


「笑いごとじゃないですよ!

領主さまに気軽に頼まれたことが、実は未来の布石だったなんて怖いじゃないですか!」


 ついに人であることすら疑われた。

 でも仕方ないなぁ、あんな事あったら人間不信を引きずる。

 俺とも付き合いが短い。


 ロベルトがなだめるような顔で、デルフィーヌに笑いかけた。


「確かに布石かもしれない。

だが怖がる必要はない。

ご主君が我々を陥れるようなことは、1度としてしなかった。

だから大丈夫さ」


 デルフィーヌも少し落ち着いたようだ。

 おとなしく席に座った。


「す、すみません」


 俺は笑いながら手を振った


「いえ構いませんよ。

ちょいちょい何か仕込むのは事実ですしね」


 キアラはデルフィーヌに笑顔を向けた。


「結婚式の形式決めるとき、とても楽しかったですよね」


 デルフィーヌがほほ笑んでうなずいた。


「はい、とても」


「もし、法律を決める前の布石なんて聞いたら……。

楽しくやれました?」


 デルフィーヌもキアラの言いたいことに気が付いたようだ。


「あ、確かに……。

じゃあ、領主さまは、余計な力が入らないようにしてくれたのですか?」


 キアラは『大変よくできました』と言わんばかりの表情。


「ええ。

そして楽しく力まずにやれたから、参考にして考えられるでしょう」


 そしてフンスと胸を張った。


「お兄さま学の第一人者としては、最初から分かっていましたけど。

わざわざ、注文をつけるなら何かあるなと!」


 だからその学問は止めようよ。

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