135話 ラヴェンナの法

 代表者会議が終わった。


 俺は最後に出ていくことになっている。

 俺に話をしたい人は待つことが合図でもある。

 ミルとキアラは、常に俺と一緒なのだが。


 珍しくジラルドが残っていた。

 彼がリタイアしたのは年齢的なものに、限界を感じたかららしい。

 自分に何かあったら、妻子が残される。

 そう思って引退したものの……。故郷に戻ってからは、順調とはいかなかった。

 魔族のクオーターの妻が敬遠されて、肩身が狭かったらしい。


 そのせいで仕事も少なく、生活が厳しかった。

 新天地なら妻子が、窮屈な思いをしなくて済むと思い移住を決断したと。

 そう以前に聞いた。


 残りはしたが言葉に困っていたようなので、俺の方から聞くことにする。


「ローザさん、何か私にお話があるのですよね」


「ええ領主さま。

デスピナのことですが……。本当に大丈夫なのでしょうか」


「と、言いますと?」


「いえ。

狼人たち獣人は、人間社会でも結構見ます。

冒険者としても多い。

ただ魔族はめったに見かけないでしょう」


 そういえば見たことなかったな。

 巡礼でも獣人はいた。

 エルフ、ドワーフ、魔族を見かけたことがなかったな。

 エルフは基本人里に出てこない。

 ドワーフは定住して、仕事をするらしく巡礼では見ない。

 魔族の話は聞いたことがないな。


「たしかに見ませんね」


「人間社会で魔族は、表向きは認められています。

ですが……魔族だけです。

過去に種族として、人間と敵対したのは。

それでも1000年以上前の話ですけどね」


 そういや、そんな話があったなぁ。

 ジラルドは真剣な顔だ。

 ここから、重たい話になるのだろう。


「ですので使徒さまがいないときは、魔族への敵対意識が顔を出すのです」


 何か裏話でもあるのか?


「いないとき……とは?」


「常に魔族は、使徒さまにえりすぐりの美少女を差し出します」


 マジかよ。

 不快感から自覚するほど、俺は不機嫌な表情になる。

 転生前の感覚から、人身御供のような女性を差し出すことは嫌いだった。

 本人が玉の輿を狙うとかならまったく別だが。

 ジラルドが興味深そうな表情をして、俺を見ていた。


「勿論、差し出された……と言ったら不興を買います。

なので自主的といった体裁をとりますが」


「バレないのですか?」


「幼少からそう教育するのです。

本人も心の底から、使徒さまに尽くします」


 ここでも……か。

 さすがにウンザリする話だ。


「それと魔族と人間の不仲にどう関係が?」


「使徒さまの寵愛を受けられる人数は限られます。

その席を巡って、世界中が裏で争います」


 そりゃ宝くじの恩恵は破格だ。

 生活が一変する。


「でしょうね」


「そして魔族は、毎回ひとり分の指定席があるのです。

他の種族は、そんなものは確定していません」


 認めたくないが、理由はわかる。

 俺の推測が間違っているといい。

 それは、ムダな期待だと知っている。

 あえて、確認をするか。


「なぜ確定を?」


「過去に争っていた種族の少女が、自分を慕うのですよ。

それは使徒さまの、保護欲や自尊心を満たすでしょう。

なのでなのです」


 外れてほしかった。

 ジラルドは外部からのやっかみで、正鵠せいこくを射たわけでもないだろう。

 ここまで断言しているのだ、1次情報があるのだろう。

 2次情報では、推定の言葉になる。


「それはどこで聞いたのですか?」


「差しだされる予定の娘が、妻の祖先だったからですよ。

祖先はその思惑を、たまたま聞いてしまったそうです。

その嫌悪感から逃げだしたと。

もう魔族の元には帰れません、逃げた先で別の人間と結ばれました。

その子孫が妻なのです」


 ジラルドがそこまで気にする理由が見てきたな。

 しかし……だ。

 俺からすると、バカバカしい理由だ。

 配慮する必要を感じない。


「魔族からは裏切り者の子孫で、人間から見たら貴重な席を奪う邪魔者の一族と」


 無感情にジラルドがうなずいた。


「領主さまは、さまざまな種族を受け入れています。

魔族は妻の先祖の話を持ち出すかもしれません。

魔族の間では知られている話です。

勿論この話は、別の内容にすり替わっていますが。

私どもとしては……ここで生活できるだけで、十分でした」


 ジラルドは力なく頭を振った。

 俺は黙って話の続きを待つ。


「妻に与えていただける仕事は、重要なものではないと思っていたのです。

領主さまは教育係という、大事な仕事まで任されています。

ゆくゆくは代表者会議に出席させたい、とお考えでしょう?」


 子供の教育係はとても重要だからな。

 使える人は使うに決まっている。

 本人がいやでなければだが。


「ええ。

子供が育ってからになりますがね。

デスピナさんさえ良ければ、そう思っています」


 それは危険だ……といった感じで、ジラルドが首を強く横に振った。


「魔族の合流を求めるとしたら、妻の立場は障害になります。

それでもいいのですか?」


 あれでも通じなかったのか。

 それともこの世界の常識が、よほど強固なのか。


「私としては奥さんの先祖が逃げたことは、別に悪いことだと思いません。

千歩譲って悪いことだとしても……。

子孫がその罪を問われる。

そんなことは許容できませんね」


 俺の本気を知ってもらうために、あえて語気を強めた。


「もし魔族が過去の話を持ち出し、拒絶したならです。

私にとって彼らはです。

合流を提案する意義など感じませんね」


 ジラルドが驚いたようだった


「そこまで妻を守っていただけるのは……」


 俺は手を出してジラルドの話を遮った。


「奥さんのためではありません。

そこは勘違いなさらないように。

まだ表明してはいませんが……。

ラヴェンナの法に従うものだけが、市民として受け入れる対象となります。

法の趣旨に関しては、近いうちに表明しますよ。

ですがこれは、確実に決めています。

ことです。

一般的な連座や、子々孫々に至る罪など認めません」


 ジラルドはじっと、俺を見つめた。

 やがて決意したような表情になった。


「わかりました。

では妻にふさわしいと思う仕事を与えてやってください。

本人も皆のために働ける、と本心から喜んでいましたので」


「有り難い話です。

ですが……お子さんが成長したあとになりますけどね」


 ジラルドがはじめて照れたような感じで、頭をかいた。


「いえ。

娘にはじめての友達ができて、家にいたがらないのですよ。

よほど嬉しかったようです。

話を聞けば、領主さまが手を回してくださったとか。

デスピナと、本当に来て良かったと話しています」


 一時的に預ける場所が必要かな。

 それは、女性陣に丸投げしよう。

 そう思っていると、ジラルドがニヤリと笑った。


「これだけいろいろな人を気遣いながら、配慮を怠らない。

30歳でもそこまでできる人は、そうはいりません。

領主さまは16……いえ、17歳にはまったく見えませんね」


 マタソレカヨ。


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