115話 空を飛びたい

 ヴィッラーニ夫妻が、俺の所にやってきた。


「領主さま。

彼らとの話し合いが終わりました」


「ご苦労さま、どうでした?」


「全員、指示には従うと確約しました」


 だろうな。

 食えなくなる寸前で戻されて、飢えるくらいなら何とでも言う。

 政治って面倒なもので、駄目だと分かっていたとしても受け入れないといけないときもある。

 そんな腹芸の世界だからな。

 敵の方が、自国の政治家より信用できるなどとよく言ったものだ……。


「分かりました。

では受け入れの準備を進めてください」


 ヴィッラーニ夫妻が、不思議そうな顔をした。


「領主さまの前で誓約しなくても良いのですか?」


 それをやって、もし破ったらお目こぼしはできないのだが……。

 だからあえて、俺が介在しないようにしたのだが。

 

 とはいえ、俺が来ないとは言ってなかったしなぁ。

 俺のミスか。

 俺が立ち会わなかったら、疎外感も感じるだろう。

 もっとうまい言い方があったかなぁ。


 俺は、思わず頭をかいた。


「新しい人たちに、私が来ると伝えたのですか?」


 ヴィッラーニ夫妻が不安げになった。


「は……はい。

いけなかったでしょうか?」


 慌てて俺は、その不安を打ち消した。

 明言していないことを察しろなど、まだ言えない。

 大ベテランであればまた違うが。


「いえ。

それならいきましょう」


 問題はいつか移民たちが罰則を破って処罰されたときだ。

 ヴィッラーニ夫妻は、自分自身を責めるだろうな


 善人だからこそ、人を信じたいのだろう。

 だが世の中、そう単純ではない。


                  ◆◇◆◇◆


 そして、少し不安げな移民たちの前に戻った。

 今度は俺だけだ。


「ヴィッラーニ夫妻から報告を受けました。

われわれの趣旨に賛同されるとの認識で良いのですね」


 一同がうなづく。


「「「「はい」」」」


「では、誓約されるのですね」


「「「「はい誓約します」」」」


「よろしい。

あなたたちは全員新しい市民です。

ようこそ、ラヴェンナへ」


 全員ホッとしたようだ。


「ヴィッラーニ夫妻。

エローラ殿の移民省と協議して、彼らの受け入れを進めてください」


 ヴィッラーニ夫妻も嬉しそうにしている。


「はい。

お任せください」


「あと彼らの中で、代表者を数名選出しておいてください。

多分、幾つかのグループでしょうから。

人数は一任します」


「承知いたしました。

その人たちは?」


「移民省と民生省に勤務。

配分は任せます。

そして折を見て代表者会議に出席ですね」


 いきなり出席させる気はない。

 どんな考えを持っているか分からない。

 出席はそれが分かってからで良いだろう。

 ヴィッラーニ夫妻は、力強くうなずいた。


「ははっ」


 慌ただしく、ヴィッラーニ夫妻が動いていく。


 この善意が報われればいいのだが。

 そうやって、善意を持つものだけが傷つく。

 こればかりは、どうにもならない。

 ある程度の抑止は必要だろうな。


 完璧な正直者が、馬鹿を見ない世界など怖くて仕方ない。

 馬鹿を見たものが正直者でないと、レッテルを張られる。

 ヨブ記のようなことになりかねん。


                  ◆◇◆◇◆


 そんな憂鬱なことを考えながら、執務室に戻った。

 キアラは敏感に、俺の感情を読み取ったようだ。


「お兄さまどうでしたか?

そのお顔は、余り良い結果ではなさそうですが」


「言質は取れたよ」


「では、何が懸念です?」


 俺は力なく椅子に座り込む。


「誓約が破られたとき、厳罰を処さなくてはならない。

それ自体は良いんだ。

ただ……誓約を勧めたヴィッラーニ夫妻が、自分自身を責めるだろう。

そう思うと、ちょっとやりきれない。

善意の人は、とかく他人の中に潜む悪意を見ようとしない。

できないからな」


 俺は外を頰づえをついて眺めた。


「その善意を買って、彼らを抜擢したのは俺だからな。

結局不幸にさせているのか……と思わなくもない」


 いつの間にか隣に来ていたミルが、俺の腕を強くつかんだ。


「もしそうなったら、夫妻が乗り越えるしかないと思うわ。

何でもかんでも責任感じるのは、アルの悪い癖よ」


 ちょっと怒っている感じだ。


「返す言葉もないね」


「少なくとも、昔のままより夫妻は絶対幸せのはずだし。

それを否定する気はないでしょ」


 俺は、降参といった風に肩をすくめた。


「そうだな……考えすぎるのは止めよう」


「そうね……。

考えすぎるようならするからね」


 いや……あれは……嬉しいが……翌日に響くのよ。


 俺の様子を見て、キアラが不思議そうに聞いてきた。


「一体、どんなことをするのですか?」


 ウインクするミル。


「私にしかできないことよ」


 キアラの目が細くなった。


「お姉さま、この先の話をお伺いしたいのですが?」


「駄目よ、幾らキアラでも。

アルと私だけの間の秘め事だからね」


 キアラの笑顔が、ドス黒くなったぞ!?


「それは、との意味でと捉えても?」


 気のせいなのだが……。

 部屋の空気が下がった感じがする。


「まてまてまて、まだまだ先の話だ。

頼むから2人で争うのだけは止めてくれ……」


 何も考えずに、空を飛びたくなる。

 そんなときってありませんか……。

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