114話 恐怖の教育的指導
貧民800人か、何隻で来るのだか…。
受け入れを伝えたあと、子供たちにも手伝ってもらって仮設のテント兼住宅を作っていく。
たまに、怪我人の見舞いもしていくのだが……。
痛みは表面上収まったマノラが、手伝いたがった。
それを止めるのに一苦労。
怪我の痛みって、治ったと勘違いして動こうとすると……ズキっとくるからね。
さすがにこれを経験しろ……とは絶対言えない。
何とかなだめてベッドに戻す。
とはいえ、見舞いにいかないのはマズい。
あと2、3カ月は安静にしてほしい。
食事に関しては、傷病者は以前通りの質量を厳守。
さすがに、ここを削るわけにはいかない。
水と風呂などの衛生面は大丈夫そうだ。
食糧の備蓄は、総出で準備を始める。
だが鉱山町の整備も放置できないので、そっちはそのまま。
綱渡りのような人員のやりくりをする。
怪我人や病人が出にくいように、余裕を持たせつつ……と。
考えると、頭がパンクしそうになる。
丸投げとはいかないので、いろいろ指示を出す羽目になる。
だが悪いことばかりではない。
人材を最大限活用する必要から、政務担当員の能力が随分と上がってきた。
必要に駆られてだけどね。
これは、実にうれしい話である。
◆◇◆◇◆
「お兄さま。
本家から応援の役人でも呼びますか?」
キアラから提案されたが却下した。
食事は市民と同じ内容になっていて、生活のグレードが確実におちる。
そこに、不平民とつながって……暴動を焚き付けられては敵わない。
不満を持つ層が暴発するのは、それを焚き付けて纏め上げる者が出たときだ。
自ら危険を招く気にはならない。
俺の様子を見てミルが苦笑している。
「アルって人を信じるときと、そうでないときの落差が激しいよね」
「全てを疑わないのは馬鹿だけど、全てを疑ってかかるのも馬鹿だよ」
とだけ答えたが。
確認した上で大丈夫なら信じる。
知らない人を信じる気になんてなれないな。
◆◇◆◇◆
余り心の温まらないやり取りをしていると、ついに来てしまった。
800人きっかりではない。
約800人。
正確には803人だった。
そのくらいならいいだろう。
一旦全員を集めて挨拶をする。
代表者は俺の後ろに来てもらった。
獣人が、代表者と聞いて全員驚いてどよめいていた。
やはりなぁ。
俺は全員に対して、挨拶と説明をする。
最初に、甘い若造だと思われると舐められて増長するだろう。
仕方ない……。
やや厳しめの口調を意識する。
「私はこのラヴェンナの領主のアルフレード・デッラ・スカラです。
こちらに来るときにも通達されたと思いますが、改めて説明します。
見てのとおり、ここでは種族による上下はありません。
皆同じラヴェンナ市民です。
ここに来て、人間だから優遇される……と考えている人はお帰り下さい」
移民を見渡す。
全員固まっている。
ま、仕方ないな。
「同じ市民として、この一点に納得できる人のみ歓迎します。
つまりは、あなたたちに仕事や生活に関して指示する人は人間とは限らない。
この話を聞いたときは、人間同士で差別はない。
つまり今までより、扱いは絶対に良くなる……と信じてラヴェンナに来たのでしょう。
当然、あなたたちを特別扱いにはしません。
あくまで同じ市民です。
ここにいる人間以外の種族を下に見る言動をとった場合は、私の名において処罰または追放します」
移民803名を見回すと、全員下を向いていた。
出鼻をくじかれたのだろう。
かすかに反発や不快感のようなものも感じる。
だが甘やかすと、絶対良いことがない。
そしてここで、言質をとらないと面倒なのだ。
あとで騙された……などと言われて、面倒なことになる。
あとから来る住人に不平不満を吹き込みかねない。
「時間を差し上げます。
よく話し合って、この条件を受け入れるか決めてください」
威圧的にはならないように、口調は抑えた。
全員沈黙。
そして俺が引き上げようとすると
元貧民のヴィッラーニ夫妻が俺のところに来た。
「「領主さま。
改めて、彼らに説明する時間を下さい」」
「分かりました。
ですが相手を怒らせて、怪我などしないように気を付けてくださいよ」
彼らの肩に、手をかけて念を押しておいた。
このポーズがあれば、少しは尊重されるだろう。
現実に、移民たちは驚いている。
領主が直接領民に声をかけることはたまにあるだろう。
だが体に触れることは滅多にない。
領主が手を触れるくらい重用されている……と思わせた。
事実重用してるけどね。
これで、馬鹿にはされないはず。
◆◇◆◇◆
皆と引き上げて戻る途中に、先生が難しい顔で言った。
「坊主。
良いのか? あんな話し方をしたら反発するぞ?」
それは、承知の上さ。
「構いません。
曖昧や弱腰な態度をとったら、高をくくって勝手な振る舞いに出る可能性もあります。
私の言葉を信じたせいで皆が傷つけられるくらいなら、嫌われた方がずっとマシです」
今は食うに困る状態。
何でも言うことを聞くだろう。
だが……余裕ができると違ってくる。
あのときは仕方なかった。
よくあるセリフだ。
オラシオが心配げに眉をひそめた。
「われわれを同じ市民と認めてくれていることは、一同知っているし感謝している。
だが……少し気張りすぎではないか?」
確かに、他人が見れば危ない感じに見えるのだろうな。
謝意とともに俺の意識も説明するか。
「ありがとうございます。
でもここで人間に好き勝手にさせると、この地方の他の部族全て敵になりますよ。
それに移住を勧めたあなたたちの立場も悪くなります。
確かに危ない橋ですが、私1人嫌われてすむなら……大したことではありませんよ」
すっかりここになじんでいるトウコが、首を横に振った。
脳筋ってなじむと距離を縮めるのが早いんだよね。
「われわれが領主を守れば良かろう。
領主がわれわれを守っているのだからな」
「子供たちのことを心配しているのですよ。
子供たちにはこの町の将来を担ってもらうのですからね。
あとは彼らも普通の生活ができるようになったら、不満も消えますよ」
そうはならないとは思うがね。
だから一気に、人間を大勢は入れたくなかったのだよな……。
深刻な話の中、先生が無責任な調子で笑いだした。
「そのうち、坊主の好感度を上げるキャンペーンでもすれば良いだろう」
真顔でキアラの即レス。
「ファビオ博士。
お兄さまの魅力をわざわざ教えないと分からない人たちには、教育が必要だと思うのですが?」
シャレになってないって。
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