第82話『光と薔薇と死の香り』

前回のあらすじ


アスクレピオスが恐怖の対象ゼウスに助けを求め、ヨシュアに浄化の光を浴びせました。それでアスクレピオスは中指を立てつつ、

ヴァルハラに彼の曾祖父でありゼウスの父親であるクロノスが居ると伝えられました。

取り敢えずヤバいって事は分かった。


 …


『はぁあ〜〜〜……っ』


「…アスクレピオス、大きな…溜息だね。」


『む、マスターか。そっちはどうだった?』


「…今のところは…大丈夫そう。

意識戻り始めた子も増えた。

…ヨシュア=アイスレインは?」


『……そのうち暴走もせず起きるだろう。』


「…そっか。…。」


『何だマスター。言いたい事があるなら

ハッキリ言えといつも言っているだろう。』


「…怒らない?」


『私を怒らせるようなことか。

言ってみろ。』


「…ちょっと嬉しそう。」


『は?』


「…何か…嬉しそう。」


『ハッ…私が嬉しそう?んなわけあるか!!

マスター、貴様は触診が必要な様だ!目玉がちゃんと機能しているか脳に異常が無いか

解剖して診てやる!!そこに直れ!!』


「…やっぱり怒った…!

…逃げるが勝ち…!」


『怒らないとは言ってない!!

あ、おいコラ待てマスター!!』


 …


シュヴァルツさんとアスクレピオスの喧嘩、ドアの前で繰り広げられていたな…

最後の足音まで全部聞こえてたよ。


「良かったね、ゼウス。」


『…うむ。』


ゼウスも笑顔で頷いた。それのおかげで

重くなった空気が緩和された。


「あ、あの…兄様。」


クリムさんがベッドからスケッチブックに

ペンを走らせるスカーレット君に問いかけた。

彼は手を止め彼女を見る。


「なぁに?」


「に、兄様に外傷とは…?アスクレピオス様が最初に兄様の名前を呼びました…。

クリムは気になります!」


あぁ、ナイフが刺さったってやつか。


「名前呼ばれたのはアタシが彼の1番近くだったからじゃない?魔法にやられて怪我しちゃったの。貴女が心配するような怪我じゃないわ。」


凄い。スカーレット君は顔色1つ変えずに嘘を吐いた。クリムさんはそんなスカーレット君を見て静かに口を開く。


「兄様、何故嘘を吐かれるのですか?」


「!」


嘘ってバレてる…。

何でバレたんだろう。僕から見ると普通の

スカーレット君なのに。ずっと一緒の兄妹だから分かるのかな。バレてもスカーレット君は動揺せずにポーカーフェイスを貫く。


「嘘じゃないわ。」


「じー…」


「…。」


「じ――…」


「っ…」


「じぃ―――っ」


「……わ、悪かったわよ。嘘吐いて。」


兄、折れる。

スカーレット君は項垂れたまま


「本当はナイフで怪我しちゃったのよ。」


とクリムさんの名前を出さず正直に言った。


「そんな!ど、どなたに!?」


「…あの状況で名前を知るのは無理な話よ。おかしくなったのは別クラスで知らない子達だし。」


「紋章!あれでクラスくらいなら分かるはずです!兄様なら覚えているでしょう!」


「切羽詰まっていたのよ。

胸に付いていたかも覚えてな」


「兄様、ダウトです。」


「ぐ…。」


クリムさんは顔を顰めたスカーレット君を

今にも泣きそうな瞳で見つめる。

我慢しているのかその身体は小さく震えている。


「兄様、もしかしてクリムなんじゃないですか。兄様にナイフを刺したのは。

クリム、学校終わった後の記憶が無いんです。兄様が嘘吐く理由はクリムが関わっているからですよね…?」


「それは違うわ。貴女じゃない。

それにアタシは刺されたなんて一言も

言ってないわ。」


「違いませんっ!!両手に変な感触が残っているのです!それはきっと!

あぁっクリムはなんて事を…っ!!」


「聞いてクリム!!」


「兄様を傷付けた話なんて聞きたくありません!」


声を荒らげクリムさんは扉を勢いよく開けて部屋から飛び出してしまった。はわわ…。


「こら!待ちなさいクリム!!っ…」


急にスカーレット君がお腹を押さえた。


「スカーレット君!?」


「うぅっ…」


彼の顔に大量の汗が…!


『大声を出して傷に響いたようだ。それに、痛み止めも切れたのだろう。イーリスの回復では完璧に治せなかったようだ。あのアスクレピオスも。(む…そう考えると妙だな。あのアスクレピオスでも完璧に治せないとは。

ただの錬金術に堕天アンヘルが混じると怪我が治りにくい悪質なナイフに変わるのか?)』


「ゼウス、

解析してないで早く回復魔法を!!」


『う、うむ。』


「クリムちゃんは私達に任せて!!」


メルトちゃん、リリアンさん、イデアちゃんが部屋を出る。


「く、りむ…!」


「スカーレット君、今は自分の心配して。

クリムちゃんにもっと心配かけるよ。」


レンがそう言うがスカーレット君は動こうとする。


「っさいわね…!」


「来てくれアフロディーテ、【summon】!」


ローランド君が小さなアフロディーテを呼んだ。何する気だ…?


「アフロディーテ、彼を落ち着かせてくれ。」


『♪』


ふわりとスカーレット君の目の前に移動したアフロディーテは優雅にその場で回り始める。回転から作られる風は次第に淡い緑を

帯びていき、輝く茨のように見えてきた。

近くに居る僕も何だか力が抜けて癒される。


「……。」


暫くアフロディーテは回って、止まったその瞬間、茨が消えて薔薇の花弁が舞い上がる。手に取ろうとすると光だからかすり抜けた。アフロディーテを肩に乗せたローランド君が落ち着いた声で話しかける。


「落ち着いたかい?深紅の友よ。」


「えぇ、ごめんなさい。

見苦しいところを見せちゃったわね。」


「スカーレット君もクリムさんも悪くないよ。2人ともお互いを守る為に言い合ったんだから。クリムさんはスカーレット君を知らないうちに傷付けちゃったのが嫌で仕方なくなって飛び出したんだと思う。

メルトちゃん達が何とかしてくれるよ。」


「エクスちゃん…。」


『回復終わったぞ。マスター。』


「ありがとう、ゼウス。

さて、どうしよっか。」


すると向かいのベッドに座るシャル君が

手を挙げる。


「あの、遠くからですみません。

スカーレット君。オレ達は女の子達の帰りを待つと同時にヨシュア君を見守った方が良いと思うのです。」


確かに。ヨシュアが起きた時は誰かいた方が良いし…暴れた時の保険で全員いた方が良いよな。


「そだね。それにスカーレット君が動くとクリムちゃんに逆効果だろうしねぇ。」


レンは腹立つ顔でスカーレット君に言う。


「いちいち棘のある言い方ね。

性格悪い人だこと。」


「よく言われるー。」


レンの優等生設定やっぱ嘘だな。

最初からヴィラン感ある奴だ。


「じゃあ僕達はここで待機を」


「俺、起きてるよ。」


ん?


「おはよう、皆。」


よ、ヨシュアが起きた!!?

僕はベッドから下りて急いでヨシュアの元へ行く。


「ヨシュア…?だい、大丈夫??」


暴走しないかな…。


「心配かけちゃったかな、ごめんね。」


良かった、いつものヨシュアだ!


「心配かけまくり。

おかしくなったの覚えてる?」


レンが居ることに驚いたのか目を少し大きくしたヨシュアだったがすぐに


「…いや、それが意識が朦朧としてあまり覚えてないんだ。もしかして皆に迷惑かけた?」


と困った顔で首を傾げた。


「はい、

迷惑は無いけどめっちゃ怖かったです!」


僕は手を挙げてヨシュアに言った。

決して悪気は無く。


「ヨシュアちゃんが?そうなの?」


「ヨシュア君が怖い?」


スカーレット君とシャル君が首を傾げた。

そうか、この2人とローランド君は

あのヨシュアを知らないんだ。


「確かに怖かったねーエクス君。

ヨシュア君ったらケタケタ笑ってさ。

正気じゃなかったのは確かだね。」


レンから聞いてヨシュアが顎に手を当てる。


「そっか。

それは見苦しいところを見せちゃったね。」


「アタシもさっき同じこと言ったわ。」


「スカーレットも変だったの?」


「アタシは違うわよ。」


「そうなんだ。じゃあ俺が謝るべきなのは

エクスと…レンか。

ごめんね、覚えてなくて。

正気じゃなかった時の俺は多分、昔の俺だ。」


「昔のヨシュア?」


ヨシュアはふいっと目線を下に落とした。


「うん。昔はちょっと荒れててね。その時よく狂ってるって言われてて…多分、それ。」


「今の君と狂った時の君の過去が分離しているようだな。それで覚えていない…

ってそれはまるで二重人格ではないか!」


二重人格?ヨシュアもたまに変な行動とってたけど二重人格か…僕の説が当たったか?


「意識が朦朧としない限り大丈夫だと思う。

 ごめんね、心配かけて。」


「ううん。ヨシュアが無事で良かったよ!」



「素敵な殿方はどこですのぉーっ!!」


 !?


何か聞き覚えのない声が乱暴に開けられた

ドアから聞こえる。

もしかしてまた新しい人…?


「ここかしら。顔は良いけど問題児の集まりと言う部屋は。」


何だそれ。


カツカツと足音を鳴らして入ってきたのは

巻き髪ツインテールでフリフリ白黒ゴスロリワンピースを着た女の人。見た目からこの人絶対キャラ濃いな…知らない人だし、

もしかしてまたヴァルハラの…?


「あらやだ、本当に顔が良い子が多いですのね!と言うか全員カッコイイじゃなーい!

うんうん、良いですわ!」


僕達を品定めするように眺めるこの人は一体誰…!?


「あら、貴女…女の子?

悪いけど女の子には興味ありませんの。」


とシャル君を見てふいっと顔を逸らす女性。もしシャル君が本当の女の子だったら完全な嫌がらせだぞ…。性格悪いなぁこの人。


「あのーゴスロリお姉さん?

その子は男の子だよ。」


とレンが言うと急に目の色を変えた女性。


「あらまっ!わたくしくらいケアが行き届いていたから勘違いしてしまいましたわ!

ごめんあそばせ!」


「アッえと、いえ…お気になさらず…。」


「まぁ!何と寛大な殿方!

良いですわ良いですわーーっ!!」


う、うるさいなこの人…。

ナースさん早く来てぇ…。


『フレイヤの召喚士よ。』


今まで黙っていたゼウスが口を開いた。

フレイヤ?


「まぁ、何かしら。最高神様。」


驚いた素振りも見せずゼウスに振り返った

女性は手足を揃えて向き合った。


『ほう?私の事を知っているようだな。

ならば其方そなたの名を聞かせよ。』


「えぇ、良くってよ。

わたくし、国家最高機関ヴァルハラ所属、

アムル=オスクルム。

以後お見知りおきを。」


ワンピースの端を摘み頭を下げるアムルさん。気品溢れてるし貴族の中の貴族って感じだな。


「オスクルム家…。」


ん?皆がピリッとしてる。あ、そっか貴族

じゃないの僕だけだ。てことは何か知らないのも僕だけ?


「あら、貴方は驚かないのかしら。」


知らないから、と言ったら殺されそうだと

思った僕は取り敢えず誤魔化すように笑う。


「そ、そんなこたぁありませんよ…

あは、あはは…」


我ながら白々しーっ!


「エクス、オスクルム家は貴族の中でも特に上なのさ。オスクルム家に逆らった者は消されるとか噂で聞いた。」


とヨシュアが耳打ちしてくれた。

消されるってどういう…?


「うふふ。そんな怖がらないで良いのに。」


『貴様、臭いな。』


…………ぜうす?今、何て?


「………んー?聞き間違いかしら。

臭いって言いました?この、わたくしに?」


ヒイッ!!!超怖い顔!!放送事故レベル!!

しかし原因のゼウスは怯む様子もない。


『あぁ、言ったとも。

貴様からは死の匂いがする。』


指さされたアムルさんはパッと元の顔に戻り服の袖をくんくんと嗅いだ。


「えっやだぁ!そんな事無いと思いますぅ!ちゃんとコットンローズのいい香りのはず!」


こっとんろーず…?


『魔法を使った証拠か。

くく…厄介な奴だな。』


「あら、ゼウス様にそのような言葉をかけて貰えるなんて恐悦至極ですわ!

ゼウス様の召喚士様は何方です?」


やばい関わりたくない!!

顔を背けるのはバレるから視線を下げ

やり過ごそうとする。だがしかし


「貴方ですのね!!」


としゃがまれ目を合わせられ速攻バレた。

何で!?皆の方を見るとシャル君以外が僕を指さしていた。


売られたーーーっ!!!


「貴方のお名前は?」


「えと……その…」


「お・な・ま・え・はぁ?」


圧が凄い。顔が近い。怖すぎる。


「えっエクス=アーシェとモウシマシュ…」


「エクス=アーシェくんですのね!

顔もわたくしのタイプだし最高ですわ!ではエクス=アーシェくん貴方、わたくしの物に

なりなさい!」


「へ…?」

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