第59話『満月を喰らう』
前回のあらすじ
シオン=ツキバミ、走馬灯を見る。
何故学生時代ではなく昔のこの記憶が…。
…
暫く続く浮遊感に恐怖は湧かない。
満月家当主の顔ももう米粒ほど小さくなった。
僕は神の為に死ぬ。
けれどさっきまで小汚く、ご飯もろくに
貰えなかったやせ細った人間を神は嬉しがるのか。欲しがるのか。
これから死ぬ僕には関係ないけど。
母上、折角守って下さったのに結局死ぬことになりました。あの時、守って下さった事がとても嬉しかったのです。
とある子が牢屋に来て、石も罵倒も投げてこずにただ話してくれたことがありました。
その子が来てくれたのは3日だけ。
それでも目を合わせて「綺麗な瞳だね。」と言ってくれたり、外の話をしてくれたり、
書物を牢屋の隙間から丸めて通してくれて
読めました。
とっくに失ったはずの心に灯った僕の3日間の光。凄く眩しくて温かかった。
もし叶うのなら、その光をもう一度…
見たかった。逢いたかった。
名前も知らぬ、性別も分からぬあの子に…。
『おや、こんな所で自殺でも?』
……?声?いや、幻聴だ。だって僕はまだ落ちている。光が見えなくなっても落ちている。
『おーい無視かー。』
……??
『ったく…仕方あらへんなぁ。』
溜息混じりに聞こえたその声は何故か温かく感じた。そして羽毛よりも柔らかく温かいものに身体が沈み包まれた。
「!?」
『どうや?私の尻尾は。
柔らかくて気持ち良いだろう?』
尻尾…?のそりと身体を起こすと着物を着た華奢な背中と獣の耳、そして1…2…9本の尻尾が見える。尻尾はこの人から生えている。
そして周りは薄暗い。まるで座敷牢に戻ったような。
「…神様?」
そう呟くと獣の耳がピクリと動いた。
『ん?お前さんから見て神様に見えるん?』
落ちていた時に聞こえた声だ。
「…分からない。」
『ふふ、そうか。お前さん、名前は?』
「…知らない人に名前教えちゃダメって母上が。」
『っははは!そうか。知らない人、か。
お前さん、もしかして“
「…!」
『お、当たったか?』
「…うん。」
『答えるんかい。
それは結局自ら教えたも同然やで?』
「…だって僕、満月じゃないもん。
忌み子だって、妖の子だって…そんなの
満月家にいらないから神様にあげるって。」
『…やはりそうか。』
「え…?」
首を傾げると乗っていた尻尾が傾き転げ落とされた。驚いていると手を差し伸べられた。
『おいで、紫苑。私の所に。』
優しく微笑んでくれたその顔はとても眩しくて、気が付いたらその手をとっていた。
「おじさんの名前は?」
『おじっ……お兄さんな。
好きに呼んどくれ。
ただ、お兄さんはお姉さんでもある。
どうせなら綺麗な名前が欲しいなぁ。』
言っていることが分からなかった。
ただ、今までで数回しか見たことの無い人の笑顔に嬉しくなり、合わせてくれた歩幅で
道を進む間、ずっと考えていた。
…思いつかなかった。
『あ、見えたで紫苑。』
「え?」
彼は岩の壁から差し込む光を指さした。
光…。吸い込まれるようにそちらへ行くと
風が一気に吹き抜け、己を照りつける太陽、生い茂る草花、そして果てもなく広がる青い大地。
『こらこら紫苑。そんなに身体乗り出して
覗き込んだら危ないわ。
ココは崖や。海に落ちるで。』
「うみ…?これが海…?」
『何や、海知らんの?』
「うん、書物でしか読んだことないし見たことない。物心ついて外に出たの…初めてだと思う。」
『…初めてでお前は…』
「ずっと暗い座敷牢に居た。本はとある子から貰った3冊だけ。それだけが僕の世界だった。それで今日、本当なら太陽も草も海も
知らないで死んじゃうはずだった。
…助けてくれてありがとう、おじさん。」
『……明日、海に触れてみるか。』
「いいの?」
『あぁ。これも何かの縁や、面倒見たる。
お前さんの知りたい事を全て教えてやる。
字は読めるか?』
「平仮名振ってあれば読める。」
『よし、じゃあ本を調達してこよう。』
「!」
この日から、僕の世界に色が付いた。
崖の中腹部、剥き出しのこの人の家に住まわせてもらうことになった。
住まわせてもらう分、家事を覚えた。
ことある事に褒めてくれたあの人は妖狐だと書物で知った。というのも、特徴が貰った
書物全てに当てはまっているから。
だからといって嫌悪するはずも無く、
ただカッコイイと思っていた。
名前を決めていないことを思い出し、
妖狐さんと言うと『何それやだぁ!』
と子供のように駄々を捏ねたので思いつくまでお狐さん、そう呼ぶようにした。
お狐さんは朝に出掛けたら夜は居て、朝居たら夜に出ていく。
耳と尻尾を隠した女性の姿だったり男性の姿だったり性別はバラバラ。確かにお兄さんでもお姉さんでもある。そういう事か。
お狐さんは僕を大切に育ててくれた。
書物をくれて、外へ連れ出してくれて、
男なら強くないとなと剣術も教えてくれた。
いつしか心を取り戻していた。
今日も特に何も変わらない日が終わりかける頃、お狐さんはふと話し始めた。
『紫苑、いつの間にかお前ももう16歳になった。だから大事な話をしようと思う。
…私について。』
「お狐さんについて?」
『せや。紫苑、召喚士という仕事を知っとるか。』
「契約した召喚獣と共に国を守るという
あの…?」
『それや。私の相棒はとある召喚士やった。
他国のな。他国を守りながら、他国で出会ったとある娘と結ばれた。
とても仲の良い、見ていて微笑ましくなるような…そんな良い夫婦やった。
そんな彼は、ある日私にこう言った。
“彼女との子供が生まれたらうんと可愛がるんだ。色々な所へ連れてって、剣術を教えて、
召喚士になってもらって一緒に色んなものを護れるほどに。”と。』
「…。」
『私は言った。
“そりゃええなぁ。
名前、決まっとるん?”と。
そしたら彼は頷いて笑顔でこう言った。
“満月紫苑”…と。』
「…!!」
『そこでや、紫苑。
召喚士の相棒って…何やと思う?』
普通の人間なら召喚士だろう。
けれどお狐さんは妖狐…つまり…。
「……おきつねさんは…ちちうえの…
しょうかんじゅう…?」
震えた声になってしまいながらも聞くと、
お狐さんはゆっくり頷いた。
『そう、私の名前は“
召喚士、
「…」
満月翡翠…初めて聞いた父上の名前。
会ったことの無い父上を彼は知っている。
父上はどんな人だったのだろう。
聞きたい、聞きたい。
『とある村に得体の知れんバケモンが出て
沢山の犠牲が出た。
国から出動命令が出た時は…既に村は火の海。助からん命の方が多かった。けれど私達は家族を守ろうとした人々を守ろうとした。
しかし強大すぎるその力に負けた。実はあのまま戦っとれば勝ったかもしれん。けどな、バケモンが放った炎の攻撃が瓦礫の中の女の子に向かって、本能的にか魔法の詠唱が間に合わんと分かったアイツは…自ら盾になった。思えば…瓦礫の中の女の子はもう…
助からんかったはずなんにね。
多分アイツも分かってたはずやった。』
「…」
凄く正義感に溢れた父上だったんだな……
ってそれなら病死ではなく殉職では…?
『お前さんの話だと翡翠は病死したと聞いていたようだが…お前さんが生まれた時にはまだ生きとった。』
「え…。」
『翡翠はな、満月家を継がずに召喚士の道を選んだ。あの厳しい家に居たくなかったとも言うとった。その時お前を身篭っていた嫁も同意し、少しの間、城下町にある知人の家に泊めてもらい、お前さんは城下町の病院で生まれた。翡翠も嫁も泣いて喜んだ。
しかし満月家に見つかりお前さんと嫁は
連れ戻され、翡翠は他国に残された。
これは憶測だが…翡翠が、我が息子が後を
継がぬと言った事に腹を立てた満月家は翡翠を命を賭して全うした誇り高き召喚士としてではなく死んだことにしたくて、
病死と告げたのでは無いだろうか。』
「そ…んな…。」
満月家とは何と惨い集団なのだ…。
父上は…見知らぬ人々を助けたというのに。
『翡翠は嫁とお前の元へ戻りたくて仕方なく仕事を抜け出そうとした。しかし城下町は
高度な結界が張ってあり、正規の出入口からでないと城下町から抜け出せない仕組みとなっていた。
翡翠は国に誇れる召喚士故に顔が割れており、正規の出入口は使えなかった。変装しても魔力感知で見つけられ、結界を破ろうとしても…恥ずかしい話、無理やった。何十人、何百人の魔力の結晶を打ち破る力は私達に
無かった。
そんな事をしている内に翡翠は目をつけられ、自由に動けなくなった。…そして牢に
入れられたお前さんに会えず、死んだ。
死ぬ間際に私は紫苑を頼むと嫁の死を知っていた翡翠に言われ、それを護る為、今ここにいる。実は私と紫苑は会ったことがあるのだぞ。覚えておるか?』
「……」
衝撃の事実に声が出せず、覚えていないという意味で首を横に振った。
『本を3冊、外の話。
あと“綺麗な瞳だね”だったか。』
「…えっ」
『このような姿で会いに行った。』
お狐さんは子どもの姿に変わった。
その姿は見覚えがあった。僕の3日間の光。
ぽふんと音を立て元の姿に戻ったお狐さんは悲しそうに笑った。
『あの時、お前を知るために潜入した。
そして助けた後できちんと紫苑を護る為に
準備したのだ。この家とかな。準備しながらも召喚獣であった私は召喚士がおらん野良召喚獣ということで何度戻されそうになったことか。
それを必死に抑えていたら月日が経ちすぎて、お前さんが死ぬ日になっていた。
…間に合って良かった。話せて良かった。
これまで辛い思いをさせてすまなかったな、紫苑。』
深々と頭を下げるお狐さんに僕は何と言えば良いのだろうか。とにかく、今話せる自分の気持ちを伝えたい。
「お狐さんは悪くない。頭上げて。お狐さんは僕を護ってくれた。僕の知らない父上を、母上を教えてくれた。
………父上、カッコイイね。父上の夢、
今からでも叶えられるかな?
そうすれば母上も喜んでくれるかな?」
『紫苑…?』
「僕、護れる召喚士になるよ。
だからお狐さん、
僕の召喚獣になってくれる?」
『…!』
「僕、召喚士について勉強するし、父上みたいに強くなるよ。でも父上の凄さを知らないから近くで教えてよ、お狐さん。
ううん…玉藻前。」
『勿論や、紫苑。
でもな、私は野良が長すぎた。抗いすぎた。そろそろ限界や。もう一緒に居られへん。』
「え?」
『ゼウリス魔法学校。そこは他国が運営している召喚士育成機関。翡翠とそこで出会った。紫苑もそこへ行って召喚士として学びなさい。父のように強くなりなさい。
私は、そこで待っているから。』
「ひ、1人は怖いよ…!僕弱いから…!」
『大丈夫、お前さんは1人やない。弱くない。せやけど怖かったら、辛かったら私を思い出せ。私の振りをしても良い。私は強いと狐のように周りを欺き、自分を守れ。』
「たまも…」
『くよくよすんなや!大丈夫!ちょっと抗いすぎて長々と説教されると思うから私の方が待たせてしまうかもしれんけどな。
あっはっは!…あ。』
玉藻前の姿がうっすらと透けてきた。
「たまも!!」
『っへへ…泣くなや紫苑。
また、必ず会えるから。…そこの机の引き出し開けてみてくれんか?』
玉藻前が透けた手で示した机に四つん這いで向かい、言われた通りに開けると…
杖とまっさらな本、どこかの住所とお金が
入っていた。
『紫苑自ら召喚士になるって言ってくれて
良かった。野良召喚獣が人間の振りして
出稼ぎって結構堪えたんやでぇ?
それ持って頑張りや。』
手にとると本から紙が落ちた。
紙には“月喰紫苑”という4文字が書いてあった。
『あ、それお前さんの新しい名前や。
紫苑、お前さんは満月家を…満月を喰らう者。親とお前を離れ離れにした血筋に抗え。お前さんの中には満月がある。それを喰らえ。かつて父親がそうしたように。』
「…つきばみ、しおん…。」
『良い響きやろ。』
「うん……ありがとう“
『新月?』
「名前、決めてなかったから。
月を喰らい尽くすまで貴方に頼らない。
へ、変かな…?」
言って恥ずかしくなってきた…。
『名前、考えとってくれたんか。』
「今決めた。」
『えっ。…っふふ、紫苑らしい綺麗な名前やわ。けど頼られへんのは悲しい。
せやから会いたくなったら呼んでや。
必ず、助けに行くから。』
「や、約束だよ!絶対だよ!」
『絶対や!あ、でも早く弱音を吐かんといてね?私、説教中だと困っちゃうから。』
「…」
『その目やめて!!』
…
それから新月は消えてしまったけど…
そう、そうだ。約束したんだ。
このままじゃ夜叉が倒れちゃう。生徒も護れない…お願い、皆を守りたいんだ…!
「新月…っ…!」
『やぁっっと呼んでくれた。
流石に待ちくたびれたわ。』
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