第85話 妹と
「にいさま~」
腕の中のルナが俺に甘えて胸に頬ずりしてくる。
俺が今までどうしていたのかという話をルナが聞きたがったから、空中庭園でそのまま会話する運びとなったのだが――
ルナがどうしてもと強請ったので、妹を抱っこしながらの会話となった。
綺麗になったルナが間近から見上げてくるのは、兄であっても照れるものがあるが、それでもルナが喜んでくれるなら、久しぶりにやるくらい別にいいか。
女の子っぽく柔らかくなったルナに若干戸惑いつつも、まずはルナの口から帝国で流れている俺の噂について語られた。
どうやら「【魔力ゼロ】が中華大国を救ったらしい」という噂は帝国にまで流れていたようで、ルナは家人たちが話していたのを耳にしたと言った。
ただ、具体的にどうしたかという事実までは正確に伝わっていないらしく、尾ひれが付いて色んな噂に化けているみたいだ。
――その噂は、半分くらいがマイナスの意味で捉えられているのだとか。
曰く、【魔力ゼロ】がたまたま悪事の場に居合わせ、バレて命乞いをしたところを中華大国第三王女に助けられた。
曰く、【魔力ゼロ】は悪事の片棒を担いでいたが、【魔力ゼロ】如きがそんな奴らの仲間に入れてもらえるわけがないから、無視と同じような状態でおとがめなしだった。などなど。
どうやら【魔力ゼロ】というのは面白おかしく脚色するのに事欠かないらしい。まったく、人の口というのはどうなっているのか。よくまあそんなありもしないことを、あれこれ考えつくものだと逆に感心してしまう。
なので、一応ルナには正確な情報を伝えることにした。クロの企みや、彼と戦ったところまで含め、真実を大事な所だけぼかして、ほぼ全て。
俺の武勇伝をルナがきらきらした目で聞いてくれるのは正直こそばゆい。
ただ、「さすが兄様です!」の一言は、俺をとても懐かしくさせた。
――しかし、である。
話がファラウェイの話題に及ぶと、途端にルナの笑顔が硬くなった。口の端が引き攣っている。
「へ、へ~。中華大国の第三王女にして、王位継承権第一位ですか。そのようなお方とお知り合いになられたなんて……」
「ああ。彼女なくして今の俺はなかっただろうな」
実際、俺が今こうしてここにいられるのは、全部ファラウェイのおかげだ。彼女のおかげで先生から錬金術を学ぶことが出来たし、新しい力も手に入れた。
クロに勝つ事も出来た。彼女の好意には、いっぱい世話になった。
再び、ファラウェイと別れたことの寂寥が胸を支配する。
そんな思いでいると、気付けば目の前のルナの頬がむくれていた。
「……兄様がお世話になったのなら、一度お会いして是非お礼を言いたいですわねえ」
「……何でそんな微妙な顔で言うんだ?」
「察して下さいませ!」
ルナはぷいっと顔を背けてしまう。
ヤキモチでも焼いてくれたのだろうか? でも間違っていたら恥ずかしいので、俺は何も言えなかった。
「でも、そうだな。ルナにも一度、会わせたいな」
「ええ、ええ。是非そうして下さいませ。その方にはきっちりお話する必要を感じますので」
「……だから何でそんなケンカ腰なの?」
「むしろケンカ腰にならない理由がありませんけど!?」
……年頃の女の子って難しいわ。
しかし実際、ファラウェイに会ってもらいたいのは事実だ。
いつか、ここに連れてこられたらいいと思う。
何なら、ルナを連れてこっちから会いに行くのもありか。
そんな未来設計にワクワクしていると、ルナが眉をぴくぴくさせながら言ってくる。
「まったく! 兄様はわたくしや苺ちゃんがどんな想いで待っていたと思っているんですか!?」
苺ちゃん……ストロベリー姉さんのことだ。
だが、
「何でここでストロベリー姉さんの話が出てくるんだ?」
「こ、これですもん……相変わらずと言いますか……」
「ところで、ストロベリー姉さんは元気?」
「知りませんわ、そんなこと! 実際にお会いになられればよいでしょう!?」
ルナはまた不機嫌そうに顔を逸らしてしまう。
……本当に難しいな、年頃の女の子は。
「まあ、とにかく。色々あったけど、俺はようやくルナに渡したい物を持ち帰ることが出来たんだ」
「? わたくしに渡したい物?」
「ああ、これだよ」
俺はアイテムボックスから玉璽のレプリカを取り出した。
俺から手渡されたそれをまじまじと見ながら、ルナが首を傾げる。
「これは?」
「玉璽っていうマジックアイテムは知ってるか?」
「はい。中華大国の国宝ですわね」
「ああ。これはその玉璽のレプリカだよ」
「玉璽のレプリカ……? これが……?」
「これさえあれば、ルナの膨大過ぎる魔力を隠すことが出来る。これでルナは外に出ることが出来るんだ」
「え……? わ、わたくしが、この屋敷の外に……?」
「ああ、そうだよ。ルナ、やっと外に出られるんだ!」
ルナは玉璽レプリカをまじまじと見つめる。
「そんな凄い物を、わたくしのために……」
再びルナの瞳が濡れていた。
「ああ、兄様……。兄様は一体どれだけ苦労してこれを手に入れられたのでしょうか……」
「別に。そんな大したことはしてないよ」
ウソである。実際はとても苦労した。
だが、そんなことルナに悟られたくない。
しかし、こちらを見上げるルナの瞳から涙がこぼれていた。
「ありがとうございます、兄様……。ルナは世界一、幸せな妹です……」
そう言ってルナは正面から抱き着いてきた。
そんなルナの耳元に、俺は声を掛ける。
「ルナ、もう一つ言いたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
ルナはまたこちらを見上げてきた。
その涙の残る顔に向かって、俺はこう言った。
「ルナ、学校に通ってみないか?」
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