第58話 異変

 さらに一年が経過し、俺は十一歳となっていた。

 あれから俺は先生の元でみっちり錬金術の修行を受け、その腕前は大分上達したと思う。

 朝から晩までずっと付きっきりで先生と一緒に研究所に籠っていたからな……。その様は、心配したファラウェイとオキクが無理矢理研究所から連れ出そうとするほどだったりする。

 それでも俺と先生はそこから離れようとしないのだから、熱中って怖い……。

 だが、その甲斐あって俺の目的としていた物の一つを作り出すことに成功した。

 俺の手の平の上には二つの指輪が乗っている。試作型マジックリングの一号と二号。

 このマジックリングは魔術師が持つワンドの代わりとなる代物で、魔術を使用する際の効率と威力を上げるアイテムだ。手にワンドを持って戦うことが出来ない近接職の者が指に嵌めることで、ワンドと同じ性能を発揮するマジックアイテムである。

 ちなみにこれは、魔術と錬金術の双方に造詣がある俺だからこそ作れた代物だ。

 簡単に説明すると、ワンドに施された術式を簡略化し、それをリングに移した。

 ただ、術式を簡略化するのは複雑な数式を解くのと同じくらい難しかったし、それをリングに定着させることもまた大変な苦労を伴った。

 まあもっとも、かなり先生に手伝ってもらったが。

 先生の優れた錬金術の知識と腕があればこそ作れた代物でもある。

 その完成品を前にして、先生が言った。


「マジックリングはかなりのレアアイテムだ。しかも本来は一級の魔術師と一級の錬金術師の二人が揃って初めて作れる物でもある。それをたった一人で、しかも錬金術を習ってからたった一年でこんなものを作っちまうとは……まったく、大した奴だよ、お前は」

「先生に手伝ってもらわなければこんなもの作れませんでしたよ。それにまだまだです。今のままじゃ、通常のワンドの半分の効率も発揮できない」

「マジックリングってのは、本来その程度の性能しかないぜ? お前のそれは既に、ワンドを持って戦えない近接職の者には喉から手が出るほど欲しい代物だろうよ」


 そう、ぶっちゃけ自分が欲しかったから作ったのである。もう一つはファラウェイにプレゼントするためのものだ。

 ちなみに先生は既に装備している。どうやら過去に他の魔術師と合作した作品のようだが、俺の作った試作品に比べて随分と性能が良さそうだ。さすが先生としか言いようがない。

 その見本が目の前にあったことも大きい。いつも先生がそのマジックリングに魔力を通すのを見ていたからな。

 ただ、この試作マジックリング一号と二号はそれぞれ、俺の【流体魔道】用とファラウェイの魔力の波長に合わせて作ってある。

 つまり、この二つのマジックリングは俺たち二人の専用器であり、本人が装備すれば、その分、同じ出来のマジックリングよりも性能を発揮出来るような作りになっている。

 それこそ【流体魔道】で他人の魔力の流れを詳細に視られる俺だからこそ出来る芸当だった。

 だからこそ俺が錬金術をもっと極めれば、いずれは誰にも負けないような性能のマジックリングが作れるはず。

 俺にしか作れないオリジナルの専用リング。それをいつか、姉さんやショットにもプレゼントしてあげたい。

 ちなみにルナとチェリーは魔術師タイプなので、普通にワンドを使った方がいいと思われる。だからいずれはワンド作りも挑戦しようと思っている。

 ……なんか楽しくなってきたな。

 前世ではプラモデル作りでさえ途中で放り出していた俺だが、物作りを突き詰めていくとこんな楽しいものだということを初めて知った。

 なんにせよ、現状でもこれを装備するだけで俺とファラウェイのステータスは上がる。我ながら良い物を作ってしまった。

 しかし、先生がその二つの指輪を指差しながら言ってくる。


「だがよ、そりゃまるでペアリングじゃねえか?」

「え? お、俺は別にそんなつもりじゃ……」

「ケッ、別にいいけどよ。お前とファラウェイが仲良いのは今さらだしな。ハッ! 楽しそうなこって!」


 ヤバい。先生が僻みモードに入ってしまった……。

 最近ではファラウェイが俺のガードをすり抜けて抱き着いてくるたびに先生はこのモードに入る。

 だが、今回の僻みモードは意外と速く終わり、先生はすぐに真面目な顔になる。


「ま、それはそれとして、いつかはあの子のことを真剣に考えてやれよ」

「……はい」


 確かにそうだ。俺はファラウェイの好意に甘えっぱなしだ。

 俺はいつかスカイフィールドに帰らなければならない。少なくてもそのことはしっかり伝えなければ……。

 だが、先生はというと、我に返ったように自嘲気味に笑い、


「ふっ、俺はガキ相手に何を言ってるんだかな。やっぱり今の言葉は忘れろ。お前はどうも子供っぽくないからつい同等に扱っちまう」


 中身はあなたより年上ですからね……。


「ま、どんな形でもいい。あの子のことは大事にしてやってくれ。俺が望むのはそれだけだ」

「先生……」


 ………。

 そうだな。それだけは違えることはすまい。

 ――どんな形であれ、俺はファラウェイのことを大事にする。

 これから先、互いにどのような道を進むことになるかはまだ分からない。だからこそ今はそのように誓うだけである。


「それはそれとして、美少女作りも忘れてもらっちゃ困るからな」

「先生……」


 せっかく感動していたのに台無しだった。

 まあ、忘れないけど……。先生が言う通り、それはそれ、これはこれである。

 そうやっていつも通りのノリに戻ってきた時だ。

 唐突に、俺はある魔力を感知する。

 ! これは……。

 ――敵か?

 実は、俺はある魔道具をこの町の四方の至る所に設置しておいた。手で掴めるくらいの大きさの、見かけは単なる鉄球の魔道具で、一定以上の魔力を感知したら、周囲の魔力を吸収して、パッと魔力を弾けさすアイテムだ。これもまた魔力が視える俺だからこそ使える専用のアイテムである。

 ただ、これは作りがシンプルなだけに作るのにはそんなに苦労しなかった。

 弾ける魔力は微量だが、要はその魔力の変化さえ感じ取れればいいわけだ。

 ちなみに検知する魔力は、検知範囲に入った集団の総魔力か、一定以上洗練された魔力に反応するようになっている。

 いずれにせよ――そんな魔力の持ち主がこの町に入ってきた時点で異常だ。


「先生、すいません! 少し席を外します!」

「お、おい!」


 俺はすぐに研究室を出る。

 後ろから先生の叫び声が聞こえてくるものの、申し訳ないが時間がない。

 俺はそのまま階段を駆け上がり、家を飛び出た。

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