第28話 さらなる成長と予兆

 姉さんが俺の家に住むようになってから一年が経過した。

 当初の「ルナの友達」を作るという件だが、最初はケンカばかりでどうなることかと思ったし今でもまだケンカばかりしているけど、それでも何となく仲良くはなっている気はする。

 俺にとっては姉さんと妹がケンカしているわけで、まるで本当の姉が出来たかのようだった。

 たまに遊びに来るショットとチェリーもルナの相手をしてくれるし、俺から見てもルナの表情は前よりも明るくなったと思う。まあショットはルナのことをからかってばかりだが……。

 一方で魔術と武術の進捗も悪くない。

 特に魔術の方は時空魔術の研究に当てていた時間を他の魔術の練習に回せたおかげでさらにレベルが上がっている。

 特にそんな中でまた一つ【流体魔道】の新たな境地を開けそうな気がしていた。

 具体的に言うと、俺は今【流体魔道】で攻撃魔術そのものに干渉できないかと考えている最中。

 もう少し分かり易く説明すると、敵から放たれた攻撃魔術の術式を掻き乱すことによって、攻撃魔術そのものを掻き消せないかと検討しているのである。

 それが出来れば実質、対魔術師戦は無敵だ。なにせ魔術が効かないことと同義なのだから。

 しかし冷静に考えて、かなりの速度で迫ってくる攻撃魔術の術式を書き換えるのは相当難しいだろうことは想像に難くない。

 何故なら目前に迫って着弾するまでのほんの僅かな間に書き換えるのはとてつもない早業でなければならないから。そんな速度で魔術式を書き換えるのはそれこそ神業に等しい。

 まあ何にせよ一度練習してみようと思っているところだ。

 その相手として選んだのはチェリーである。


「じゃあチェリー、頼むよ」

「ほ、本当にいいのかい?」


 空中庭園で向き合うチェリーがおどおどした感じで聞いてくる。

 まあ、仲間に向かって攻撃魔術を撃てなどと言われたら誰だって躊躇うだろう。

 ちなみにどうしてチェリーを相手に選んだかと言うと、ルナでは多分俺に向かって本気で攻撃魔術を撃てないし、ショットは身体強化以外の魔術が苦手だ。

 残るは姉さんかチェリーだが、この実験をするにあたって必要なのは、正確に俺が求める狙いと速度と威力を均一に出せる魔力コントロールであり、その点でより魔力コントロールに優れるチェリーに頼んだというわけだ。

 特に魔力コントロールは必須であり、チェリーには俺の目の前で、俺には当てずに雷の魔術を二又に分けてほしいというかなり難しい注文をしてある。こんなこと普通の魔術師には頼めないし、チェリーじゃないと出来ない芸当だ。

 それに実際のところ視認しづらいルナの風魔術よりも、視認しやすいチェリーの雷魔術の方がやりやすいというのもある。


「ぼ、僕も最大限コントロールは気を付けるけど、エイビーも気を付けてね?」

「ああ、ありがとうチェリー」

「う、ううん。エイビーの役に立てるのは嬉しいからね」

「悪いな」


 そうやって言い合っていると、横から舌打ちが二つ聞こえてくる。姉さんとルナだ。

「いちゃいちゃしてんじゃねえぞ」的なセリフが聞こえてくるが、よく考えて欲しい。彼女は……チェリーは男だ。あ、彼女って言っちゃった。つまり姉さんとルナの指摘は正しかった件。

 俺は悪くない。チェリーが可愛いのが悪い。

 以上、俺に罪がないことは証明された。

 まあチェリーは男だからイチャイチャしても罪悪感に襲われないのがお得だ。でも友達相手にドキドキするのはどうなの? という罪悪感には襲われる。つまり結局のところやっぱり俺が悪い気がしてきた。

 なんだかよく分からなくなってきたので、俺は実験に集中することにする。


「じゃ、じゃあ、行くよ?」

「ああ、来い」


 チェリーが目を瞑り体内魔力を操り始めると、やがてチェリーの体が青白い雷で覆われ、


「雷よ! 空(くう)を切り裂け!」


 チェリーの掌から青白い雷が迸った。

 雷の魔術は全ての魔術の中でも目標までの到達速度が速い部類に入る。なにせ電気の魔術だから。

 あっという間に俺の前まで到達すると、チェリーの雷魔術はリクエスト通り目の前で二つに分かれ、俺を避けて後ろの地面へと突き刺さる。

 チェリーが魔力を注ぎ続けてくれる限り現状は維持される。つまり俺の目の前にはまだ雷魔術がある状態だ。

 そこに向かって俺は手を伸ばしていく。何故なら【流体魔道】で魔術の構築を打ち消すには、魔術に直接触れて術式を書き換える必要があるからだ。

 チェリーの雷魔術に流れる魔力を受け流すような感じで雷魔術に触れる。

 すると一瞬バチッと電気が弾け、物凄い抵抗感に襲われるが、何とか感電することはなかった。

 ただその抵抗感はかなり大きく、このまま手を突っ込んでいたらいつ感電してもおかしくはない。

 俺はその抵抗感に抗いつつ、雷魔術の術式を書き換えるために集中する。

 が……これはヤバい。常に新しい雷魔術の術式が更新されている状態では、その術式を書き換えるなんてことは相当に骨が折れる作業だった。魔術そのものがその場に留まってくれているなら問題はないのだが、それでは意味が無い。本来は俺に襲い掛かってくる魔術を消せなければならないのだから。

 それでも……俺は刹那の瞬間、術式の書き換えに成功する。その証拠に雷魔術が一瞬だけ搔き消えた。

 ……やった! 上手くいった!

 しかし結論から言えばそれは失敗も同然だった。

 何故なら消えた魔術はほんの一瞬、それもほんのちょっとだけで、すぐに新しい雷魔術によって更新されてしまったから。

 結果、どうなったか。

 俺は感電した。


「うびdべべべべべbッ!!?」


 声にならない声が出た。


「エイビー!?」

「兄様!?」

「ほれ、油断するからそうなる。お主の唯一の悪い癖じゃ」


 さすが慣れたもので、姉さんだけは冷静に指摘してくれた。姉さんとの模擬戦でも油断を突かれて何度痛い目を見たか分からないからなぁ……(ビリビリ)。

 チェリーはすぐに魔術を止めてくれたが、俺の体は至る所から煙が上がっていた。

 と、そこでどこからともなくオキクが現れる。


「坊ちゃま。お館様がお呼びです」

「……おじ……父上が?」


 あの叔父が俺のことを呼び出すなんて珍しい。

 取りあえず起き上がるか。


「よいしょっと」


 何事もなかったように立ち上がる俺を見て驚くルナとチェリーだった。


「誰が鍛えたと思っておる?」


 一方で姉さんは誇らしげだったが、


「お館様はストロベリー様もご一緒にいらして欲しいとのことです」

「……なに、ワシも?」

「はい」

「……ふむ。承わったとお伝え下され」

「承知いたしました。では」


 再び目の前から消えるオキク。慣れたもので、もはや誰もつっこまない。


「ワシとエイビーが揃って来るようにとは、一体何の用じゃろうな?」


 確かに二人揃ってというのが不思議だった。今までこんなことは一度もない。

 首を傾げながらも俺と姉さんは、一緒に叔父のいる執務室へと足を向けた。



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