第27話 【時空魔術】が使えた! ~特殊相対性理論と時空魔術の関係性について~

 ストロベリー姉さんが家に来てからも、俺の【時空魔術】に対する研究は続けられている。

 静寂の図書室――

 姉さんとルナが俺の両隣で自分の魔術の勉強をしている中、俺は独自の論理を記した用紙をテーブルいっぱいに広げながら、最後のまとめを綴っていた。

 カリカリと用紙にペンを走らせる音を響かせていると、気になったのか姉さんが顔を覗かせてくる。


「随分と熱心に励んでおるのう」


 姉さんが感心したような声を上げ、逆隣からルナも顔を近付けてきて、


「ふふん、当たり前です。兄様は天才ですけど努力も怠らない勤勉なお方ですから」

「なぜ貴様が得意げなんじゃ……。しかし、見てもまったく何を書いてあるのか理解できんのう。こんなものをすらすら書き上げるとは、やっぱりエイビーは大したものじゃ」

「当たり前です。兄様はわたくしたち凡人とは頭の出来が違いますから」

「ふっ、『スカイフィールドの鬼才』と呼ばれる貴様に凡人と言わしめるか」

「わたくしなど兄様に比べたらとても……」


 何やら言い合っているが、俺の耳には入ってこない。何故なら研究は最終段階に入っていたから。

 俺は最後のまとめを書き上げると、大きく息を吐く。


 ――もしかしたら、これで【時空魔術】が使えるかもしれない。


 研究をまとめ上げた俺の胸はドキドキと逸っていた。

 ……思えば長いこと研究していたものだ。

【時空魔術】の理論。それは本当に難解なものだった。

 まず、時空魔術は【時】と【空間】を操る魔術であり、つまり【時】と【空間】に関する知識と認識がなければ発動出来ない魔術である。

 ここで重要なのは【時】と【空間】には相互関係があるということ。いや、同じものであると言った方が適切かもしれない。【時】は【空間】であり、【空間】は【時】そのものなのである。

 日本で暮らしていた俺にとって、この概念が最もピンとこないものだった。

 何で【空間】と【時】が同じものなんだよ……。ずっとそう思っていた。

 しかし必死で勉強している内に、少しずつ独自の見解で【時】と【空間】の概念の謎をひも解いていった。

 確かに考えてみれば【時】が存在するのは【空間】の中である。宇宙そのものを【空間】とするなら、確かにその中には【時】が存在していることになる。

 逆にこの宇宙の外には時間という概念が存在しているかどうか誰にも分からない。もしくは世界の外は時間の進み方が違うかもしれない。

 ちなみに、元いた世界で最もこの概念に近い考え方が特殊相対性理論である。

 特殊相対性理論も時間と空間に相互関係が求められた(中二病にかかっていた時に調べたことがある)。

 だが、時空魔術の理論は特殊相対性理論に対して一歩先に進んでいるとも、一歩後退しているとも表現出来る。つまり根源的理論は同じながらも思考の派生先が違うと言える。

 なにせ時空魔術はその名の通り【魔術】。特殊相対性理論×魔術で表される、言わば科学×魔術の理論なのだ。

 一番分かり易い言い方で説明すると、つまり、相対性理論を魔術で強制的に発動させちゃおうというのが時空魔術であるということだが、しかし、同時に全く違う理論とも言えた。

 相対性理論に魔術を混ぜることは、それだけ理論を難解にしていた。


 ただ、それが今、解けかかっている。


 今までは魔術で光や重力を操って無理矢理に特殊相対性理論を発動させようとしていたが、しかしある時、それでは【時】は操ることが出来ても【空間】は操ることが出来ないことに気付き、それでは【時空魔術】の理論とは外れることを悟った。

 そこで俺は発想の転換を図った。

 そこからも紆余曲折はあったが、分かり易く説明するとしたらこうだ。

 ある因子により【空間】も【時】も同時に歪む。その【ある因子】に魔術を利用する。

 それにより自由に【空間】と【時】を操る。

 ――それが時空魔術の極意。

 これが現段階での俺の見解である。

 正直言ってこれは特殊相対性理論を知っていたからこそ辿りつけた思考的論理であり、これが本当に正しいかどうかはまだ分からない。

 ただ、もしこの世界で独自の見解からこの論理に辿り着いた人がいたとしたら、その人は紛れもなく天才である。


 何はともあれ、とにかく試してみよう。


 それにより研究の成否が問われるのだから。

 成功すればよし。失敗すればまた一から理論を構築し直さなければならない。


「よし、やるぞ」


 俺は椅子から立ち上がった。

 そして振り返ってみると、そこではルナと姉さんが取っ組み合いのけんかをしていてびっくりした。


「……何やってるの?」

「ひえ、ふぁんでもないれふ」

「ほうじゃ。ひにしぇふふぇんひゅうほふぁんふぁるふぁほい」


 彼女たちはお互いの頬を引っ張り合っているため何を言っているのか全く分からない。

 どうやら俺が研究に打ち込んでいる間にまた言い合いになってケンカに発展していたようだが……まあ、いつものことか。そう思えるくらいにはここ最近では割と見慣れた光景だった。

 俺は気にせずひらけたスペースに移動すると、魔術を使うために精神を統一させる。

 ……ようやく研究の成果が試される時が来たのだ。ドキドキする……。


「む。エイビーが何かするつもりじゃぞ」

「こうしてはいられませんわ。歴史的瞬間をこの目に納めなければ」


 そのように言い合って、乱れていた薄い桃色の髪と金色の髪をそれぞれ整えると、俺の後ろでぴたりと止まった。

 ……大げさだな。

 いや、気を散らさないようにしなければ。集中、集中。

 俺は【流体魔道】を発動し、周りにある魔力を体内に取り込み始める。

 ある程度魔力を取り込むと、今度は空間そのものを構成している【因子】を魔術で意図的に歪めていく。

 この【因子】は光と重力で空間を歪める相対性理論を試した時にその存在を認知した。

 今はその【因子】を直接魔術で歪めようとしている……のだが、これが中々難しい。空間を歪めることそれ自体がかなりの力技である上に、決まった形で空間を歪めなければならないので、とてつもなく繊細な魔力コントロールを要求される。

 つまり魔力と魔力コントロールの二つが卓越しているほど【空間】も【時】も大きく操れることになるし、そもそも一定のラインを超えていなければ発動すら出来ない。

 しかもその二つを難しくするのが【流体魔道】なのだが……しかし、【流体魔道】だからこそ魔力を途切れることなく供給し続けられる。

 繊細に、それでいて大胆に、【因子】に魔術で負荷をかけ、空間を歪めていく。

 すると――

 ぐにゃり。

 まさにそんな感じで目の前の空間が目に見える形で崩れていった。

 ただし、それは魔力的認知でしか見えないものである。

 ただ、最終的に、魔力的認知でしか知覚できない空間がぽっかりと開いていた。

 間違いなくこの世界とは別の次元に存在するかの如き空間が目の前に開いているのである。


「でき……た……」


 俺は茫然と呟く。

 容量的にはリュック一つ分くらいだろうか? そのくらいの大きさの穴が正方形の形で目の前にぽっかりと空いていた。

 目の前の空間を維持するため俺は魔力を供給し続けている。しかし俺の【流体魔道】は魔力が半永久的に使えるので途切れることなく魔力を注ぐことが出来ていた。


「兄様。それは一体なんですか?」


 目の前に開かれている空間を見てルナが不思議そうに首を傾げていた。


「これは時空魔術だよ」

「これが、ですか?」

「何やら想像していたものと違うのう」


 姉さんも同じように首を傾げている。

 ここはひとつこれの有用性を実際に見せて上げた方が早そうだ。


「姉さん、戟を貸してもらってもいい?」


 姉さんがいつも肌身離さず持ち歩いている巨大な戟――今は壁に立てかけてあるその戟を俺は求めた。


「別によいが……どうするのじゃ、こんなもん?」


 俺は姉さんから巨大な戟を受け取ると、


「まあ見てて」


 まずは目の前に開いた空間を魔術で操って少しずつ形を変えていき、それを細長い長方形の形にした。

 そしてそこに姉さんから借りた戟をすっぽりと収める。

 そしてまた魔術で空間を操り、戟を収めた空間そのものを消し去ってしまった。

 そこに何も無くなった空間を見て、姉さんが焦り出す。


「わ、ワシの戟が無くなってしまったぞい!?」


 焦っている姉さんはちょっと可愛かった。

 姉さんが空間に向かって手を伸ばすが、無論そこには何もなく、彼女の手は空を切るだけ。

 俺はそこから移動すると、今度は別の空間に向かって魔術を操り、空間を創り出す。

 するとそこから先程収納した姉さんの巨大戟が出現した。


「ぬお!? さっきはこっちに消えたはずなのに、全く違う場所から出てきたぞ!?」

「わ、わたくしも何が何だか……」


 二人とも混乱しているようだ。

 しかし無理もない。これは時空魔術について勉強した者でなければ原理を理解できないだろうから。

 ちなみに先程作った空間はずっと俺の前に存在していたのだ。この世界とは別の次元で。ただし、本物の異次元ではなく、疑次元というべきものだが。

 俺は場所を移動して、それをまたこの世界に顕現させただけに過ぎない。


「簡単に言うと、別次元のリュックサックみたいなものだよ。異空間のリュックの中に物を収納して、好きな時にそれを取り出すことが出来るんだ」


 ざっくり説明すればそういうことである。大分ざっくり説明したが……。


「す、すごいのう……。すごすぎて今一つピンとこないが……」

「さ、さすが兄様ですわ! ついに時空魔術をご自分のものにされたのですね!?」


 俺は頷く。


「ああ。これで時空魔術の原理は掴んだと思う。あとはもっとこの魔術を自由に扱うために練習あるのみだ」


 操る空間を大きくするためにはもっと繊細な魔力コントロールと一度に使える魔力の量を増やさなければならない。そのためにはまた瞑想あるのみだろう。

 恐らくこの空間の中の時間も任意で操れるはずだ。

 ただし、恐らく時間を戻すことは不可能。今のところ論理的に無理としか言いようがない。

 あくまで時間の進みを遅くすることが限界であり、現段階ではそこまで極端にお遅くすることは出来ない。ここら辺もまだ要練習というわけだ。

 時間を操る魔術に関しては、恐らく自分自身にも応用できるはず。もっと色々と試していきたい。

 何にせよ、とにかくこれで目標としていた【アイテムボックス】の魔術が完成した。

 これならいつ追放されても大丈夫だ。

 追放されるのにポジティブなのもどうかと思うが、しかし実際に自らの手で持ち運びするアイテムの量を減らして旅を出来るようになったのは大きい。

 今はまだ創造出来る空間そのものが小さいから全てのアイテムを収納することは不可能かもしれないが、いずれは自分が所有するアイテムを全て収納出来るくらいに大きな空間を操れるようにならねば。

 そうすれば旅だけでなく、例えばダンジョンに潜った時も大量のアイテムを持ち帰ってくることが出来るかも知れない。はたまた弓を極めればほぼ永遠に矢が尽きない弓士になることだって可能だ。

 他にも戦闘中にシームレスにアイテムの取り出しや武器の切り替えだって出来る。

 夢が広がるな……!


「ほ、本当に大した奴じゃのう。ワシの知る限り、時空魔術使いはこれで大賢者と合わせて史上二人目じゃぞ!?」

「兄様は凄すぎます。ルナは……ルナは鼻が高うございます!」


 姉さんは茫然とした感じでそのように言い、ルナは神に祈るが如く胸の前で手を組んで目を潤ませてこちらをじっと見つめていた。

 特にルナは若干キャラが変わるくらいに感動してくれている。

 ただなあ……この魔術を会得した理由が主に追放されてしまうからであることを彼女に言わなければならないのは気が重い。

 言わなければならないのだが……やっぱり言いづらいな。

 まあ成人するまでまだ時間はあることだし、もう少し経って、ルナがもっと落ち着いてから伝えることにしよう。

 俺はそのように決めた。


「本当に大したものじゃ。お主は既に賢者の領域に足を踏み入れたのじゃ。お主はもはや誰にバカにされることもない。胸を張れ。よくやった」


 姉さんがべた褒めしてくれる。滅多に褒めない姉さんに言われると、ちょっとくるものがあるな……。


「はぁ……兄様……しゅごい」


 一方で俺を見るルナの目が怪しい。大丈夫かこの子?

 とか思っていたら、不意に俺の頭が柔らかいものに包まれる。

 そして耳元で声が響いた。


「さすが坊ちゃまです」


 うお!? オキク!? いつの間に真後ろに!?

 どうやら以前、俺がオキクの気配に気付いたことが彼女の矜持を甚く損なわせたらしく、あれ以来、オキクは隠れて修行していた気配があった。おかげで今では元々掴み辛かった彼女の気配がさらに掴み辛いものになっている。

 どうやら体内の魔力を空気と同化させているらしく、【流体魔道】でも掴めないのだ。そんな事を出来るのは俺が見てきた限りオキクだけである。……どれだけ負けず嫌いなのこの子……。


「わたしはずっと坊ちゃまが努力してきているところを見てきました。これであなたの成果が一つ表に出たのです。今までよく頑張りましたね」


 オキクはそう言って俺を抱き寄せたまま頭を撫でてくれる。正直とても心地良かった。

 こんなにもみんなに褒めてもらえるなんて、今まで頑張って来て本当によかったと思ってしまう。

 やっぱり努力って大事だ。もっと努力しよう。

 俺は密かにそのように決めた。



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