第18話 強さの指標

 叔父を説得。

 それを考えただけで胃の上の方がきりきりと痛んでくる。俺、どれだけ叔父のことが苦手なの……。

 しかし、ルナのことをどうにかするためには叔父の説得は避けては通れない道。覚悟を決めるしかない。

 俺は息を吐くと、執務室の前にいる衛兵兼メイド長の女性に声を掛けた。


「あの……父上に会いたいのですが」

「ご主人様ですか? 少々お待ちください」


 ちなみにこのメイド長はかなり強い。叔父を抜いたら間違いなくこの屋敷でナンバーワンの実力の持ち主だ。

 でも……今の俺なら倒せるだろうか? やり方次第ではそれも十分可能だろう。

 昔はまるで敵う気がしなかったが、俺はやはり成長しているようだ。

 というか強い者を見ると倒せるかどうか考えてしまうなんて俺はどこかの戦闘民族かな?

 しばらくすると彼女が部屋の中から戻ってきた。


「ご主人様がお会いしてもよいとおっしゃっています。どうぞ」


 そう言ってメイド長は俺のことを部屋の中へと通してくれる。

 すんなり通してくれるとは思っていなかったので俺は少し拍子抜けしてしまう。いざとなったら無理矢理にでも押し通ろうと思っていたのだが……。

 俺が自分の意思でこの部屋に来たのは初めてのことなので、何事かとでも思われたのだろうか?

 ……まあいいや。とにかく会えればそれでいいのだから。

 いい匂いのするブロンド髪のメイド長の横を通ると、いつも通り机に座って書類と睨み合っている叔父の姿が見えてきた。その姿からは相変わらず冷たい印象を受ける。


「何の用だ? 見ての通り私は忙しい」


 相変わらず俺のことなど眼中にないような感じである。

 というかあんたって俺と会う時、基本的に忙しくない時がないよね? そんな嫌味を言いそうになるのをグッと堪える俺。

 ちなみに叔父はまだ二十代の若手なので、前世と合わせれば俺の方がよほど年上だ。だから何って感じだが……。


「ルナのことで話があって参りました」

「なんだ」


 話がルナのことに及んでも顔を上げようとはしない。

 一瞬ぶん殴ってやろうかとも思ったが、もちろん勝てないのでそんなことはしない。

 悔しいが、【流体魔道】を極めれば極めるほど、この叔父の凄さが理解出来てしまう。

 俺は間違いなく彼に追い付いて来ているはずなのだが、同時に引き離される感覚にも陥っていた。

 彼の中の魔力の質も流れも、常人のそれとはあまりにも違う。

 それでも俺はきっとそう遠くない内に俺は彼に追い付くことだろう。いや、追い抜く自信はある。

 しかし、今はまるで勝てるビジョンが見えない。

 ……これが帝国一と謳われる魔術師……。

 俺は叔父がルナに手を出す前に彼を倒さねばならない。

 ルナが成人するまでがぎりぎりの期限だな……。

 それまでにせいぜい奥の手をたくさん用意しておくことにしよう。

 今はとにかくルナのことだ。


「どうにかルナを外に出せないでしょうか?」

「ダメだ」


 一蹴。まるで有無を言わせない言い方だった。


「しかし、今のままでは妹があまりにも不憫です」

「それでも外に出すわけにはいかん」

「……それはルナが誰かに狙われているからでしょうか?」


 そこで初めて叔父の手が止まった。

 そしてじろりと俺のことを睨み付けてくる。


「どうしてそう思う?」

「逆にそれ以外思いつきませんが」

「………」

「………」


 俺たちは睨み合った。


「ルナは誰に狙われているのですか?」

「お前が知る必要はない」


 またそれか……。


「俺は妹のことが心配なんです!」

「だから何だ? お前には関係のないことだ」


 この……!

 俺は思わず飛びかかりそうになるが、しかしぐっと堪える。ここで短気を起こしても何にもならない。


「話があるというから何かと思えばそんなことか。つまらんな」


 ……つまらないだと? 自分の娘のことだぞ……!


「……せめて友達だけでも作ってやることは出来ませんか?」


 俺は食い下がる。どうにかしてルナの環境を改善してやりたかった。

 すると、奴は薄い笑みを浮かべたではないか。


「だったら将来、お前は私の前から消えてくれるか?」

「え?」

「このスカイフィールドの家を出て行けと言っている。魔力もないくせに義理で養ってやっていることも分からず、分を弁えず物を言ってくる……一体何様だ、貴様?」


 その目は笑っていなかった。叔父は背筋がとてつもなく寒くなるような目をしていた。


「将来、この家を出て行け。そして二度とスカイフィールドを名乗るな。それを約束するならルナの件、考えてやらんでもない」

「………!」


 ……俺がこの家を出て行く代わりにルナのことを何とかしてくれるというのか……。

 だったら、俺の答えは決まっていた。


「その条件でいいんですね? だったらよろしくお願いします」


 叔父の眉がぴくりと動く。


「……ほう。この家から出て行くというのか?」

「はい。出て行きます」

「……いいだろう。ならばルナの件、何とかしてやる」

「ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。気分を害して意見を覆されたくないからだ。


「今すぐ出て行けとは言わん。周りの目もある。何も問題を起こさなければ成人するまでは養ってやろう」

「感謝します」

「納得したのなら去れ。私は忙しい」

「はい。失礼いたします」


 俺は淡々と謝辞を述べて執務室を出て行った。

 廊下をしばらく歩いてから、俺は大きく息を吐く。

 ふぅ……ルナの件だけでも何とかなったか。

 でも、俺が家から出て行かねばならないことをどうやってルナに説明しよう?

 それを思うと今から気が重かった。




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