清和の流れを汲む者(一)

 その夜。

 もうすぐ亥一刻(午後九時)になるというのに。ほの暗い私室にて、私は眠れずにいた。 

 寝衣しんいに着替えてからも御帳台へ入る気になれず、唯一の光源である灯明皿の小さな火を見つめていた。

 少しずつ、だが確実に灯芯を燃やしていく火と、自らが火にのまれながらも貴重な油を吸い続ける灯芯。まるで後白河方と崇徳方を表しているようだ。

 『保元の乱』……『源為義』……彼女の教養書の文言が、私の内をぐるぐると渦巻く。

 押し寄せてくる不安を打ち消すように、だが……と胸の内で呟いた。

 源為義公・・・・が『保元の乱』にて落命されたのは、崇徳方の陣営にいらしたからだ。この世界では、源のお祖父様は後白河方にいらっしゃる。北面の武士をお務めなのが、その証拠だ。詰所は鳥羽法皇陛下がおわす北面。仁義に厚いお祖父様は、鳥羽法皇陛下の覚えも良いと聞く。

 ……そうだ。何も案ずることはないではないか。ここは〝平安時代〟とは違うのだ。もし戦になったとて、お祖父様がご無事のまま事が収まるはずだ。

 灯芯がじりじりと燃える音に、庭の蝉の声が重なる。そこへ、


「……若様」


 私を呼ぶ、かすかな低い声がした。この声は……主厨長か。

 極限まで抑えた声であるにも関わらず、御簾と几帳を通ってこちらまで聞こえるとは……やはり特殊な訓練を受けた者に相違ない。 

 入室の許可を出すと、わずかに御簾の動く音がした。瞬く後には、下座に片膝をついて頭を下げる主厨長と、一人の少年の姿があった。


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