魂と記憶

 夜。御帳台にて衾を掛け、就寝前に一日を振り返った。


 神使の方のおかげで、私と彼女の魂はひとつの形となった。厳密には融合ではなく、陰陽の勾玉のように互いを個として認識できる状態だ。彼女は眠っているため、私がふたり分の記憶を持っているとも言える。

 彼女の記憶の中には、様々な年号と出来事が羅列している。例えば、


 大宝元年(七〇一)、大宝律令の完成。

 慶長五年(一六〇〇)、オランダ船リーフデ号が豊後ぶんごに漂着。


 など。試験のために教養書をそのまま暗記したらしい。そのためか簡素な情報がほとんどだ。

 その点からすると『保元の乱』や『平治の乱』の情報は多いほうなのだろう。できればもう少し仔細を知りたいところだが、彼女の知識はそこまでだ。後は書物庫の年代本から、手がかりを得ることができればよいのだが。

 童の身とはいえ、私は知らぬことが多すぎる。大切な者たちを守るため、私は知らねばならぬ。


「……来年……」


 もし来夏に『保元の乱』が起こってしまったら……いや、ここは似た世界・・・・だ。〝平安時代〟ではない。


『歴史は、人々の歩みによって作られるものだから』


 神使の方の声が、脳裏によみがえった。……そうだ。進む道が違えば『保元の乱』は起こらぬやもしれぬ。いや、『保元の乱』へつながるような道は、そもそもないのやもしれぬ。

 私は己に言い聞かせながらも、妙な胸騒ぎを止めることができぬ。心の臓も騒ぎ始め、その鼓動が耳の奥で聞こえるようになった頃。


『浅い呼吸は、視野を狭める。丹田を意識せよ。丹田に呼吸を送りこむのだ』


 ふいに私の内に響いた、源のお祖父様の力強い声。私はハッとした。

 大きく息を吸い、邪念を祓うように深く息を吐いた。

 今の私にできるのは、源氏の次期長の嫡男として日々の生活をきちんと送り、知識を蓄え、詩歌管弦の稽古に励むこと。この不調を脱却すべく快復に努め、明日からも精進して参ることだ。


 私は必ず、最善の道を掴んでみせる。

 大切な彼らを、守るために。


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