Turn258.剣聖『アルギバー対ドリェン』

 町から離れてしばらく森の中を進んだ後、先行していたドリェンが足を止める。

「ここならどうでしょうか?」

 促されて、アルギバーはチラリと後ろを見る──。

 町からはそれなりに離れた場所に来たので、多少は暴れても問題ないだろう。

「ここまで来れば大丈夫そうだな……」

 アルギバーは頷くと、剣を抜いて構えた。ドリェンを鋭い眼光で睨み付けた。

「それで……勇者様に牙を剥く魔物はどこにいる?」

「……さぁ?」

 ドリェンはこの期に及んで、白を切るように肩を竦めた。

「……僕が、それをしている魔物だって言ったら?」

 ドリェンの言葉に、アルギバーは首を振るった。

「残念だが、あんたは違うだろう。一度、俺はその魔物を見たんだ。あのスライムと戦った時に、そこから逃走する老人の姿をね……」

──スライム。

 その言葉を聞いたドリェンの眉がピクリと釣り上がった。

「それに、あんたは啓示のワードには当て嵌まらない」

「当て嵌まらない? どういうことですかね……?」

「俺達が捜しているのは楽器を持った老人だ」

「楽器……老人……。ほぅ……」

 ドリェンは感心したように声を漏らしたものだ。それらのワードはグラハムを連想させるようなものばかりであった。人間風情が、まさかそこまで情報を集めてここに辿り着くとは──と、ドリェンは驚かされたものである。


「あんたらの先生……って奴だろう? 勇者様にチョッカイを出している魔物は……」

 ドリェンの表情が険しくなる。

「どうして先生のことを……? 先生には、手出しはさせませんよ!」

 アルギバーの挑発にまんまと乗せられたドリェンは激高して動揺を見せた。先手必勝とばかりに跳躍し、アルギバーとの間合いを一気に詰めた。

 握った拳で、アルギバーの頬を殴り付ける。

「その先生って奴が、どうやら俺らが捜している人物のようだな……」

 ドリェンの反応から、それが正しいことであるとグラハムは察した。ニヤリとアルギバーが笑みを浮かべると、ドリェンは舌打ちをした。

「先生は……僕が守ります!」

 余程、その『先生』とやらに思い入れがあるのであろう。コトハも何度も『先生』と繰り返し口にしていた。二人にとって大切な存在であるのだろう。


「おりゃぁあああっ!」

 ドリェンは叫び、拳を振るった。

──アルギバーは、体を横にずらしてそれを躱す。

 アッサリとそれを躱すことができた。

 どうやらドリェンは余り戦闘向きではないらしい。力が弱く、攻撃も真っ直ぐで単調だった。

「……あっ!」

 アルギバーが足払いをすると、ドリェンは受け身すら取ることなく地面を転げたものだ。


 すぐに起き上がって体勢を立て直そうとするドリェンだが、その額にアルギバーが剣先を突き付ける。

「その先生とやらの居場所を吐いて貰おうか……」

 ドリェンは黙ったまま、アルギバーを睨み付けた。


 アルギバーは剣先をさらにドリェンへと押し付けて叫ぶ。

「勇者様の身が危ういんだ! ……悪いが、こちらも大人しく解放してやるつもりはないぜ! もしも、口を割らないというのなら、お前の首を吊してその『先生』とやらが自ら出てくるようにしてやるよ」

 ドリェンがグラハムを思うように、アルギバーもまた勇者のことを思っていたのだ。

 アルギバーの言葉に、嘘偽りはないだろう。本当にグラハムを誘き出すためにドリェンの命を奪うという気迫が感じられた。

 ドリェンは身の危険を感じ、血の気が引くのを感じた。このままでは殺されてしまう──しかし当然、だからといって喋るつもりもなかった。

「そうか……」

 そんなドリェンの態度をアルギバーは残念に思った。──が、仕方がない。

 アルギバーは剣を振り上げた。


──ドリェンは死を覚悟して遠くを見詰めたものだ。まだアルギバーたちはグラハムの存在には気が付いていない。あの町でニアミスをしたが、何とか気付かれずにグラハムを逃がすことができた。

 このままグラハムが遠くに逃げ果せ、アルギバーたちに見付からないことをドリェンは切に願ったのだった。


──ベンッ!


 ドリェンはハッとして顔を上げた。

 どこから共なく聞こえて来たその音は──。


──ベンッ、ベンッ!


「たぁあぁあぁあぁあぁ!」

 アルギバーにはその音色が聞こえていないらしい。叫び声を上げ、気合を入れながら剣に力を込めている。


 そして、アルギバーは問答無用に掲げた剣を振り下ろした──。

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