Turn239.勇者『松葉君』

 衝突事故が起こって興が冷めてしまった。何者かにぶつかられ、レジャー気分も引っ込んでしまった。小休止とばかりに僕らは一階に下り、入口付近にあるUFOキャッチャーで遊ぶことにした。

 これなら、誰かに当てられて怪我をするような事態も起きないだろう──。

 一先ず、設置されているゲーム機を見て回り、景品に何があるか調べることにした。お菓子類は勿論のこと、縫いぐるみや日用品など様々な種類の景品が目についた。


「これ、よさそうじゃない……?」

 聖愛が足を止めたのは、白色のフワフワの毛をしたウサギの縫いぐるみが景品となっていた台である。

「……ねぇ、取れないかな?」

 上目遣いに懇願するように聖愛が見てきた。相当、心惹かれたのだろう。

「うーん……やってみようか……」

 UFOキャッチャーなどほとんど触ったことがなかったが、聖愛が欲しがっているので挑戦してみることにした。

 コインを入れると開始の音声が流れる。僕はレバーを操作してアームを動かした。


──横移動。


 縦移動──少しズレた。


 位置が確定し、アームが開いてゆっくりと下りていく。開いたアームの先が縫いぐるみの腹部に当たり、そこで停止してしまう。

 アームはウサギの縫いぐるみの表面を軽く撫でただけで、そのまま上へとあがっていってしまう。

「難しいね……」

 僕はたった一回やっただけで、獲得するのが困難であることを悟ったものだ。



 ◆◆◆



「……取って、あげるよ……」


 聖愛はどうしてもウサギの縫いぐるみが欲しかったらしい。結局、三千円近く使ったが、位置を手前にずらしただけで獲得することは出来なかった。

 聖愛は物欲しそうに指をくわえていたが、取れないのだからどうしようもない。

 諦めることにして、台から離れようとした時──ゴニョゴニョと聞き取りにくい小さな声で、話し掛けられた。

 そこには僕らと同年代くらいの少年が立っていた。猫背気味で前屈みになっていて、前髪が長くざんばら髪をしているのが特徴的であった。

 僕は何となく、この少年をどこかで見たことがあるような気がしたが──思い出せない。

「松葉君……」

 代わりに聖愛が、すぐにそれが誰であるか分かったようで口に出した。

 松葉と呼ばれた少年は、聖愛に覚えてもらっていたことが嬉しかったようだ。名前を呼ばれるとほんのりと頬に朱がかかったようになる。

「松葉君?」

──でも、相変わらず僕はピンと来なかったので首を傾げていた。

「ええ。私と同じクラスの子よ」

 聖愛がそう説明してくれたので、なる程と思った。

 同じ学校内に居れば、廊下でたまたま見掛けることもあっただろう。だから僕も、どこかで見たような気がしていたのだ。

 しかし、何だか最近彼の姿を見たような気もするのだが──まぁそれはどうでも良いことだろう。

 松葉は緊張からか、落ち着きなく青色のシャツのボタンを開けたり閉めたりしていた。


「松葉君も遊びに来ていたの?」

 聖愛が尋ねると、松葉はペコリと頷いた。

「……うん。まぁ、ね……」

 松葉が口の中でボソリと呟く。

 それっきり、会話が続かない──。


 見たところ、松葉は一人で来ているようであった。他に連れの姿などは見られない。暇潰しにゲームでもしに来て、たまたま僕らを見付けて声を掛けてきたのだろう。


 松葉は無言でUFOキャッチャーの前に立つと、ジーッと台の中にある縫いぐるみを見詰めた。何やら頭の中であれこれ思案すると、次いで投入口に硬貨を入れた。


──横移動。

──縦移動。


 アームがゆっくりと下りていく。

 ウサギのこめかみ辺りを、アームは両側から掴んだ。

 アームが上昇していく──。頭でっかちのウサギの縫いぐるみが持ち上げられて宙に浮いた。

 そしてそのまま運ばれていき、降下口へと落とされた。

──ゴトッ!


 縫いぐるみが転がり落ちてくる。

「すごーい!」

 紫亜が感嘆の声を上げるが松葉は特に照れた様子もなく、屈んで中から景品を取り出した。

「……どうぞ……」

 手にしたばかりのウサギの縫いぐるみを聖愛に差し出す。

「あ、ありがとう」

 聖愛は縫いぐるみを受け取ると、それを抱きかかえながら笑みを浮かべたものだ。

 僕は何だか複雑な気持ちであった。

 突然現れた松葉に、全てを横から掻っ攫われたようで面白くはなかった。

──まぁ、いいけどさ……。

 何より、聖愛が欲しがっていた物が彼女の手に渡ったのだから良いではないか。

 そう僕が自分自身を納得させている間に、紫亜が英雄である松葉に尊敬の眼差しを向けた。

「良かったら、一緒に遊ばない?」

「そうね」と、突然の紫亜の誘いに聖愛も同調する。

「縫いぐるみも取ってもらえたから、お礼もしたいもの。一緒にどう?」

 松葉は返事を口にしなかった。代わりに無言でコクリと頷き、僕らに同行することになった。


「……調子はどうかしら?」

 紫亜と聖愛が僕に尋ねてきた。

 元より転んで怪我など負っていないので健康体そのものである。

「うん、気遣いありがとう。大丈夫だよ。また上の階に遊びに行こうよ」

 ここへ来たのは二人が気を使ってくれた──ということもある。十分休憩もできたので、再び施設内を回って体を動かすのも悪くはないだろう。

 僕は率先して歩き出し、上階へ向かうためにエスカレーターの前まで行った。


「宜しくね、松葉君」

 後ろから付いて来る松葉に僕は笑い掛けた。

 同学年で何処かで顔を合わせているかもしれないが、一応初対面であるので愛想よく振る舞った。

──すると、松葉はニッコリと微笑んでくれた。


「……彼女に近付くなって警告したはずだけれどね……。次は、タダじゃ済まさないよ……」

 僕にしか聞こえないような小さな声で、松葉はボソリと呟いたものだ。


 松葉が青色の上着を脱ぐとインナーの黒っぽい服装が露わになる。そして、ポケットから取り出した眼鏡を装着する。

──脳裏に数々の場面がフラッシュバックされた。

 僕の家のインターホンを鳴らした不審者──ローラースケート場で僕にぶつかって来た相手──そのどれもが、どうやら彼の仕業であったらしい。

 僕は背筋に冷たいものを感じて、その場に立ち尽くしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る