Turn236.勇者『ぶつかられる』

「やっぱ、三人だと人数的に辛いものがあるねー」

 ゼェハァと呼吸を荒げながら紫亜が前屈みになる。

 疲労困憊でバスケットボールを終えた僕らは、次いで屋内のローラースケート場へと向かった。

 円形状のホールをヘルメットやサーポーターなどを装着してグルグルと回って滑るらしい。みんな初めてだったので、全身の防具をしっかりと装着してから挑むことにした。

 簡単な受付所に声を掛けて用具を貸して貰う。

「初っ端から疲れたわね……」

 装着しながら聖愛は額の汗を袖で拭った。

 三人でバスケットボールは無謀だった。休み休みやれば良かっただろうが、やっている内に本気になって終始動きっぱなしであった。

 交代で休みを入れていたはずの聖愛と紫亜もクタクタになっていたので、僕などより気を抜けば倒れてしまいそうな状態であった。

 それでも、折角遊びに来たのだから満喫せねば──。無理矢理に足を動かして此処まで来たが、本心で言えば辛い。


「練習しないとね……」

 壁に手を付きながら、紫亜がへっぴり腰のまま進んでいった。聖愛も同様に産まれたての子鹿のように足をガタガタとさせながらバランスを取っている。

「きゃあっ!?」

 聖愛が盛大に尻餅をついた。

「だ、大丈夫!?」

 僕は優雅に滑って、聖愛の元に近付いた。

「え……本当に初めてなの?」

 僕が軽やかに滑っていたので、二人とも驚いたようだ。一歩目から僕は重心の取り方をマスターし、颯爽と滑ることができていた。

「初めてだっての! やったことないし」

 疑いの目を向けてくる聖愛に、僕は苦笑しながら手を差し出した。

 聖愛は僕の手を握って起き上がろうとするが上手く立ち上がれず、再び尻餅をついてしまう。

「仕方ないな……」

 ヤレヤレと思いつつ、僕は聖愛の体を支えて立たせてやった。こんなところで何度も尻餅をつくのは聖愛にとっても不本意であろう。

「ありがとう。も、もうちょっと、紫亜と練習してみるわね……」

 立ち上がったのは良いが、内股で静止したまま動けそうにない。

 仕方ないので聖愛を支えて紫亜のところまで連れて行ってやると、初心者二人で壁を伝いながら基本練習を始めていた。


「あ、駄目駄目! 待って、速いよ!」

「す、滑る……きゃぁあああっ!」


 失礼ながら、そんな二人の姿が微笑ましく思えて、ついついはにかんでしまう。


──『ブツカレ』


「……えっ?」

──声がしたような気がした。

 かと思えば、誰かが猛スピードでこちらに突っ込んできた。

 気付いた時には遅かった。

 僕は後ろから体当たりを食らって、床に前のめりに倒れてしまう。

「痛っ!」

 手をついたが、全身に激しい痛みが走る。

 大声を上げてしまったので、みんなの注目が僕に集まった──。


 僕はぶつかってきた相手の姿を確認すべく、顔を上げた。その相手はいそいそとローラースケート場から逃げて行ったので、何となく黒っぽい服を着た男性のような背中が見えただけで正確に捉えられなかった。


「だ、大丈夫!?」

 満足に滑れもしないのに、聖愛と紫亜も僕を心配して駆け寄ってくれた。

「ああ、うん……」

 上手く受け身を取れたので、痛みだけで怪我はなかった。しかし、アレは何だったのだろう──。

 謝りもせずに走り去って行った男の姿を追うように、僕は出口の方をジーッと見詰めた。

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