Episode005.魔王『逃げ出したお姫様』

 その後、ひと悶着あった。

 城からお姫様は忽然と姿を消してしまった。

 世界中を探させ、ようやく見付けたお姫様は剣聖や大魔導師や賢者のパーティーに護衛されていた。

 下級モンスターではとても歯が立たない──。

 こうして時間を掛けている間にも、勇者が復活するリスクが高まるだけである。

 最早、じっと待ってはいられない。

 魔王直々にお姫様のところに赴き、人間たちを退けた。お姫様を捕えて連れ帰り、魔王城の地下牢へと幽閉した。

 逃げ出さないようにモンスターを配備させ、見張りも付けた。


「これで、人間界征服に集中できるというものですね」

 お姫様探しに躍起になっていた魔王の念願が成就し、幹部であるペデロペはほくそ笑んだ。

「あら、どうかしら?」

 そんなペデロペに、幹部である白刃大蛇子が横から口を挟んだ。

「魔王様の顔は浮かないみたいだけれど」

「なんとっ!?」

 大蛇子に指摘されて、ペデロペは改めて魔王の顔をまじまじと見詰めた。

 もう不安要因はないはずではないのだろうか。

 ペデロペは、魔王を心配したものだ。

「何か至らない点があれば仰ってください。すぐに手配を致しますから」

「いや……」

 魔王は首を振るった。

「この次元から消し去った勇者のことが気掛かりでな……」

 それは、この世界に存在している者にはどうにもできない次元の悩みであった。


「勇者ですって?」

 大蛇子は口元を歪ませながらクスクスと笑う。

「アレは、この世界から葬り去られたと仰っていたじゃないですか」

「まぁ、そうなのだが……」

 それならば、魔王は何を気に掛けているのだろうか。大蛇子は首を傾げたものだ。


──ビービービー!


 不意に、城内に警報音が鳴り響いた。

「何事じゃっ!?」

 真っ先に声を上げたのはペデロペである。配下のモンスターを呼び付けて、報告を聞いた。

「何者かが城内に侵入した模様です。現在、調査中であります」

「ふむ……」

 ペデロペは指示を仰ぐかのように魔王の顔を見た。

 魔王は頷いてみせる。

「お前に任せるとしよう」

「賊がここまで侵入したとしても、私が魔王様をお守りするから大丈夫よ」

 魔王と大蛇子の言葉にペデロペは頷き、配下のモンスターに視線を送る。

「どこだ? 案内しろ」

 身を翻すと、ペデロペは部下のモンスターを従えて玉座の間から出て行った。


──ドーン!

──バーン!


「……あら?」

 次に大きな爆発音が鳴り響いたので、大蛇子は顔を顰めた。それは外からの音であった。一回二回ではない。地雷源に仕掛けた爆弾が爆発したような音であった。

「誰かが地雷でも踏んだのかしら? 結構な数の地雷が踏まれたみたいだから……もしかしたら、人間が兵隊でも連れて攻め込んできているのかしら」

 大蛇子の推測を、魔王は鼻をフンと鳴らして一蹴する。

「人間如きが、何人来ようとも我らに敵うわけがあるまい。この世界に生きとし生けるものが、我に抗うものなどできやせぬ」

 魔王の力強い言葉を称賛し、大蛇子はパチパチと拍手を送った。

「さすが、魔王様ね!」

 うっとりと、惚けた視線を魔王に向けた。



 ◆◆◆



「大変です、魔王様!」

 ドタドタと慌ただしい足音を踏み鳴らし、次に玉座の間に駆け込んできた魔物の表情は険しかった。

「どうしたの?」

 大蛇子の問い掛けに、魔物が叫ぶ。

「お姫様が逃げ出しました!」

 その報告に、魔王は愕然としてしまう。

「なんだと……?」


──ここから魔王の歯車は噛み合わなくなっていくのであった。忍び寄る勇者の影──魔王に災難が降り掛かっていくことになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る