Turn176.魔王軍元賢者『裏切りの理由』

 勇者が魔王の手によりこの世から葬り去られた後のこと──。

 唯一、この世界に存在していた勇者と親しき仲であったお姫様──。

 勇者を脅威と感じて手を下した後に、魔王がお姫様を生かしておくとは考えられない。

 そこで、そんなお姫様を護衛すべく選任されたパーティーメンバーの一人がニュウ・レンリィであった。


 ニュウは当初、かなり不安であった。そんな要人の警護が自分に務まるのか──。勇者に繋がるお姫様の命は、もしかしたらこの世界の明暗を握っているのかもしれない。

 果たして、自分に大役が務まるだろうか──ニュウは同じパーティーメンバーのテラに問い掛けたものである。

「私は回復と補助しか使えませんが、大丈夫でしょうか?」

「ええ。大丈夫よ」

 不安げなニュウに、テラは力強く頷き返してくれた。

 大魔導師と名高いテラなのだ。賢者ニュウ・レンリィの噂も小耳に挟んでいるようだった。

「貴方の魔力は私なんかよりも甚大ですもの。後衛で貴方がお姫様を守ってくれれば、私たちが前衛を頑張るから」

「その通りだ」

 横で話を聞いていた剣聖アルギバーも、テラの言葉に同意して頷いた。彼も、お姫様の護衛役の一人であった。

「俺はただ思い切り暴れさせてもらうだけだ。……お前みたいなのが、後ろに居てくれていると思えば心強いさ」

「足手まといにはならないでよね」

「誰がなるか!」

 テラとアルギバーのやり取りに、ニュウは思わずクスクスと笑ってしまったものだ。

「フッ」と、アルギバーは笑う。

「俺達三人が居れば、どんな相手が来ようとも負ける気がしないね」

「まぁ、そうだけれど……」

 テラは緊張した面持ちのニュウに顔を向ける。

「そう固くならなくて大丈夫よ。もっとリラックスして。笑顔で……」

 テラに促されたニュウは、無理矢理に笑みを浮かべた。どうにもぎこちなく、顔が引き攣ってしまう。

 そんなニュウの表情を見て、テラもアルギバーも笑ってしまう。

「そうそう、それで良いのよ。最後は笑ってお別れしましょう」

「宜しくお願いします」

 二人の温かい言葉に、ニュウの緊張は解れた。


 お姫様も同様にニュウを温かく迎え入れてくれた。

「ニュウ様、宜しくお願い致します。頼りにしておりますわ」

 屈託のない優しい笑顔を浮かべるお姫様──どうやら、心の奥底からニュウのことを信頼してくれているようだ。

 そんなお姫様を命に替えても守り抜くことを、ニュウは心に誓ったのだった。


──ところが、散々たる結果であった。

「マナポート……。フィーリングフォード!」

 ニュウは必死に呪文を唱えた。

 物理攻撃を半減させるシールド──魔法攻撃を反射するバリア──前衛の二人が負傷すればすぐに回復呪文を唱え、敵からお姫様を守り抜くことだけに尽力を注いだ。

 魔力を惜しまず、あらゆる呪文を唱えた。

──絶対にお姫様だけは死守しなければならない。


「はぁ……はぁ……」

 呼吸を乱し、肩で息を吐くニュウであったが、戦意をまだ失われたわけではない。疲労で最早立っていることすら限界であったが、手を掲げて仲間たちに向かって呪文を唱える。──全ては、勝つためだ。

「キュア・ポート……」

 ニュウの手の中で僅かに何かが輝いた──が、その光はすぐに消えてしまう。

──この状況で、ついにニュウの魔力も尽きてしまったのだ。

「そ、そんな……」

 絶句しながらニュウは戦場を見詰めた。

 視線の先には、相変わらず微動だにせず立ち尽くしている最大の敵──魔王。

 そして、立っているだけでやっとな仲間たちの姿──。

 魔王が手を振るうと、衝撃波で前衛の二人は吹き飛んだ。

「ぐわぁあぁああ!」

「きゃぁあぁあぁ!」

 アルギバーは持っていた剣を離し、テラは壁に頭を打って気絶してしまう。


 立ち塞がる者が居なくなり、魔王はゆっくりとニュウに向かって歩いた。その肌にはなんの傷もなく、衣服の乱れすらない──。

「どうしてよ!」

 ニュウは悲鳴に近い叫びを上げた。

 無尽蔵とも呼ばれるニュウの魔力を使い果たしてまで、仲間のためにサポートをしたのだ。

──それなのに、魔王はそこに健在していた。

 倒れているのは仲間たちの方であった。

「どうして……そんなことが!」

 信じられなかった。

 命に替えてもお姫様を守り抜くと誓い合ったのに──。


 抗う力すら残されていないニュウに、魔王がぬっと手を伸ばしてきた。

 ニュウの視界は塞がれて、世界が暗転してしまう。

 真っ暗な闇に染まったニュウには、周囲の雑音など耳に入らなくなっていた──。



 ◆◆◆



 目を覚したニュウは、慌ててお姫様の所在を確認した。守り抜くと誓ったお姫様の姿は、そこにはなかった。

 魔王に、攫われてしまったのだ。


「……クソッ!」

 剣聖アルギバーが唇を噛み、悔しそうに地面を叩いた。

「みんな良くやったわよ。これは……仕方のないことだわ……」

 テラは顔を伏せた。

 敗北したが誰も批判するようなことはせず、慰めの言葉を掛けていた。


──違う。


 ニュウの思考回路は、それとは異なっていた。

 自分がこれ程に大量の魔力を消費したというのに、前衛の二人は何をしていたのだろうか──。

 慰め合うテラとアルギバーの姿が憎らしく見えた。

──これは、攻撃組の怠慢が招いた結果なのだ。

 さっさと魔王を倒さなかった。力を出し惜しみして長期戦に持ち込んだ──だから、お姫様は攫われてしまった。

 怠慢だ──これは、裏切りなんだ──。

──許せない。

 ニュウは憎しみの感情にとらわれ、二人を睨み付けた。


「ごめんなさいね。貴方もここまで頑張ってくれたのに……」

 テラがニュウに気遣いの言葉をかけるが、それも欺瞞に聞こえてならなかった。

 ニュウは激しい憎悪を──敵意を二人に向けた。

「私……あなた達のことを許さないから……」

 そして、怨み節の言葉を残して、二人の前から姿を消してしまったのだった。

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