Turn168.書士『それぞれの技能』
「ふぅむ……できたわい。しかしのぅ……」
カイは額の汗を袖で拭いながら作り上げた許可書を見て、溜め息を吐いたものである。
──確かに見た目は完璧だ。紙の材質も、魔王城のスタンプもそれと同一だ。
ところが、本物の許可書にしては何かが足りない。
カイはブラックシャドウナイトが握っている本物の許可書に触れる。自分の作り上げたものとの差異をじっくりと確かめるように、カイは目を閉じて神経を集中させた──。
「どうやら、これには魔力が施されているようじゃのう。見た目をどんなに似せたところで、それに施された魔力を付けなければどうにもならんか……」
魔王のスタンプ──。
それが本物の魔王から許可が下りていることを示すため、魔力が込められているようであった。
カイには許可書を偽造する能力はあっても、それに魔力を込めるような技術は持ち合わせていなかった。
これ以上は、カイだけではどうにもできない──。
しかし、カイにはこの問題を解決する心当たりがあった。
「そんな芸当ができるとすれば……」
静止した依り代たちの顔を見回す。
術式に長けた人物──司書であるノリット・ソートであれば、何か力を貸してはくれないだろうか。
自然とカイの手はノリットへと伸び、その肩に触れたものである。
「……あれ?」
そんなカイの思いが通じたのか。
この停止した時間の中で、カイと同様にノリットまでもが動き出す。
「これは……どういう状況なんでしょうか?」
ノリットは驚いた様子もなく当然のように動き回っているカイが何事かの事情を知っていると思って尋ねた。
「今、偽造の許可書を作っとるんじゃが、どうにも魔力が込められなくてのぅ。……お前さんに、そんな芸当はできんか?」
カイは作ったばかりの偽物の許可書をノリットへと差し出す。状況が分からないノリットは偽物の許可書を受け取りつつも、困惑して目を丸くしていた。
「これは……番兵たちが要求してきたものと、そっくりじゃないですか!?」
「そうなんじゃが、まだ魔力を込められておらんのじゃ。……で、どうなんじゃ?」
「はぁ……。多分、可能だと思いますよ。……やってみますね」
ノリットは頷くと、許可書に手の平を掲げた。そして目を瞑り、意識を集中させた──。
許可書に押された魔王のスタンプが、何やら魔力を帯びたように発光し始める。
ノリットは目を開けると、フゥと息を吐いた。
「これで、恐らく大丈夫だと思いますよ」
「おおっ! さすがじゃ!」
カイは感嘆の声を上げ、ノリットの技術を賞賛したのだった。
二人が目を合わせ、ニッコリと笑った時である──。
◆◆◆
『どうした? 許可書が出せぬというのか?』
ブラックシャドウナイトは、通行の許可書を提示しようとしないピピリのことを段々と怪しんできたようである。
最早、否定することすら許さぬように、剣先をピピリに向けて返答を誤れば切り付けようとしていた。
「うぅ〜んなのね……」
苦しい状況に追い込まれたピピリ──そんな彼女の後ろ手に、カイは偽造した許可書を握らせた。
ピピリは始め、カイから何を渡されたのか分からなかった。ところが、手にしたそれを見てニヤリと口元を歪ませたものだ。
「あんまり無礼な態度を取ると、後で魔王様にどやされることになるのね」
『許可書のない者は、誰であろうと切り捨てて構わんと命じられておる! 許可なく侵入しようとする方が悪いのではないか!』
そろそろブラックシャドウナイトも殺気立ってきた。余り時間を引き延ばすのは得策ではないような気がしてきた。
ピピリはカイに渡されたその許可書をブラックシャドウナイトたちに突き出した。
「それなら、これを見るのね!」
ピピリが掲げたその通行許可書を、ブラックシャドウナイトたちはまじまじと見詰めた。──自分たちが見本として持たされている原本とを交互に見比べて吟味する──。
ピピリはおろか偽造の通行許可書を作成したカイやノリットも冷や汗を浮かべたものである。もしもこれが偽物と分かれば戦闘は避けられないだろう。
そして、結果は──。
『良かろう。通るが良い』
ブラックシャドウナイトたち頷くと、横に避けてピピリたちに道を開けた。
どうやら、ブラックシャドウナイトたちもそれが本物の許可書であると認識してくれたようだ。上手く魔物たちの目を欺くことが出来たらしい。
「最初から、そうしてくれれば良かったのね」
ピピリは額の汗を拭いながら吐き捨てた。
『許可書をさっさと出さないお前が悪いのだろう』
最もなことを言い返されて、ピピリは口籠ってしまう。
「ここの警備は大丈夫なのかね?」
『何人たりとも、通しはせぬさ』
ピピリが尋ねると、ブラックシャドウナイトたちは自信満々にそう答えた。
そんなブラックシャドウナイトたちの鼻を折るかのようにピピリは後方の魔の森を指差す。
「追っ手がいるのだけれどね」
──魔の森から不死身の軍勢が飛び出し、こちらに向かって行進をしてくる。
『な、なんだあれはっ!?』
さすがのブラックシャドウナイトたちも、それには動揺を隠せない様子だ。
『我々が与えられた命は砦を守ること……許可書のない者を砦に侵入させないことだ。誰が相手であろうと、どんな数がいようとも死守するさ!』
それでも、忠義なブラックシャドウナイトは大群を相手に臆した様子はない。
「……それなら、お願いするのね!」
頼りになるブラックシャドウナイトたちに門前を任せて、ピピリたちは砦の中に駆け込んだ。
どれくらい、ブラックシャドウナイトたちは時間を稼いでくれるかは分からない。僅かな時間でも、不死身の軍勢の足止めをしてくれればそれで良い。
その間に、お姫様たちは不死身の軍勢を迎え撃つための準備を始めることにした。
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