Turn164.変装名人『砦を守る闇の騎士』
魔の森を抜け出た一行の目前に、巨大な居城が見えてきた。
「あれは、なんだ……?」
そんなものが此処にあることは、兵士の誰にも心当たりはなかった。
それでも、立派な外壁をしたその城に逃げ込むことができれば不死身の軍勢も迂闊に手出しはできなくなるだろう。
このまま逃げ惑っていても切りがない。いつかは戦わなければならないのだから、此処に籠城して不死身の軍勢を迎え撃とう──。
そうお姫様たちは考えて、この居城に近付いていった。
兵士たちは、これで少し休むことができると胸を撫で下ろしたものである。
──ところが、その気配をいち早く察したのは十三人の依り代たちのヒーリング・フィールドだった。
居城の門前に、鎧を身に纏った番兵らしき二人の姿が目に入る。その番兵を指差しながら、ヒーリングは叫んだものだ。
「あれは人間ではないわ! 魔物の気配がする!」
ヒーリングの言葉で、皆は番兵をマジマジと見詰めた。漆黒色の鎧に身を包んだその兵士たちは──ブラックシャドウナイトと呼ばれる、魔物の一種であった。
それに気が付いた兵士たちは、慌てて足を止める。
「あの砦は、回避した方がいいかもしれないな」
剣聖アルギバーも顔を顰めながら迂回するように提案をした。上位を魔物を相手にまともに戦いを挑めば、多くの死傷者をだすことだろう。
「いえ……」
──ところが、それに異議を唱えたのは言い出しっぺのヒーリングであった。
「ブラックシャドウナイトを上手く使えば、不死の軍勢たちを足止めして貰えるかもしれないわ」
「ああん? どうやって?」
「ブラックシャドウナイトはとても忠義なモンスターよ。あの場所を守るように言い付けられているようだから、正当な理由さえあれば通して貰えるでしょう。砦の中にさえ侵入できれば、不死の軍勢たちも迂闊には手出しできなくなるでしょうね」
「そう上手くいくかね……」
剣聖アルギバーが鼻を鳴らした。
「化けるのなら私にお任せ下さいのね。完璧にモンスターに化けて、砦の中に入れてもらえるように取り繕ってみますのね!」
声を上げたのは十三人の依り代の一人、ピピリ・ガーデン。歩を進めながら手鏡を取り出して、せっせとメイク道具を使ってお化粧を始めた。
さらに、スタコラと歩きつつも衣服を脱ぎ捨て──衣装チェンジまで施した。
ピピリの変装術によって、砦の前に着いた一行の中に色っぽいサキュバスの姿が生まれた。
サキュバス姿のピピリは一行より前に出て、砦を守るブラックシャドウナイトたちとの交渉を始めた。
『何者だ!?』
近付いてくるピピリを見るなりブラックシャドウナイトたちは殺気立ち、武器を交差させて警戒心を露わにした。
「魔王様に言い付けられて、罪人たちを連行してきたのね」
艶のある、大人びた色っぽい声を出すピピリ──。少しでも交渉を優位に進めるためか、胸の谷間をやたらに強調して色香を振り撒いている。
『そんな伝令は下っていないぞ!』
──ところが、鎧に魂が宿ったブラックシャドウナイトはそんな色香に惑わされることらないようだ。ピピリがどんなにセクシーなポーズを取ろうとも、全く相手にはされていない。
色仕掛けが通用せず、恥ずかしさやら無念さやらで苛立ったピピリの語気は自然と強くなる。
「あんたたちの確認不足なだけなのね! 私は、きちんと魔王様に言い付けられてきたんですからね!」
食い下がって駄々を捏ねるピピリに、ブラックシャドウナイトは呆れたように息を吐く。
『ならば通行許可書を提示してもらおうか。魔王様から許可を得ているというのであれば、こういったものが渡されているはずだが……?』
そう言って、ブラックシャドウナイトは見本とばかりに布に書かれた許可書を広げて見せてきた。
特殊な魔法が施された魔王印のスタンプまで押されている。ちょっとやそっとで、偽造できるものでもない。
「え、あっ、いや……」
詰め寄られたピピリはしどろもどろになって、口籠ってしまう。
例え見た目には騙せたとしても、そんな文書や書類などを用意することなどピピリには出来ない芸当であった。
──そんな窮地のピピリの後ろからブラックシャドウナイトが掲げた許可書を真剣に見詰めているのは、十三人の依り代の一人のカイ・イワマサである。
「……フムフム」と、老齢のカイは蓄えた顎髭を擦りながら頷いた。
そして、自信ありげにボソリと呟いた。
「書面は覚えたぞい」
さすがは年長の書士──すぐにその許可書の書面を覚えてしまったようだ。
ところが、今からそれを偽造するにしても、さすがに時間が足りな過ぎる。
「後は奇跡さえ起これば、どうにでもなるんじゃがのぅ……」
しかし、この窮地を乗り切るにはカイの書士としての実力に全てが掛かっていることにも間違いはない。ここでうまく許可書を作成できれば、砦の中に入り込むことができるのである。
──だが、それには圧倒的に時間が足りなかった。
カイは空を見上げたものだ。
「勇者様、お願いしますじゃ。どうかわしに……お力をお貸し下さい」
祈るようにカイは流れ行く雲を見詰めたのだった。
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