Turn128.勇者犬『負傷したホワイトドラゴン』

 村人たちからの追跡を振り切り、僕は森の中を駆けていた。さすがは犬の脚だ──比較的、小型な体つきということもあり、村人たちはすぐに僕のことを見失ったようだ。


 夢中で走っていたので僕自身も現在地を見失っていた。背丈の高い草木の中を、方角も分からず進むしかなかった。


──ゴォオオォオォオッ!


 しかも、何やら大きな物音がする。

 何かが大きく呼吸をしているような──そんな音が森の中に響いていた。


 僕はその正体を確かめるべく、音のする方向に進んで行った。もしも、村に危害を加えるようなモンスターでも居るのなら、この場で討伐しておきたいところである。

 そう思って草むらから顔を出した僕は、目を丸くした。


 森の開けたところに、一体の巨大なドラゴンが横たわっていた。ドラゴンはすぐに僕の気配を察したらしく、こちらに視線を向けてきた──。

『なんだ貴様は?』

 地面に横たわり体を休めていたその翼竜は、ギロリと鋭い視線でこちらを睨んできた。

 余程の死線を潜り抜けてきたようで、ドラゴンの全身を覆っている白銀色の鱗には刀剣で切り刻まれた痕がある。


──クゥーン。


 僕は弱々しく鳴き声を上げると、ゴロリと寝転がり、背中を地面に擦り付けた。一応、効果があるか分からないが、こちらに敵意がないことを示すためである。

 そんな僕のおどけた動きを見て、ドラゴンはフンと鼻を鳴らした。

『貴様のような弱小種族に構うつもりはない。死にたくなければ、すぐに立ち去ることだな!』

 ドラゴンは威嚇のつもりなのか、唐突に牙を剥いて咆哮を上げた。


──グオオォオオォッ!

『我はホワイトドラゴン! 我に近付く者は、この鋭い牙で噛み砕き、爪で切り裂いてやる! 分かったら、去るが良い!』

 勇ましくホワイトドラゴンは吠えたものだ。


──クゥーン、クゥーン。


 対して僕は、あくまでも愛嬌を振りまくように尻尾を振るってみせた。

 恐怖に慄くとでも思ったようで、動じぬ僕の態度に逆にホワイトドラゴンの方が驚いているようである。それにこのホワイトドラゴンの傷は深く、どんなに大きく声を上げようとも迫力を感じられなかったのだ。


『……貴様、ただの小動物ではないな……』


 単なる去声であったようだ。僕にそれが通じぬと分かると、途端にホワイトドラゴンは意気消沈した。

『我の死期が近いことを悟り、血肉でも貪りにきたのか? ……ならば、好きにするが良い。ご覧の通り、我には抗う力も残ってはおらん……』

 犬なんぞにトドメを刺されるのはホワイトドラゴンとしても不本意なのだろう。

 それでも、このままでは死期が近いことくらいホワイトドラゴン自身、分かっていたようであった。

──このホワイトドラゴンは、人を襲ってきたのだろう。だから、人間に反撃されて傷を負ったに違いない。

 全身に出来た傷は、剣撃によるものである。

──ならば、人間に危害を加えるホワイトドラゴンはこの場で始末してしまった方が良いのかもしれない。

 そんな考えが、一瞬頭の中を過ぎったものである。


 でも、僕は自身のそんな思考とは正反対の行動を取り始めた。茂みの中に入って薬草を採取すると、ホワイトドラゴンの傷口にそれを当ててやった。


『どういうつもりだ……?』

 僕の真意が分からず、ホワイトドラゴンは探るように僕の顔を見詰めてきた。

──別段、何か意図があるわけでもない。

 ただ、目の前で瀕死になって苦しんでいるドラゴンが居たので助けたまでだ。

 そこには、何の意図もない。


 僕に本当に寝首をかくつもりがないと、ホワイトドラゴンも察してくれたようだ。大人しく僕から充てがわれた薬草の治療に身を委ねてくれた。

『我が回復したら、貴様を噛みちぎるかもしれぬぞ』

 ホワイトドラゴンが牙をガチガチと噛み鳴らした。

──それでも構わない。

 もしも、そうなったら──僕や他の人間たちに牙を剥くようであれば、その時は残念ながら返り討ちにするまでだ。

 だが、そう出ない間は、このホワイトドラゴンも単に負傷した生き物なのである。


 僕は森の中を駆け回り、治療に必要な薬草を採取していった。

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