Turn98.勇者犬『犬と猛獣』
『おい。コイツ、やっちまわねぇか?』
グリフォンがキマイラに物騒な提案を持ち掛ける。キマイラの方もそれに乗り気らしい。
『ああ、そうだな。こちどら、任務を邪魔されてイライラしていたんだ。暇潰しに丁度よい人間を見付けたと思ったが……邪魔をするならブチのめしてやろうぜ!』
グリフォンが爪を剥き、キマイラが牙を鳴らした。二体は完全に、戦闘モードへと切り換わった。
さて──どうしたものかと、僕は首を捻ったものだ。少女を助けるために前に立ったのは良いが、いざ相手に敵意を向けられると困ってしまう。
──犬の攻撃手段は何だろう?
パッと思い付くのは噛み付き攻撃か。
あんまり話には聞かないが、ひっかき攻撃などもできるのであろうか。猫じゃあるまいし、威力は期待できないのかもしれない。
「グォオォオオォォオンッ!」
──などと余計なことを考えていると、二体のモンスターが咆哮を上げた。
そして、同時にこちらに向かって突っ込んで来た。
──おや?
と、僕は思ったものだ。
何とも遅い動きであろうか。
グリフォンが飛び掛ってきたが横に飛んでそれを躱せたし、キマイラの噛み付きも頬を叩くことで防ぐことができた。
『な、なんだ、コイツ……』
まさか巨大な二体が体格差のある小さな柴犬に圧倒されるなどとは思いもしなかったようで、グリフォンは狼狽えている。
──力の差は歴然である。死にたくなければ、これ以上はやめてお逃げなさい。
そう言ってやりたかったが、如何せん言葉が出ないので伝わらない。こちらがキャンキャン吠えていると、キマイラたちはそれを煽りに捉えたようだ。
『ブチ殺してやるぞ!』
再び、二体の幻獣たちは襲い掛かってきた。
──こうなっては仕方がない。
僕はカッと目を見開いた。
体全体を包むように光のオーラが発せられ、全身の毛が逆立った。
『おいおい、なんだそれは……?』
幻獣たちは僕の変貌に驚いていた。
「す、凄い……」
ただ、人間の少女は幻獣たちとは異なる感想を抱いたようだ。興味深そうに僕のことをジーッと見詰めてきた。
『な、なんかやばそうだぞ……。逃げるか?』
『おう。そうだな……』
グリフォンとキマイラは顔を見合わせて頷いた。
動物的勘というやつであろうか。二体の幻獣たちは踵を返してそそくさと逃げ出した。
間違いなく、それが最良の選択であったろう。このまま戦闘を続けていたら、僕はあの二体を殺めてしまっていたかもしれない。
僕とて無駄な殺生はしたくないので、相手が逃げてくれるのならそれにこしたことはない。
「……助かったわ! ありがとう!」
助けた少女が勢い良く僕に近付いて頭を下げた。
──ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。
僕にはその礼に応えることすらできない。
舌を出しながら、吐息を漏らしたものだ。
しばらく頭を下げた後、少女は顔を上げると戯けてみせた。
「……なんてね! ワンちゃんに、こんなことを言っても分からないわよね……」
動物相手に何をやっているのだと少女は恥ずかしくなったようで、頭をポリポリと掻いた。
「ワン!」
──怪我はないかい?
そう尋ねたつもりであったが、相変わらず口から出たのは鳴き声──。
人間として、言葉でコミュニケーションを取ることに慣れてしまっている僕としては、それがどうにも不便に思えてならない。何か他に意思疎通を図れる方法はないものかと、字や絵を描こうとしたがそれすらも身体的構造から上手くいかない。
少女は僕の体をヒョイと抱き上げると微笑んだ。
「私はマローネよ。よろしくね、ワンちゃん。……ああ、そうだわ! お腹は減っていないかしら? 命の恩人様に、ご馳走を振る舞ってあげるわね」
マローネと名乗った少女はそう言いながら僕のことを抱き抱えて故郷の村へと帰って行った。
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