Turn97.勇者犬『犬の中身は勇者』

 僕は首を傾げた。

──ここは何処だろう?

 気が付いたら見覚えのない平野の上に立っていた。それに、どうも視線の位置が低い気がする。

 驚かされたのが、自分の全身が体毛に覆われて毛むくじゃらになっていたことである。

「クゥーン、クゥーン……」

 声は出なかったが、音──鳴き声のようなものが口から出た。言葉を喋ろうにも、舌が上手く回らず発することができない。

 僕の体はどうなってしまったのだろうか。


 泉があったので、姿見代わりに確認してみることにする。水面を覗き込んで、自分の顔を写してみる。

──犬だ。

 一匹の柴犬が僕の目の前の水面に写った。

 これでハッキリした。どういうわけか、僕は柴犬になってしまったらしい。


「きゃぁああぁあ!」

 悲鳴が上がったので、僕は顔を上げて振り向いた。

 少女が奇妙な生物たちに襲われていた。

 頭が鷲で胴体がライオンの合成獣に、頭がライオンでヘビの尻尾を持つ獣──ゲームなどでよく目にするグリフォンとキマイラだ。

 現実には有り得ない未知の生物が目に入り、僕は驚いたものである。それでも、人が襲われているのを見過ごすわけにもいかない。

 僕はその二匹のモンスターたちの前に進み出た。

『おいおい……。今度は小動物が俺達の相手をしてくれるようだぜ……』

 僕の姿を目にしたグリフォンが、コケにでもするかのように嘲笑う。

「クゥーン……」

──此処は何処だ?

 そう尋ねようとしたが、口から出たのは言葉とはいえない単なる犬の鳴き声である。

『はぁ? 何を言ってんだ、コイツ?』

 キマイラから奇異の目を向けられる。

 同じ獣であるはずなのに、どうにも僕の言葉は向こうには伝わらないようだ。

『何を言っているか、分かりゃしないね。今時、そこらの馬や牛だって喋れるって言うのに、ずいぶんと変わった生き物だなぁ……』

──いや、君たちの方が変わっているよ。

 そうツッコミたかったが、どうせ喋れないし通じないだろう。


 しかし、こんな幻獣たちが平然と彷徨いているのだから、もしかしたらここは僕が元いた世界とは異なる別の場所なのかもしれない。

 僕はすんなりと、その事実を受け入れることができていた

──なんせ、最近は異世界の勇者として称されることも増えていた。今更、どんな不思議なことに遭遇しようとも柔軟に受け止めることができていた。


「あ、あの……えっと……」

 少女は目を丸くしていた。

 襲われている最中に、突如として現れた柴犬にモンスターたちの注目が集まったからである。

 これはある意味、少女にとってはチャンスだろう。僕は顎をシャクって少女に合図を送った。

──後は任せて、お逃げ。

 でも、残念なことに通じなかった。

 少女はポカーンと口を開けたまま、その場に立ち尽くしていた。

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