Turn79.勇者『ミイラ取りのミイラ』

「……おっ、気が付いたかい?」

 ──声を掛けられて、僕はハッとなった。

 坊主髭面サングラスの男が歯を見せながらニヤニヤと笑っていた。

 その隣には轟の姿もあり、こちらに背を向けて座っていた。

「……大丈夫?」

 僕の隣には、聖愛の姿もある。


──ここはどこなのだ?

 僕は状況を把握するためにキョロキョロと辺りを見回したが、すぐに自分がコテージの中に居ることに気が付いた。

 どうやら最悪のタイミングで意識を失ってしまい、コテージの中に居た坊主髭面サングラスの男たちに見付かってしまったのだろう。


 手を動かそうとするが、縄で後ろ手に縛られているので満足に動かすことができない。

 助けに来たというのに──気が付いた時には、僕自身も捕まって、コテージの中に運び込まれたという最悪な事態に陥ってしまっていた。


「聖愛も無事だったんだね……」

 そんな状況にあったが、何よりも聖愛の無事を確認できてホッとしたものだ。

 聖愛も僕と同様に縄で縛られていたが、目に見える範囲で着衣の乱れや傷などもない。今のところ、何も手出しはされていないようだ。

 僕は安堵したものだが、聖愛はムスッとして僕に不満を露わにしていた。

──そう言えば、そうだった……。

 僕はふと、これまでのことを思い返していた。

 聖愛が坊主髭面サングラスの男たちに拉致された時──不可抗力ではあったが──僕は意識を失い、抵抗することすら出来なかった。

 頼りにならい僕に、聖愛が不信感を抱くのも当然のことであろう。


「……んで、ニィちゃんは何をコソコソやってたわけ?」

 坊主髭面サングラスの男が、ヤスリで爪を磨ぎながら尋ねてきた。

 相手の態度を見て、思ったよりは冷静に話し合いができそうだ。

「……ぶっ飛ばしてやるぞ、コラァッ!」

 一変して、坊主髭面サングラスの男が唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。

 ──前言撤回。


 坊主髭面サングラスの男は僕の襟首を掴むと、丸っこい拳を振り上げた。

「殴るぞぉ……殴るぞ、コラァッ!」

 精一杯に虚勢を張って僕の口を割らせようとするが、どうにも凄みはない。

「まぁ、落ち着いて下さいよ、樹月さん」

 轟は起き上がると、その場で胡座をかいた。

 樹月と呼ばれた男は「フン」と鼻を鳴らすと、素直に引き下がって僕から手を離した。


「お前が来た理由は、聞かなくても分かるさ。その女を取り返しにきたんだろう?」

 轟はジーッと僕の目を見据えてきた。

 僕は黙って頷いた。

──すると、轟は頭を掻いた。

「俺だって迷惑してんのさ。先輩が勝手にその女を掻っさらってきたかと思えば、その片棒を担がされているんだからなぁ……」

 樹月に振り回されてウンザリしている轟を見て──もしかしたら話が通じる相手なのではないかと、僕は期待したものである。

「俺は先輩の言うことに従うさ。お前らを離せと言われりゃ、解放してやるさ……」

 轟は指示を煽ぐように、樹月に視線を向けた。僕も倣って、そちらを向いた。

「……死刑で」

 樹月が戯けて言うと、轟は溜め息を吐いた。

「お前らを山ん中に埋めて帰らなきゃなんねぇとはな……。まったく、面倒臭えことだ……」

──が、どうやら僕の期待は誤りであったようだ。

 樹月の心無い一言によって、僕らの運命は決定付けられる。


 樹月は笑いながら、轟の背をバシバシと叩いた。

「まぁまぁ、そういうんじゃねーよ。いざとなったら、務所の中でも宜しくしてやるからさぁー」

「……こっちとしては、務所の中までアンタと一緒になるのは御免なんですけどね……」

──何の話しをしているんだ?

 僕には二人の会話が理解できなかった。

 冗談ではなく、本当に殺人を犯すことを前提とした会話に、僕は戦慄したものである。

「……まぁ、捕まらないようにすれば問題はないですね。被害者の口さえ封じちまえば、そんな心配もいらなくなる……」

「おっ!? 分かってんじゃねぇか! そうだろう? ガハハハ!」

 物騒なことを楽しそうに会話する、この二人は何なのだろうか。

 僕はゴクリと息を飲んだ。


「……んじゃ、車に運ぶとすっか」

 グッと樹月が聖愛に手を伸ばしたので僕は体を強張らせた。聖愛を守って脱出するにはこのタイミングしかない。

 伊達村もそろそろ人を呼んで駆け付けてくれるだろうし、不知火だって次の手を打ってくれるだろう。

 車でどことも分からない場所に連れて行かれては、より一層逃げ出すのは困難になるだろう。

 今なら相手も油断している。

 タイミングを見計らって、僕は行動に出ようと身構えた。

──ところが、またもそんな重要な場面で、僕の視界は暗転していくのであった──。

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